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「壺石文」 上 24 (旧)七月廿四日

(裏の畑のニンジンの花)

変わった花だと、調べてみたら、誰かに頂き、植えて忘れられたニンジンの花であった。意外と皆んな知らない花である。

夜、金谷宿大学の学生代表の会合と、その後、役員会があった。運営費のことで一揉めあったが、改めて近く役員会を持つことで散会した。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

廿四日、夜深く起きて、けぶり(煙草)吹く。空、うす曇りたる心地すれど、遣り戸明けて見出せば、有明月夜おかし。庭の草村(叢)に虫のなくを聞きて、
※ 有明月(ありあけつき)- 陰暦16日以後、夜が明けかけても、空に残っている月。

   旅人の 寝覚めて聞けば 秋の夜の
        草の枕に 虫もわぶめり

※ わぶ(侘ぶ)- せつなく思う。寂しく思う。

日出でゝ後、こゝを発ちて、東町という所より右に折れて、半町ばかり来て、堤の渡しという越し舟に乗りて渡る。阿武隈河なりとなり。こゝに至りてはやゝ深く見ゆ。小山の麓、小野の中道を二里ばかり来て、谷田川村という所に至りてぞ憩う。また二里ばかり同じ様なる道を来て、河曲という村にぞ至りける。名も著く曲りて流れくる小川に添いて、山蔭によろぼい立てる一家あり。
※ 東町(ひがしまち)- 現、須賀川市東町。
※ 谷田川村(やたがわむら)- 福島県田村郡にあった村。現、郡山市田村町谷田川。
※ 河曲(かわまがり)- 福島県田村郡川曲村。現、郡山市田村町川曲
※ 著く(しるく)-(聞いたこと思ったことなどが、)はっきり形に現れるさまに。
※ よろぼう(蹌踉う)- 倒れかかる。崩れかかる。


立ち寄りて見れば、翁の引けがちなる蜂吹きいたり。あばらなる板敷に尻掛けて、烟ふきつゝ物語りす。軒伝う(かけい)の水を車にまかせて、枯れたる杉の葉を入れて、臼搗くめり。そは何になるぞと問えば、線香というものにす、とぞ言うなる。
※ あばら(疎ら)- 家などが荒れはてているさま。
※ 筧(かけい)- 懸け樋。竹の節を抜いたり、木のしんをくりぬいた樋といを、地上に設けて水を引く装置。


   奥山の 杉の落葉を 過ぎし世の
        霊
(たま)に手向(たむ)くか 空薫きにすも
※ 空薫き(そらだき)- どこからともなくかおって来るように香をたいてにおわすこと

歌さえぞ、黴臭く法華(ほうげ)づきたる心地すと、独り言垂れて、自ら笑い覆れども、おどろ/\しう、搗き轟かす臼の音に紛(まが)いて、ようも聞えざるも、いと/\おかしかし。また二里ばかり山里を過ぎて、浮金村というに至りける頃は、日暮れ果てにたり。
※ 覆る(くつがえる)- たいそう~する。「笑い覆る」で、大笑いするの意。
※ 浮金村(うきがねむら)- 福島県田村郡浮金村。現、田村郡小野町浮金。
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「壺石文」 上 23 (旧)七月廿三日(つづき)、市長・市議選のこと

(庭のピンクのセッコク / これもセッコクの一種)

我が家の庭で、鉢植えのピンクのセッコクが咲いている。これもセッコクの一種だと思うのだが。いったい誰に頂いたものなのか。もう記憶には無い。ほったらかしになっていて、もう絶えたと忘れていると、季節になると花を咲かせて、その健在ぶりを示す。

朝、選挙に出かける。市長と市議会議員選挙である。市長や議員など、選挙で選ばれた人たちが不祥事などで捕まると、いつもそういう人を選んだ選挙民の責任は?などと考える。しかし、自分で投票して、当選した彼らが一体どういう人間なのか、選挙公報を見るだけでは解らない。本当に彼らを選んでよかったのか。

