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御法度書四拾三ヶ條写し 7 - 古文書に親しむ(経験者)

(金谷宿近江屋の古文書の中に「印鑑」を見付けた。)

御法度書に「印鑑」という言葉が出てきて(後述の「御法度書四拾三ヶ條」の、本日最初の項を参照)、前回の「古文書に親しむ(経験者)」講座で、保留にした経緯は、9月17日に書いたが、その「印鑑」のサンプルを近江屋の文書の中に見つけた。

印影の「印鑑」(照合のために、印影を押して届け出た書類)を解読すると、

印鑑
  五島伊賀守家来二条在番
      今利與三兵衛  ㊞
      本多潤平    ㊞
      大久保貢    ㊞
  同家来在江戸
      大久保満蔵   ㊞
      野村伴左衛門  ㊞
      西村壮四郎   ㊞

※ 五島伊賀守 - 五島伊賀守運龍。大番頭。五島富江藩6代藩主。文政~天保に側衆。
※ 二条在番(にじょうざいばん)- 京都二条城の警備に就いていた者。


こういう「印鑑」が五島伊賀守から近江屋に提出されていたことから、近江屋の本業は旅籠だった可能性が高い。五島伊賀守の家来衆は金谷宿の近江屋を定宿としていたと思われる。

一週間続いた、「御法度書四拾三ヶ條」を、今日で読み終える。

一 印形大切に致すべし。もし紛失候か、改め候わば、早速印鑑、庄屋、組頭は役所へ差し出すべく、百姓、水呑は庄屋方へ印鑑取り置き申すべく候。印判麁末に致し、出入出来候わば、越度たるべき事。
※ 印鑑(いんかん)- 江戸時代、照合のために関所や番所に届け出ておく捺印(なついん)手形。

一 百姓の子供を始め、諸親類の内、怪しき侍奉公に差出し、その後、在所へ引っ込み候ても、その侭、刀指し候義、堅く仕るまじく候事。

一 庄屋、組頭より、小百姓に対し、非分なる儀仕らず、随分正路に仕るべく候。もし非分なる義これ有らば、その訳百姓方より訴え出るべく候。かつ小百姓、我侭仕るべからず。自然、我侭を以って、庄屋、組頭に従い申さざるものこれ有るにおいては、申し出るべく候。吟味の上、越度申し付くべき事。
※ 非分(ひぶん)- 道理にはずれたこと。
※ 正路(しょうろ)- 正道をはずれないこと。正直なさま。


一 村櫛村藻草、他領へ売り候儀、御法度に候。その外村々ともに、越し売り御停止に候。堅く相守るべく候。もし相背くにおいては、曲事たるべく事候。
※ 藻草(もぐさ)- 藻。水草・海草・藻類など。
※ 曲事(くせごと)- 法に背くこと。また、それを罰すること。


一 捨馬牛の儀、仕るまじく候。並び馬の筋延し申すまじく候。常々の養い申すべき事。
※ 馬の筋延(うまのきんのばし)- 馬揃いに格好よく見せるため、馬の尾や腹の筋を切って延す、拵え馬が流行った。馬の虐待になるため、綱吉が生類憐みの令で禁止したことに始まり、御法度になった。

一 呉々以って耕作大切に仕り、勝手向き暮し方、随分費えの儀これ無き様に、前後省略を遂げ、分限大切に相守り、物ごと正路に仕るべく候事。

右の條々、村中大小の百姓、妻子並び召仕などに至るまで、庄屋前において度々申し聞かせ、堅く相守るべきものなり。
  寛延三庚午年
  天保二辛卯年七月写す。
              金差町
                  鍋屋庄兵衛写す。

※ 寛延三庚午年(1750)- 七代徳川家重。翌年より八代吉宗。
※ 天保二辛卯年(1831)- 十一代徳川家斉。
※ 金差町(かなざしちょう)- 遠州引佐郡金指村。
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