元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

あっしは、kippleってぇケチな野郎っす! 基本、自作小説と、Twitterまとめ投稿っす!

「ピース」:kipple

2005-08-05 00:43:00 | kipple小説


     「ピース」


 父親が死んだ時、ヤッケス青年は、あまりのうれしさのために、2階の窓から大声上げて飛び出しかねなかった。

 次に、彼の気の弱い母親が、父親の後を追って手首をカッ切った時、やはりヤッケス青年は心臓が目から飛び出すくらいの狂喜に見舞われた。

 人前では、必死に厳荘な顔つきをして見せたヤッケス青年は、こらえきれず、時折、くちびるを横に長くひきつらせた。

 弟のミックは、心から涙を流した。

 ヤッケス青年は、その弟の姿を見て、ますます、おかしくなって、見る度に“ブッ ブッ”と、小さく吹きだした。

 莫大な財産は2等分された。


 その後、ヤッケス青年は人里離れた森の奥に、豪邸を築き、一人でそこに住んだ。

 ある日、彼は密猟をしている男を見つけ、背後から忍び寄り、斧で叩き殺して、散弾銃と弾丸を奪った。

 そして、頭のすぅっとする満月の夜に、月光のスポットライトを浴びながら、口笛を吹きながらその男の死体を邸の裏庭に埋めた。

 ある日、弟のミックがやって来た。

 その晩、兄弟で酒を飲み交わしている時、ヤッケス青年は今までの自分の心情を吐露したくてたまらなくなり、大声で泣きながらミックに抱きつき、こう言った。

「俺はオヤジの悪名のため、いつも虐待され、からかわれた。世界中の人間は俺に敵意を持っているんだ!その中には殺意も含まれているんだ!だから、もう、俺は人里で生活する事は出来ないんだ!」

 ミックは黙って聞いていた。そして兄の頭をぎゅっと握りしめた。

 ミックは一晩中、狂ったように泣き叫ぶヤッケス青年の傍らでじっとしていた。そうする事しか出来なかった。

 翌朝、泣きわめき酔いつぶれ、テーブルの下で吐瀉物の中でぐっすりと眠っているヤッケス青年に、“それじゃ、僕は帰るね”と声をかけ、ミックは疲れて悲しい顔をして帰って行った。

 それからヤッケス青年は誰とも、殆ど会う事無く、来る日も来る日も白昼夢と妄想の世界に浸って暮らした。

 妄想の中で、いつもヤッケス青年はスーパーサイヤ人やゾッド将軍や「アキラ」の鉄雄以上の超能力者となって、永遠の唯一の彼の理解者である恋人と供に地球上のすべてを破壊し、人間どもを指一本で残虐に殺しまくるのだった。

 一週間に一度、ヤッケス青年は町へ下りて、買い出しに行った。そして、その度に、その時々に接する人々に対し強烈な憎悪と不可思議な愛情を抱いた。

 ある日、旅人が、彼の邸の戸を叩いた。ヤッケス青年は顔をしかめながらも何となく、その旅人を邸に泊めてやる事にした。

 その旅人は20才くらいの大学生風の2人の男だった。

 その夜、ヤッケス青年は、その2人に酒をふるまい、ぼつぼつこの辺の地理の説明をしているうちに、いつの間にか論争になってしまった。

「何故、こんなところに一人で暮らしているんですか?」

「何故、人が嫌いなんですか?本当は自分が嫌いなんじゃないんですか?」

「何故、人を恐れるんですか?本当は自分が怖いんじゃないんですか?」

「何故、人を憎むんですか?本当は自分を憎んでいるんじゃないんですか?」

「惨めですね。あなたは弱虫ですよ。こんなところで一人っきりで暮らしていたって、何も変わりはしませんよ。自分で人と交わりながら自分自身を変えていかなければ。」

 ヤッケス青年は次々と自己矛盾を指摘され激怒し、わめきまくった。

「おめえらが、そうやって俺を傷つけてるように全人類は無言で俺を傷つけてるんだ!認識しろ!認識だ!お前らの中の俺に対する悪意を!」

 ヤッケス青年は暴れだし、ボトルを割り、グラスを投げつけ、テーブルをひっくり返して狂気の如く吠えた。

「死ねぇ~、みんな死んじまえぇぇえええ!」

 2人の旅人は目を丸くしてヤッケス青年の大暴れをじっと静観していた。

 しばらく喚きちらし、2人の旅人を糞味噌にののしり世界中の人間を罵倒していたヤッケス青年は、何だか急に恐ろしくなり、土下座をして謝り泣きながら自分の振る舞いをわびた。