今、地方政治では、選挙に出たい人が出て、選挙民が選びたい人が出ていないのではないかと思う。それが民主主義と、子供の頃から学んできたが、ちょっと違うのではないかと思う。自分たちの生活の大きな部分を託す人なのだから、候補者のことをもっと吟味したい。そこで、候補者の選定に推薦制度を加えてはどうかと思う。たとえば、選挙民から、推薦人を100人集めれば候補者になれると制度を改正する。そして、推薦人を事前に新聞などで公表すれば、選挙民は候補者をよく知らなくても、推薦人を見て、候補者を選べる。当然、推薦人には候補者を選んだ責任が生じる。

戦後70年経って、そろそろ、民主主義も曲がり角に来ているのではないかと思う。投票率の低迷はその証左であろう。ちなみに、市長選は現職が再選を果たした。投票率は前回選を6.73ポイント下回る64.07%であった。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

大栗村という所の東羽山の別当大宝院の優婆塞、ゆくりなく来合いて物語しけるついでに、矢の根石という、細(ささ)やかなる石を贈られければ、
※ 大栗村(おおくりむら)- 現、福島県須賀川市大栗。
※ 大宝院(だいほういん)- 現、本山修験宗の寺院。須賀川市大栗荒井94。
※ ゆくりなく - 思いがけなく。突然に。
※ 矢の根石(やのねいし)- 鏃(やじり)の形をしている石。石器時代に鏃として用いたものという。


   ちはやぶる 神代の物と 聞くからに
        矢の根の型の 石も賢し

※ ちはやぶる(千早ぶる)- 猛々しい。荒々しい。(枕詞)荒々しい神ということから、「神」および「神」を含む語、「神」の名、「神社」の名などにかかる。
※ 百人一首に「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 韓紅に 水くくるとは」
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「壺石文」 上 22 (旧)七月廿一日、廿二日、廿三日

(城北公園のクスノキの花 / 5月12日撮影)

いつも頭上高く咲くので気が付くことがないクスノキの花である。枝が大きく垂れていて、デジカメに撮れた。

午後「古文書に親しむ(経験者)」で講義、2時間。くたびれた。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

廿一日、曇れゝど雨降らず。夜深く起きて、餌袋など取り、認(したた)む。日ごろ借りえて、物したる硯の箱に、
※ 餌袋(えぶくろ)- 菓子や乾飯(ほしいい)などを入れて運ぶ袋。

   草枕 旅居の友と 見る石の
        倦
(う)みて分かると れな思い
※ な~そ - ~してくれるな。~しないでくれ。~するな。

(ひる)ばかりならんかし、立ち出でなんとしけるに、あるじの別(わか)たれ難く見えければ、

   旅衣 立ち別れても 立ち帰り
        また阿武
(逢う)隈の 河の辺の宿

日頃、降り続きたる雨に、山路の浮泥(うきひじ)深くて、行き(なず)つゝ、(こう)じあえり。夕暮れのかわたれ時に、辛うじて、矢吹という宿に至りて宿る。
※ 浮泥(うきひじ)- どろ。
※ 滞む(なずむ)- 物事がはかばかしく進まないでいる。進むのに難渋する。とどこおる。
※ 困じあえり(こうじあえり)- れい。
※ かわたれ時(彼は誰時)- はっきりものの見分けのつかない、朝夕の薄暗い時刻。
※ 矢吹宿(やぶきしゅく)- 奥州街道34番目の宿場。現、福島県西白河郡矢吹町。


廿二日、曇りみ晴れみ、空定めなきに、日出でて後、宿りを発ちて大なる原を行くに、女郎花(おみなえし)いと多く、艶(なま)めきたてり。悔しくもよべは、
※ 曇りみ晴れみ(くもりみはれみ)- 曇ったり晴れたり。
※ よべ(昨夜)- きのうの晩。ゆうべ。


   旅ごろも かたしきてけり 女郎花
        多かる野辺に 宿りてましを

※ かたしく(片敷く)- 自分の衣服の片袖を敷いて独り寝をする。
※ 百人一首に「きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む」


(廿三日、)須賀川の常宝院に宿る。千代倉のたよめと言うを訪(とぶら)いけれど、あらずとて会わず。
※ 須賀川(すかがわ)- 現、須賀川市。福島県中通りの中部に位置する。

   名に愛(め)でゝ 見にこそ来つれ 女郎花
        居り違
(たが)えたる ことの悔しさ

   言の葉の 露だにかけよ 思うこと
        言わぬ色なる 花にはありとも
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「壺石文」 上 21 (旧)七月十日(つづき)

