山麓

関八州の名山「大山(おおやま)」の麓で季節の移ろいを写真と俳句とエッセイで綴っています。

連載「草深昌子句集金剛」読む(6)

2017年03月21日 | 連載「金剛」

019三つ四つ棗齧つてから笑ふ
 棗(なつめ)の実は大人の親指の先を少し大きくした位の大きさで、果実の中に大きな種があり、果肉は少ないのですが甘酸っぱくて結構美味しい果実です。10月に入ると薄緑の表面が段々と煉瓦色に変ってくると食べ頃です。子供の頃はポケットに入れてポリポリ食べながら遊んでいたものです。
 鑑賞句は如何にも女性らしい俳句だと思いました。先に説明したような形状の果実ですから上品には食べることは難しく、女性の場合「齧る」という表現がぴったりなのかも知れません。私は丸ごと口の中に入れて残った種をぺっと吐き出していましたが、初めての時はどうして食べようか戸惑うかもしれません。食べ辛いながらも三つ四つ齧ったのですから、以外と美味しかったのでしょう。



020消えなんとしてなほ左大文字
 季語の「大文字」は京都の送り火としてあまりにも有名ですから説明の必要のないのですが、揭句では、メインの大文字山とほぼ同じ時刻に点火されるされる大北山の左大文字を詠んでいます。私は写真でしか見たことはないのですが、闇の中に左右に現れる大の字に京都の人達が熱狂するのも判る気がします。その左右の大文字が点火は同じ時刻としても諸々の条件で燃え尽きる時刻は当然に差が出来るはずです。
 その微妙なところを「消えなんとしてなほ」という見事な表現で詠み切りました。「左大文字」でさらに余韻が広がりました。
 動詞を使わない簡素な表現も魅力がありますが、揭句のような上手い言い回しも一句を輝かす魅力があり実作で使ってみたい表現です。

021木は朽ちて鉄は錆びたる薄かな
 元々は何らかの人の営みの跡で現在は荒れ果てて薄が風になびいているといった景でしょうか。一読で浮かんだのは元牧場で朽ちて倒れかけている杭を支えている有刺鉄線を隠すように薄が生繁っているそんな景でしたが、あるいは廃屋かも知れません。季語の薄がツキすぎな位によく似合います。一物仕立の場合は季語の説明調でなければツキスギも気にならないというか、内容が安定して来ると思いました。
 私はこの俳句の景のような所の写真を撮るのが好きでよく歩きます。錆びた有刺鉄線に絡みついて咲いている昼顔やつる蕎麦よく撮ります。
(写真は初秋に咲く蔓竜胆です)

022大数珠を月にまはすや地蔵盆
 季語の「地蔵盆」は私には馴染のない言葉というか行事でインターネットの検索で関西地方で町内の子供が主役の行事だと判りました。地蔵菩薩の縁日(毎月24日)のうち7月はお盆の月ということで「地蔵盆」と呼ばれているようです。その日は町内の辻に座しているお地蔵さんを綺麗に着飾りお参りに来た子供たちに手作りの菓子や料理を振るまうようで、そういえば、私の田舎でも春に同じような行事のあつたことを思い出しました。春ですからなんと呼んでいたのか、確か「おだいしさま」だったような、定かではありません。
 さて揭句の「大数珠」ですが地域によってはの限定で、直径2,3メートルの大数珠を子供たちが囲んで座り、僧侶の読経に合せて手送くりながら回していく所作との記載がありました。
旧暦の24日といえば下弦の月明りの中で子供たちが月に向って大数珠を回しているという詩になりました。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
« 3月20日(月)のつぶやき | トップ | 3月21日(火)のつぶやき »