 それからヤッケス青年は壊したグラスや家具類を、しくしく泣きながら、丁寧にかたずけて、床を拭きワックスをかけ綺麗に元通りにして、再びニッコリとひきつった笑顔を浮かべながら2人をもてなした。

 2人は呆然として、ヤッケス青年を見ていた。そして今度は黙ってヤッケス青年の神経を気づかいながらもてなされた。

 次の日、彼らが昨夜の無礼な発言を詫び、一宿一飯の御礼を言って去ると、その後ろ姿をヤッケス青年は猟銃で狙い、引き金をひいた。

 カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ

 しかし、弾は抜いておいた。ヤッケス青年は何度も何度も2人に向けてカラ撃ちして“ばぁか、死ね。ばぁか死ね。”とつぶやいていた。


 小雨の降るある日、ヤッケス青年は町の小さな喫茶店に、ふと立ち寄った。

 頬杖をついて窓から外の雨模様を見つめていると、ふいに涙がこぼれ落ちてきた。涙はとどめなく流れ続け、ボトボトとコーヒーの中に落ちていった。

 雨でにじんだ外の風景の中からピンク色のレインコートが近づいてきた。

 そのピンク色のレインコートはドアを大きく開け、小雨を伴った冷風と供に喫茶店の中に入ってきた。

 目もくらまんばかりの美しい女性だった。彼女がドアを閉めると再び店はひっそりとした。

 ヤッケス青年は、ずっと彼女を目で追っていた。彼は自分の前の席についた、その女性を、じっと見つめた。絶対、目をそらさずまばたきさえもせずに見つめ続けた。

 その女性はホットコーヒーを品良く飲みながら文庫本を読んでいたが、背後からの不気味な視線の圧力を感じて、何気なく振り向いてみた。

 後ろの席には、手を伸ばせば届きそうなくらいの位置に、目を剥き出しにした必死の形相で、こちらを直視しているヤッケス青年の顔があった。

 あまりの迫力に彼女は、すぐに姿勢を元に戻し、再び、文庫本に目を落としたが、冷たい汗が、ツッーと額を流れていくのを感じた。

 見てはいけなかった。そう彼女は思い、本に意識を集中させ後ろの男の事を忘れようと思ったが、不気味さと不信感は強まるばかりだった。

 ヤッケス青年は、何故だか、今の女の態度に、凄まじい劣等感を感じて、顔が真っ赤になり、ぶるぶると全身が震えだした。

 ヤッケス青年は、その女をどこかで見たような気がしてきた。ガタガタ震えながら、絶対にどこかで見た、見た、と、彼は確信を強めていった。

 そして、彼は思い出した。

 彼女は、ヤッケス青年の妄想世界に出てくる女に似ているんだ。妄想の中で、彼女は優しく心の暖かい彼の永遠の恋人だった。

 彼と一緒に人類の文明を全て破壊し、人間たちを思う存分ぶっ殺す最高の相棒であり最愛の恋人だった。

 しかし、現実のヤッケス青年は、ただ、執拗にじっと見つめ続けるだけで何も、する事ができなかった。頭がグラグラし始め身体や顔のふるえも極に達しつつあった。

 “ひょっとしたら、彼女は俺の事を笑っているんじゃないか?きっとそうだ、後ろ向きでクスクス笑ってるんだ!バカにしてるんだ!”