(庭のニオイバンマツリ)

紫の花は後に色を白に変える。だから紫と白の花が混在することになる。

午後、静岡の駿河古文書会に出席する。先週に続き、曹洞宗のお寺のお触れの控えである。用語が難しくて、昨日、息子に頼んで仏教語大辞典をネットで購入した。明日には届くと思う。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

されど、こうゆくりなく頓にいかでを。あらかじめ、その用意し侍らんを、いくか(幾日)ばかりか、与件日をとりてよと、事良げに答(いら)えて、帰してけり。
※ ゆくりなく - 思いがけなく。突然に。
※ 頓に(とみに)- 急に。にわかに。
※ いかで - どうして。どういうわけで。どのようにして。
※ いくか(幾日)- いくにち。
※ 与件(よけん)- 所与。他から与えられること。


さて、家あるじも帰りてけれど、真心ならねど、かの密か(みそか)事を、在りし様に語るべう(べく)もあらず。さりとて、ようせずば、かの性(さが)なもの、また来て苛(さいな)みてん。とあればかゝりおうさぎるさにて、あな言い知らず宿世、拙(つたな)き身にて侍るかな、と心一つに歎き悲しみて、来るつあした(朝、明日)に夫(せ)に言いけらし。
※ ようせずば - 悪くすると。
※ かゝり - このようになり。(「かくあり」の意)
※ おうさきるさ(逢うさ来るさ)- 一方がよければ他方が悪いこと。うまくかみあわない様子。
※ あな言い知らず - ああ、何と言っていいか分からない。
※ 古今集に「そゑにとて とすればかかり かくすれば あな言ひ知らず あふさきるさに」
※ 宿世(すくせ)- 前世からの 因縁。宿縁。宿命。


今日は山畑に諸共(もろとも)に物して営みてん。君はまず、この子負いて行きて、待たせ給いてよ。我は昼の乾飯(かれいい)など、取り賄い持て、後よりものし侍らんを、など言い遣りぬ。

男、言いしがごと、かの山畑に行きて、待てども/\来ざりければ、いと怪しと思いて、あからさまに家に立ち帰りて見れど、人音もせざりければ、こゝかしこの隅々(くまぐま)呼びつゝ、垣間見れば、別納(べちのう)の方に、血にまみれて死に居たり。驚きてよく見れば、短き菜刀に巻き添えたる一片の文ありけり。
※ あからさま - 急に。にわかに。
※ 垣間見る(かいまみる)- 物影からこっそりと覗き見る。
※ 別納(べちのう)- 母屋 (おもや) から離れて建つ建物。
※ 菜刀(ながたな)- 菜切り包丁。


心にもあらで、物せし見咎(みとが)ごとのありし様を、つぶ/\と書(か)い置きてけり。いと/\儚(はかな)かりける事になん、と堅住大徳、泪(なみだ)ぐみ、鼻声にて語られき。


読書:「砂の街路図」佐々木譲 著
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「壺石文」 上 20 (旧)七月十日(つづき)

(庭の松の木のセッコクが花盛り)

庭の松の木のセッコクが花盛りで、年々その勢力範囲を広げて、株が大きくなっているのを感じる。

午後、掛川図書館の文学講座に出席する。今年度の、今日が初回である。テーマは年間を通して、「井上靖と静岡県」というような課題である。今日は、その幼少期から15歳位までの話であった。その時代のことを描いた、井上靖の「しろばんば」「夏草冬濤」などの作品を読んだのは、もう30年も40年も昔になる。この機会に再読してみようかと思う。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

堅住大徳の語る、白川の里の近村で起きた事件の話。2時間ドラマの筋書きのようにはいかないが、かなりシリアス。

この白川の里より二里ばかり離れて、辰巳の方に当りて山里あり。小松村となん云うなる。こゝに世離れたる一つ家あり。この家、刀自(とうじ)まめなる本情にて、(みさお)なるが、一年哀れなる事侍りき。
※ 刀自(とうじ)- 一家の主婦。
※ 操(みさお)- 精神的に上品で立派なこと。


