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「雨族」
断片18- 焼却場Ⅱ~落合さん
落合さんは自分が究極の数学を極めたと信じていた。
彼はクラウネン家の執事として幼い頃から個室を与えられ{彼は戦災孤児だった}、夜な夜な奇妙な研究に精を出していたのだ。
僕が中学生の頃だから、あれはもう十八年くらい前の事だ。
僕と落合さんがクラウネン家の広い屋敷内で二人きりになった事があった。
その時、彼はシックでシンプルな薄暗い書斎に僕を呼び寄せ、こう言った。
「ロミくん。君くらいの若者は、たいてい与えられるべき方向を模索しているものだ。君がそう思っていなくても、たいていの君と同じ年くらいの若者は導いてくれる何かを期待している。」
「落合さん。僕もそうです。たとえ動力君みたいな友人がいてもです。」
僕は、その頃とてもおしゃべりだったのでよく考えもせずに口が語るにまかせていた。
薄暗い書斎の電灯{ふふふ}が薄笑いを浮かべているようで僕はハッとした。
いままで感じた事の無い落合さんの側面が僕に迫りつつある事をぼんやりと理解したのだ。
「ロミくん。違うんだ。君は違う。私は君は、君と同じ年くらいの若者とは全然違うと思うよ。君にはあきらかに異界の特質がある。気づいていないだろうが君は特殊なんだ。」
僕はよく憶えている。
落合さんは電灯の黄色い投影に「コレクター」のテレンス・スタンプみたいな笑みを浮かべて気味悪く僕を触発した。
「落合さん。僕は特殊じゃない。ちっとも特別なところはない。変な友人を持っていることを別にすれば僕は平凡きわまりない若者だ。「猿の惑星」と「ダーティーハリー」に感激して「ビートルズ」を始終聴いている。幽霊も、UFOもツチノコも見たことないし、油すましに遭った事もないよ。」
再び落合さんは{ふふふ}と笑った。
「ロミくん。君には自分の特別な部分が一生分からないかもしれないな。私はあえて言わないが、胆に銘じておくとよい。君は特別だ。」
○
僕は、今になって、かつて十代の頃に、同じような事を二人の女の子に言われた事を思い出した。
僕の特別な部分が何か、それに気づかないと、どうなるのか。落合さんは、あえて言わないと笑いながら気を使ってくれたが、今になって考えると、僕は恐ろしかった。
三回もの「雨族」宣告は、聞きたくない。杞憂かも知れない。しかし、もし、その時、その言葉が出たら、やはり僕は戦慄しただろう。
○
そして、僕は少し気味が悪くなり、憂鬱な気分になって黙り込んだ。
しばらく、不愉快な沈黙の幕が降り、二人は幾年代もの独特な臭気に包まれて木製の軋む椅子にじっと座っていた。
僕は視線を本棚に延々と並ぶ古代の宗教やアフリカの原住民の記録文書などにぼんやりと這わしていたが、落合さんは僕の顔を貪り尽くすように見つめていた。
「ロミくん。私は何才だと思う?」
落合さんはしばらくして、そう言った。
「五十才」
と僕が冷たく答えると、落合さんは口を V の字に曲げて首を振った。(⌒V⌒)
「私はね、九十三才なんだ。そうは見えないだろう?」
僕は「うん」と言った。
僕は恐くなってきた。
何だかとんでもない事態に陥りそうだった。
そして、実際、そうなった。
断片18 終
This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)
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