 ヤッケス青年は次第に、自分が彼女に変態と思われ、あざけ笑われているという妄想におそわれだした。それは強度の強迫観念と化していった。

 ヤッケス青年は、頭がはじき飛ばされそうなイラダチに襲われ、おもむろに立ち上がって、店内から雨の降り続ける外へ飛び出した。

 両手を頭の上で激しく振り回しながらヤッケス青年は駐車場に向かい、自分のライトバンに荒っぽく乗り込み、思い切りアクセルを踏んで車を走らせた。

 雨の中を、センターラインを無視して、狂ったように乱暴に走らせた。

 途中でヤッケス青年は、猫を何匹か、うさばらしにひき殺した。ぐにゃりとした感覚で車が少し浮き上がるのが何だか少し気持ちよかった。

 町の出口の近くまでくるとヤッケス青年は急に鳥が欲しくなった。車を迂回し、彼はバードショップのあるところまで引き返して元気のよいセキセイインコを2羽買った。

 そして彼は車の中にセキセイインコ2羽を放し、モーツアルトの25番を大音量でかけて、狂ったようにギャーギャーわめきながら再び車を猛スピードで走らせた。

 走っているうちにヤッケス青年は、ずいぶん前に死んでしまった、いとこのジュンコの事を思いだした。

 “そういえばジュンコは鳥が好きだったなぁ。

 そういえばジュンコは唯一の俺の理解者だったなぁ。

 そういえばジュンコの死は余りにも早く残酷だったなぁ。

 14才の誕生日の日に顔に筋の入った通り魔に監禁されて殺されちゃったんだ。

 何回も何回もレイプされてよぉ。

 もっとも、その前に俺がジュンコをレイプしていたがなぁ。

 ジュンコは喜んでたよなぁ。処女を奪ってくれて有り難うって。

 ヤッケスは勇気があるのね!って俺の事を認めてくれたっけなぁ。

 そうだ!俺には勇気があったんだよ。昔はなぁ・・・・

 勇気を出すんだ!勇気だ!自分と戦うんだ!ヤッケス!”

 “勇気だっ!“

 ヤッケス青年は急にドーパミンがA10神経をマッハの速度で大脳新皮質を突き抜けていくような高揚に満たされ、車をUターンさせ、先程の女のいる喫茶店に引き返していった。

 何だかうれしくてたまらなくなったヤッケス青年は、満面の笑みを浮かべて、まだ小雨の降り注ぐ中を車を降りて、さっきの喫茶店に向かってダッシュした。

 店に入ると彼女は、まだいた!彼女は、本から目を離し、方ほおづえで窓外をみていたが、ヤッケス青年にすぐに気づいて、ちょっと彼の方をぼんやりとした目で見つめたが、すぐに元のように窓に顔を向けた。

 ヤッケス青年はニコニコして彼女に近づいていったが、突然、彼女は席を立ち彼のすぐ近くを、あたかも彼の存在を意識的に無視しているかのように通り過ぎて店を出ていってしまった。

 ヤッケス青年はニコニコ度が少し落ちたがまだ笑みをたやさずに、少しの間ぼんやりしていた。どうしても動けず、さらに声もでなかった。

 しかし、何か頭の奥の方がジリジリ・ジリジリしてきて、顔の下半分がガタガタ震えだし、突然、弾けたように飛び上がり、“ああ、ああ、ああ”と小さく声を出しながら彼女の後を追って店を出た。

 店を出ると彼女がちょうど、赤いフェラーリニ乗って駐車場を出て行くところだった。

 ヤッケス青年は、その真っ赤なフェラーリニ向かって、喉に長年詰まっていた心臓を思い切り吐き出すように、

「お~い! 待て~!」

 と、やっと叫ぶことができた。輝くような笑顔が戻った。

 勇気だ!勇気を出すんだ!と、ヤッケス青年は思いきりエビス顔を作り、素早くライトバンに乗り込み、彼女の車を追いかけた。

 彼は長い間追いかけた。再びセキセイインコを車の中で暴れさせ、モーツアルトの交響曲25番を大音量で流しながら。

 長い長い間、ヤッケス青年は彼女の真っ赤なフェラーリを追い続けた。彼の車は約200M後方をピッタリ維持していた。

 途中、一度、彼女はコーヒーを飲みにドライブインに立ち寄った。ヤッケス青年は駐車場からコーヒーを飲み一休みしている彼女をじっと見つめ続けていた。

 その時、ヤッケス青年の脳裏に浮かんだのは、ずいぶん昔に見たスピルバーグの「激突」という映画だった。そして何だか彼は無性に可笑しくなり、鳥やモーツアルトの25番たちと一緒にゲラゲラ笑った。

 彼女がドライブインを出ると再び、長い追跡が始まった。しかし、ヤッケス青年の高揚状態は急速に低下してゆき、何だかとても焦り始めた。そしてイラダチが始まった。

 俺の精神は、いったい何を求めているのか!これは本当に勇気なのか?何のための勇気なんだ!俺は、何をしたいんだぁああああああ!