年の程、三十ばかりにて、けしうはあらざりけるを、近き村の博奕など良からぬ業して、浮世渡らう男(おのこ)むくつけきが、一日ゆくりかに来けり。その折しも、夫(つま)の家にあらざりければ、如何(いかが)はせん。このむくつけ男(おのこ)うちつけに逼り寄りて、気色ばむ
※ けしうはあらず - それほど悪くない。まあまあよい。
※ むくつけき - 無骨な。無作法な。
※ ゆくりかに - 思いがけなく。突然に。
※ うちつけに - ぶしつけに。露骨に。
※ 気色ばむ(けしきばむ)- 怒ったようすを表情に現す。むっとして顔色を変える。


わりなしとて、いなみにければ、腹立ちて、眼居(まなこい)鋭どに、熊鷹の猿(ましら)、兔(うさぎ)などを掴めるが如(ごと)、掴みつきて、腰刀の剣頭取り縛りければ、この賢し女気色取りて云うよう、さらばせんし(す)べなし。御心に従いてんとて、遂に、本意にもあらで、嘆く/\寝てけり。
※ わりなし - むやみやたらだ。道理に合わない。
※ いなむ(否む)- 断る。
※ 眼居(まなこい)- 目つき。まなざし。
※ 剣頭(たかみ)- 剣の柄。
※ 賢し女(さかしめ)- 賢くしっかりした女。賢女。
※ 気色(けしき)- きざし。けはい。


さりける後は、この男(おのこ)何の良き事と思いて、男のあらざる時をうかがいて、二、三度詣で来て、本意遂げてけり。はて/\は、あるじだちて言いけらく、近きほどに人知れず、なれ(汝)を誘(いざな)いて、諸(もろ)ともに走りてん。急ぎし給いてよ、と言いけるを、否みなば、悪しかりなんと思いとりて、すなわち、肯(うべな)いしけり。
※ だち(立ち)- 名詞の下に付いて、そのつくりのさまを表す。ここでは、「あるじのような顔をして」の意か。
(つづく)
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「壺石文」 上 19 (旧)七月十日(つづき)

(裏の畑のアルストロメリア)

アルストロメリアはヒガンバナ科の球根植物で、ブラジル原産。六月頃に咲く。この花は少し早めである。和名では百合水仙と呼ばれる。女房が球根を頂いて、畑の隅に植えたものであろう。去年も咲いていた。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

(昨日の続き「駱駝の長歌」)

  天地は、真広きかも、時代は、豊けきかも、
  豊けかる、時にしあれば、真広なる、世にし住まへば、
  そじしの、唐の国ゆも、そらみつ大和島根に、
  千万(ちよろず)の、物ら舞い来て、
  うつそみ(うつせみ)の、今の現に
  人皆の、恵みともしみ、もてあそ(弄)ぶ、物は多けど、
  らくだちう、これの獣(けもの)は、
  馬に似て、馬にもあらず、牛に似て、牛にもあらず、
  丈高く、太く大きく、首長く、尾ぶさ短かく、
  なよ竹の、四つの蹄(ひづめ)は、玉くしげ、二つに割れて、
  真砂路に、跡踏み留め、喘ぎつゝ、か行きかく行き
  とみこうみ、目をあどもいて豊けげに、遊ぼう見れば、
  唐国も、よりて(つか)うる、君が御代かも

※ そじし - 背筋 (せすじ) の肉。
※ そじしの空国(そしじのからくに)-(背中には肉は少ないところから)肥沃でない土地。(空国 ⇒ 唐国)。
※ そらみつ - 「大和(やまと)」に掛かる枕詞。
※ 大和島根(やまとしまね)- 日本国の別名。「やまとしま」に同じ。
※ うつそみ(うつせみ)- この世。
※ 今の現に(いまのおつつに)- ただ今現在も。
※ ともしむ(羨しむ)- うらやましがらせる。
※ ぶさ - 不細工。
※ なよ竹の -(枕詞)しなやかな竹の節(よ)(=ふし)の意で、「よ」と同音の「夜」「世」などにかかる。ここでは、「四」にかかる。
※ 玉くしげ - 櫛などの化粧道具を入れる美しい箱。(枕詞)くしげには蓋があることから「二(ふた)」に掛かる。
※ 真砂路(まさごじ)- 海岸などの、砂地の道。
※ か行きかく行き - 行き来して。
※ とみこうみ(左見右見)- あっちを見たり、こっちを見たりすること。また、あちこち様子をうかがうこと。
※ あどもいて - ひきつれて。(観衆の目を)
※ 豊け(ゆたけ)- ゆったりしている。
※ 事うる(つかうる)- 仕える。付き添って世話をする。
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「壺石文」 上 18 (旧)七月朔日(つづき)、十日

