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秋葉参詣脇道、人馬弁じ禁止のこと - 掛川古文書講座

(散歩道のサルビア・レウカンサ)

午後、掛川文学鑑賞講座に出席した。この講座もどうやら「井伊直虎」一色になって来たようで、今日紹介を受けた本は「剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎」(高殿円著)と、「井伊の虎」(火坂雅志著)の2冊であった。11月は文学散歩だが、定員オーバーで抽選になった。くじ運の悪い自分だったが、何とか当選、参加出来ることになった。直虎ゆかりの地を巡る。

昨日の講座の、二つ目の文書である。以下へ読み下し文を示す。

  一札の事
日坂宿より戸綿村へ往来道は、村々助郷人馬道に御座候処、去々午秋より、秋葉参詣の旅人、通られ候に付、同十二月旅人通行の儀、相成らずの旨、
仰せ出され候。

然る処、今以って折々、旅人罷り通り、足痛、旅疲れなどを申し、相頼みを聞くに任せて、右道筋にて人馬弁じ遣し候者これ有り、心得違い儀候間、以来は何程無據(よんどころなく)相頼み候とも、人馬差し出し申すまじく、海道を教え遣し、村道は往来無用の旨、急度相断るべし。

若し押し隠しに、人馬弁じ遣し候者、これ有るに於いては、当人は勿論、五人組合の者、村役人まで御糺明(きゅうめい)の上、御咎め仰せ付けらるべく候間、小前百姓、下人などに至るまで心得違いこれ無き様、堅く相守り申すべき旨、仰せ渡され、一同畏まり奉り候。連印を以って、御請書差し上げ申す所、くだんの如し。
  寛政十二年
     申正月
             上西郷村
                柄在家
                 善吉  ㊞
                 善五郎 ㊞
                 徳兵衛 ㊞上西郷村
             (以下略、上西郷村の村民の名前が続く)


秋葉参詣に、江戸方面から来る旅人は、東海道を掛川宿の先、大池で別れて向かうのが本来の道である。ところが、近道なのか、日坂宿から直接戸綿へ抜ける道が、使われるようになった。この往還の途中に上西郷村があり、助郷で日坂宿へ出る道であった。この往還で、村々で人馬を提供するようになって、結果として素通りされる掛川宿より苦情がでたのであろう。人馬の提供を禁止する御触れが出た。

東海道の宿駅制度を維持することは、道中奉行にとって、最重要課題であり、その維持のために、宿駅の既得権を守る諸策がとられたことは、大井川徒渉の廻り越しの取り締まりなど、度々目にすることである。この文書も、その一環の触れと理解するべきであろう。

講師は、秋葉山御開帳に伴い、大勢の参拝客が狭い往還に溢れたため、通行を制限したという解釈であったが、秋葉山開帳は2年前の話だというし、この触れの主眼は「人馬の提供の禁止」であるから、趣旨が少しずれる。講義の最後に、そんな意見を質問してみた。もちろん、はっきりしたことは、書かれていないから、白黒つけられることではないが ‥‥‥
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