この文章はほとんどがフィクションである
控えめなノックを4回続けたあと中からの声を待つまでもなく大西はドアノブを回した。ドアの壁は厚い。完全防音が施された社長室である。外部から内部の様子を窺い知ることは不可能である。しかし内部からは外部の様子を知ることができる。ドアの上部に仕掛けられたセンサーが働き室内に設けられたモニターに自動的にスイッチが入るのだ。誰が来たかを確認の上、この部屋の主はドアの鍵をデスクに設置されたパソコンのキー操作ひとつで開けることができるのである。この日は施錠の必要がなかった。長い毛足の絨毯に吸い込まれ靴音は聞こえない。しかし来訪者をあらかじめ知っていた小泉はモニターのスイッチが入った音を確認すると同時に外を眺めていた回転椅子を近づいてくる大西に向けた。
「社長のおっしゃったとおりに預かって参りました」
「案外長くかかったじゃないか」
静かな口調ではあるが不満がある時の物言いであるということは大西も重々理解している。
「約5万人の署名がここにあります」
「約?約とはなんだね?実数を言いたまえ」
少し押し殺した声であるが明らかに命令口調である。何事につけアバウトを好まない小泉の気質を思い出した大西は少したじろいだもののそれでも気を取り直し
「申し訳ありません。50,514名分です」
まるで軍隊で上官に敬礼をするように大西は両方の靴のかかとを揃えた。「カツン」という音が聞こえるほどの大げさな姿勢の糾し方であった。
「そうか...ドームが満杯になればそれぐらいの数字にはなるな」
口の端を歪めて小泉は回転椅子を外に向けた。ほくそ笑むその表情が背中越しにも大西にはわかったような気がした。
「あとはどのタイミングでこれを使うか、いや、使わせてもらうか、だな」
小泉は大西に背中を向けたまま独りごちた。
「あの、社長。なぜこのような署名をわが社が...」
大西が発した言葉を愚問だよ、と言わんばかりにさえぎった小泉は素早い動作で椅子から立ち上がり署名の束を重そうに抱えた大西の両手から一番上にある質問状を掴み紙の端を窓の外に向けた。
ちょうど署名団体が後にスカイマークスタジアムと呼ばれることになる施設のゲートを通り抜ける瞬間であった。
「こうして彼らが我々のチームのファン獲得情報を遠路はるばる持ってきてくれたんじゃないか。ありがたく頂戴しないとな。フッフッフ」
最後の笑い声は大西の耳にもはっきりと聞こえるほどの大きさとなった。
2004年11月15日。この日を以って球界再編の名の下に経営者による悪しき改革を阻止するために立ち上がった新熊をリーダーとする有志十数名の活動には一応の終止符が打たれた...はずであった。
世論の喚起には成功したものの合併を阻止できず大阪近鉄バファローズが消滅することが決定した後もその決定内容に満足しない彼らが最後まで集めた合併反対の意思表示を示す署名の束を携えてこの日、当事者であるオリックス側に手渡したのであった。本来であれば野球協約上この日も存続していた大阪バファローズの球団事務所にその5万有余名の意思を伝えるのが筋である。しかし、大阪バファローズ、いや、近畿日本鉄道株式会社がそれの受け取りを拒否した結果、球団を吸収することになる経営母体のオリックスへの最後の抗議活動として東京からやってきた有志たちであった。決まってしまったものはこの期に及んでどうにもならないことで決して覆るわけではない。しかし近鉄ファンとしてこの半年近くに及ぶ活動になんらかの形として終止符を打たなければならない。そのためには単に署名を手渡すだけではなく今回の騒動の経緯や今後の球界のあり方についての質問状を作成しそれに回答してもらえれば形として残る。いわば回答状は彼らにとってひとつの勲章となるのだ。この質問状は彼らの活動の根幹となったネット上でも公開されあらかじめオリックス側にも送付してあった。あいまいな回答や回答拒否という態度をオリックス側が表明してきた場合はどれだけ嗤われようがいつまででも合併白紙要求を続けるという覚悟の意思統一までなされた団体であった。
どういう結果になろうとも彼らの戦いに一旦終止符を打つ必要はあった。このたった半年の間にも仲間内での軋轢や意見の相違は噴出しておりそれを調整することに新熊はくたびれ果てていたのである。近鉄というチームがなくなって新しい年からはどこも応援することができなくなった。それでも野球を愛する気持ちに変わりはない。しかも多くの問題を内部に抱えながらもいまだに行動をひとつにしてくれる仲間がいる。いかにして今後の野球界の発展に手助けができるか、いかにして今回自分たちが味わうことになった悲劇を繰り返さないで済むのかという活動を新たなステージに選ぶつもりであった。そのケジメとしてオリックスとの討論を選んだのである。帰途、新熊はつぶやいた。
「終わった。終わってしまった...」
活動の終わりは彼にとっての近鉄の終焉を意味していた。
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