(散歩道のチガヤ / 5月6日撮影)

チガヤについては「壺石文 上」5月4日の分で触れた。今の季節、あちこちに白い穂が見られる。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

阿武隈川を隔てゝ、向い寺という寺ありけり。その寺の片方(かたえ)に子安の明神という社あり。そこに時雨の楓という一木あり。

こは昔、鬼一法眼が娘、皆鶴といえるが、九郎判官を京より慕いて、この白川の里まで越しかど、判官すでに高館にて討たれぬと聞いて、この木に上の衣(きぬ)を脱ぎ掛け置いて、片方の池に身を投げぬ。
※ 鬼一法眼(きいちほうげん)-「義経記」に登場する伝説上の人物。京の一条堀川に住んだ陰陽師。源義経がその娘と通じて、伝家の兵書「六韜」を盗み学んだという伝説で有名。

「原著注」高館は「観迹聞老志」に云う。奥州磐井郡なり。衣川を去る事一町。
※ 観迹聞老志 - 1719年に完成した、全20巻に及ぶ仙台藩の地誌である。著者は仙台藩の儒学者で、絵師でもあった佐久間洞巌。
※ 磐井郡(いわいぐん)- 岩手県南西部にあった郡。


それが思いや留まりけん。この木のもと、常に時雨(しぐれ)ければ、人、時雨の楓と呼べりとなん。

   今もなお 乙女が袖の 面影に
        見えみ見えずみ 小雨そほ降る

※ 見えみ見えずみ - 見えたり見えなかったり。
※ そほ降る(そほふる)- 小雨がしとしと降る。雨が静かに降る。「そぼふる」とも。


十日、曇りみ晴れみ、さはらかならぬ空の景色なりけり。ひねもす書い遊みぬれど、駆使果てにたれば、唐国より来たれりし、駱駝(らくだ)とかいう獣(けもの)を引き来たりて、見すめるを行きて見て詠める、長歌、
※ 曇りみ晴れみ(くもりみはれみ)- 曇ったり晴れたり。
※ さはらかなり(爽らかなり)- さっぱりしている。
※ ひねもす(終日)- 朝から晩まで続くさま。一日中。
※ 書い遊む(かいすさむ)- 書きすさぶ。気の向くままに書いて楽しむ。慰みに書く。
※ 駆使果て(くしはて)- 書く題材がつきた。
※ 見す(みす)- 見せる。


ここで、菅雄さんは、駱駝という動物を見ている。ここはまだ、陸奥(みちのく)の白川の里である。この地まで駱駝が来たとは驚きであった。ネットで探してみたが、1821年(文政4)に、江戸に来ていたことは、たくさん文献などが残っている。しかし、見世物としてさらに北へ行ったという事実には行き当らなかった。

唯一、仙台の俳人・遠藤曰人(あつじん)(1758~1836)が、地元の、木ノ下白山神社の祭礼の賑わいを描いた「ぼんぼこ祭図」の中に、ラクダの見世物の看板が見えるという記事を見つけた。「ぼんぼこ祭図」は仙台市博物館所蔵という。時代も重なりそうだし、仙台まで行ったのなら、白川の里はその途中である。

駱駝についての長歌は明日に回す。
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「壺石文」 上 17 (旧)七月朔日(続き)

(頂いたタラの木の苗)

夕方、「古文書を楽しむ(経験者)」の受講者のNさんが見えられて、事務所から出てきたが、もう使わないのでと、B4の用紙を頂いた。多分、一箱2500枚入りである。けっこうB4の用紙は使うけれども、2、3年分くらいありそうだ。そして、合わせて、タラの木の苗を一鉢頂いた。歴史講座で先日頂いたタラの芽のお礼を言ったら、たくさん増えているので、苗にして、一本頂けるという話であった。それを持参されたのである。さあ、畑のどこへ植えようか。考え中‥‥

そのあと、会社のS氏が見えた。頼み事をしたあと、会社のことなど、色々立ち話をした。会社を終えて、時間が出来たら、是非古文書講座へ入らないかと誘う。江戸時代は捨てたもんじゃないという話をしたけれども、興味を持ってくれただろうか。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