 と叫びながらも、彼はとにかく彼女を追う事だけに必死になる事にした。それだけが、とにかく今の俺のアイデンティティを支えているんだ!追うしかないんだ!

 再び長い間ヤッケス青年は真っ赤なフェラーリを追いかけ続けた。そして、ついに彼は東京を走っている事に気がついた。

 東京だ!ここには俺の昔の大学時代の友人たちがたくさん住んでいる。なんて事だ!ついに東京まで追ってきてしまったぞ!と考えているうちに、都会のラッシュの中に彼女の車は消えていってしまった。

 見失った!俺の現在の唯一の救いを見失ってしまった!もう、彼女の家に侵入して犯して殺した後、バイオメカノイドとして再生させて2人で人類を滅ぼすことも出来ないじゃないかぁ!

 く・くそぉおおおおおおおおおお!

 あたりにはビルが林立し、すでに雨は降っておらず、都市の鋭角的な夕暮れの風景がヤッケス青年の脳を直撃し、何だかとてつもなく鬱でセンチメンタルな感情に彼を落とし込んで行った。

 ヤッケス青年は車の速度を落とし、鬱々と考え込んだ。

“俺が今までやってきた事。それは脱俗だ!森の奥でたった一人で暮らし俗な欲望と世界中の俗物どもと交渉を持つことを断ってきたんだ!脱俗したんだ!俺は素晴らしいんだ!ざまあみろ!ここで蠢いている大学の仲間共はゴミと化している事だろう!かっかっかぁ~!自慢してやろうじゃんか!俺がお前らと違って、どんなに崇高な立場にあるか、知らしめてやろうじゃないか!きっと奴らは俺を羨望の眼差しで見るだろう!”

 ヤッケス青年は、それから、彼がどのようにして偉大な聖者になったかを自慢するために、その事に対してかつて仲間だった友人たちがどのように反応するかを確かめようと決心した。

 そしてヤッケス青年は、かつて大学時代にとても仲の良かった友人たちを、かつての記憶をたよりに次々と訪問していった。

 ある奴は大手の会社でずっと働き続け真面目に結婚して、すでに子供が2人いた。ある奴はプロのロッカーになって大勢のファンを獲得していた。また、ある奴はやっと司法試験に受かり喜びの真っ最中であった。

 彼ら皆、尋常ではないヤッケス青年の様子に気づき、口々にこう言った。

「今、何をしてるんだ?」

 ヤッケス青年は、友人たちの彼に対する軽蔑の視線を強く感じ、口汚く罵りながら、今自分がどんなに優れた生き方をしているかを説明した。

「俺は無職だ。働くなんてゲスな奴隷野郎みたいな事はできねえんだよ!俺はな、聖者になったんだぜ!たった一人で脱俗してな!脱俗だ!分かるかてめぇらに!俺は世界中で一番なんだ!てめぇらはゴミ以下だ。俗物どもめ!お前らのせいで、こんなに世界は息苦しいんだ!」

 と、かろうじて彼は言ったが、友人たちの方が上手だった。見抜いていた。

「お前、35才にもなって、何をしているんだよ。俺たちはちゃくちゃくと自分の人生を築き、社会に役立とうと思って一生懸命やってるんだ。お前は、ただ逃げてるだけじゃないのか?からむのはよしてくれ、皆、忙しいんだから。もう来ないでくれよ。迷惑だ。君は君の、その脱俗とやらを続けて森の中で一人で死んでいけばそれでいいんだろう?」

 と、友人たちは皆、このような事を言って自分の生活の中にヤッケス青年を入れようとはしなかった。

 ヤッケス青年は、すでに正気ではなかった。彼は、ぐるぐるぐるぐる自意識の迷宮の中に螺旋を描きながら埋没していった。都会の景色もぐるぐる回って見えた。

 最後に彼は

“俺はなんだったんだぁああああ!”
 と叫びながら、東京湾に向かってライトバンを突っ走らせて行った。


 ヤッケス青年は車と供に東京湾にダイブし、その後二度と、この世界に戻ってくる事はなかった。

      

                      


This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)



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