小笹にて、
※ 小笹(こざさ)- 小篠の宿。大峰山奥駆道の宿の一つ。

   一枝も 徒(あだ)にやは見む 色深く
        染むる小笹
(おざさ)の 露のもみぢ葉

弥山にて、
※ 弥山(みせん)- 大峰山奥駆道の山の一つ。標高1895メートル。

   雲霧も かゝる御山の 峰幾重
        厭わで過ぎる 法の諸人
(もろびと)

いと尊く、目出たき、御本調べにこそ。

前の白川の少将源の定信卿の御手づから、書かせ給えりける「齢霞園」という文字を、阿武隈川の埋れ木の根のされたるに木の道の内匠(たくみ)の麗(うるわ)しう、据えたりけるを、高殿の中の隔ての長押(なげし)に掛けたりけり。これが詞(ことば)を書いて給いてよと、あるじの大徳(おおとこ)の乞へりければ、
※ 源の定信卿 - 松平定信。江戸時代中期の大名、老中。陸奥白河藩第3代 藩主。第8代将軍、徳川吉宗の孫。
※ 手づから(てづから)- 自分の手で。
※ されたる(戯れたる) -(「ざれたる」とも)風情(ふぜい)がある。しゃれている。
※ 大徳(おおとこ)-(一般に)僧。


  仙液を飲み、霞英を食らいて、齢(よわい)を延ぶというは、
  山人の手だてとこそ聞きしが、この齢霞園(れいかえん)というも、
  あるじの優婆塞修法(ずほう)の晦(つごもり)
  春の花の朝(あした)には、霞わたれるおちこちの野山を見放(みさ)け、
  秋の紅葉の夕べには、月に妻問う高岡山の鹿の音を聞き、
  外面(そとも)に響く阿武隈河の川音に心を澄まし、
  命を(のば)てんとの住処(すみか)なめりかし。
※ 仙液(せんえき)- 美酒。
※ 霞英(かえい)- 紅花。
※ おちこち(遠近)- 遠い所と近い所。あちらこちら。
※ 見放く(みさく)- 遠くを望み見る。
※ 延う(のばう)- 延ばす。延長する。


   高殿は 憂き世をよそに すずかけ
        衣の袖の うらやすげなる

※ すずかけ(鈴懸)-(篠懸、篠掛とも書く)山伏の着る衣の上衣。
※ うらやす(心安)- 心の安らかなさま。
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「壺石文」 上 16 (旧)六月廿九日(続き)、七月朔日

(今年初めてのコクワガタのオス)

大きく見えるが、4、5センチのコクワガタで、まだ出たばかりのようで、甲が艶々していた。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

日出でて後、宿りを立ちて、広き草の原をゆき/\て、かろうじて作山という宿に至れりける。今日はこよのう暑かりけるに、大なる石の川原を渡りて、こなたの岸に、清らなる茶屋のありけるに、立ち寄りて憩いつゝ問えば、この河は帚木川となんいうなるとぞ。
※ 作山(さくやま)- 佐久山宿。奥州街道の21番目の宿。 現、栃木県大田原市佐久山。

   帚木(ほうき) 音をさやけみ 暑げさも
        払い尽せし 心地こそすれ

※ 帚木川(ほうきがわ)- 箒川。栃木県那須野ヶ原の南縁を流れる那珂川水系の一級河川。

大田原の鴬入堂権中納言佐治盛とか云える薬師(くすし)が里に立ち寄りて、しばし、ものの言いけるに、今年齢(よわい)七十なりというなるに、面持ちの若やかに見えければ、
※ 大田原(おおたわら)- 栃木県の北東部に位置する大田原市。
※ 面持ち(おももち)- 顔に現れた感情、気持ち。


   面影は 千代も変わらじ 山人の
        名に通いたる さじもりの君


夕暮れのかわたれ時にたどりつゝ、一の沢という村に至りて宿る。このわたりはすべて那須の郡(こおり)にて、那須の篠原という名所も、近くに有るとぞ。
※ かわたれ時(彼は誰時)- はっきりものの見分けのつかない、薄暗い 時刻。多くは夕暮れではなく、明け方をいう。(夕暮れは「たそがれ」)

文月(ふんづき)(つきたち)の日、まだ夜深きに、宿りを立ちて、ひた急ぎに急ぎけれど、足の裏、耐えがたく覚えて、道たど/\しく、夜になりて、陸奥(みちのく)の白川の里にぞ、至りける。喜楽院という優婆塞許(がり)、訪いて宿る。
※ 文月(ふづき、ふみづき)- 旧暦七月の異称。新暦七月の別名。
※ 朔(つきたち、ついたち)- 月立ち。一日。朔日。
※ 優婆塞(うばそく)- 在家の男の仏教信者のこと。
※ 許(がり)- 人を表す名詞または代名詞に付き、「…の所へ」「…の許に」の意を表す。


あるじ堅住、語らいけらく、古(いにし)文化の四年九月ばかり、聖護院の宮一品(盈仁)親王大峯奥入りの御供奉に、貝吹きにてさぶらい侍りける時、宮の詠ませ給えりし御本歌、
※ 聖護院の宮一品(盈仁)親王 - 聖護院宮盈仁法親王。閑院宮典仁親王の子。後桃園天皇 の養子となる。円城寺の長吏官に任じられ、一品、准三宮に叙せられる。
※ 大峯奥入り(おおみねおくいり)- 大峯入りとも。修験者が修行のために大峰山にこもること。


   塵の世を 隔(へだ)つる山の 奥にしも
        妻恋う鹿の 声ぞ聞こゆる


読書:「潜る女」堂場瞬一 著
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「壺石文」 上 15 (旧)六月廿八日、廿九日

(裏の畑のオダマキソウ)

午後、「駿遠の考古学と歴史」講座に出席した。S教授に、神座村の慶応四年の御触れ書写より、静岡藩学問所の応募の御触れ書の部分を、コピーして差上げた。学問所の門戸は民百姓にも開かれていたというが、その証拠となる文書だという。もっとも、村から応募があったかどうかはわからない。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

この家、あるじは下野房宮住とぞ云えりける。こゝの都の人、桂林堂真盛。江戸人林ノ真輯というも来居て、題を出して、半日五十首の早歌など読む。
※ 下野房宮住 - 下野庵宮住。鉄砲町名主で質屋を営んだ上野久左衛門基房。江戸時代の宇都宮に関する事項を記した「宇都宮史」を発行した。
※ 都の人(とのびと)-(「とじん」とも)みやこの人。
※ 早歌(はやうた)- 神楽(かぐら)歌の一。比較的テンポが速く、滑稽味がある。


唐人の年魚(あゆ)を籠(こ)に入れて、頭に捧げてたどる方に、人の歌乞いければ、書き付けける。片方(かたえ)(うけ)あり。
※ 筌(うけ)-(「うえ」とも)魚をとる道具。竹を筒状または底のない徳利状に編んだもの。

   石川の 鮎を得てこそ 高麗人(こまびと)
        うけ
(筌)良かりける 事を知るらめ

また布袋和尚というものゝ絵に、
※ 布袋和尚(ほていわじょう)- 唐末の明州の伝説的な仏僧。水墨画の画題とされ、大きな袋に太鼓腹の僧侶の姿で描かれる。日本では七福神の一柱として信仰されている。

   ぬのぶくろ(布袋) 御側(みそば)離たず なれ/\し
        童
(わらわ)遊びの 無きが淋しさ

廿八日、喜連川に到りて宿る。
※ 喜連川(きつれがわ)- 下野国塩谷郡喜連川に喜連川藩があった。栃木県中東部で、現、さくら市喜連川。

廿九日、駅馬使(はゆまづかい)の便りを求めて、宮住がり(許)、消息やるとて、
※ 駅馬使(はゆまづかい)- 駅馬を利用する公用の使い。
※ がり(許)- ‥‥の所へ。(下野房宮住の所へ手紙を送る)


   唐衣 うつの宮路の 草枕 
        旅とも知らで 夜を重ねてき

※ 唐衣(からごろも)-(「着る」「裁つ」「裾」「袖」「紐」など、衣服に関する語や、それらと同音をもつ語にかかる枕詞。「うつ」もその中に入るのか)中国風の衣服。美しい衣服。

真楫へ

   旅衣 とく立ち帰り 草枕
        ともに結びし 夢語りけん
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