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「壺石文」 下 13 (旧)一月廿三日~

(散歩道の土手で見つけたコヤブラン)

「壺石文」では寒い旅を読みながら、現実には暑さでまいり、昼間は熱中症対策に冷房が欠かせなくなっている。

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「壺石文 下」の解読を続ける。

廿三日、遍照寺を訪いて、やがて宿りけり。主の法師と向かい居て、夜もすがら物語りしけるに、かの法師語りけらく、あわれ何処の如何なる人なりけん、この五、六年ばかり、その上(かみ)この陸奥の岩沼わたりにさすらい来たる旅人の老いたるが、

   とても身の 旅路に死なば 塩釜の
        浦のわたりの 煙とも立て


と云う歌をなん詠めりける。

その詠めりけるようは、とある町の物売る家に立ち寄りて、何ならん、いささけ物買い得て、持て往にけり。とばかり有りて、かの商人(あきんど)の家の子どもの言いけらく、今の老い人よ、(しろ)も物さで、物してけりな。あなにくの呆け人よ、と言い罵りつゝ、若人ひとり、後(し)りに付きて追いて、
※ いささけ - ちょっとした。
※ とばかり - ちょっとの間。しばらくの間。
※ 代(しろ)- ある物の代わりとして出される品や金銭。
※ あなにく(あな憎)- ああ、気に入らない。まあ、みっともない。


追いし来て、声も逸りかにはたりければ、そは、即ち、物してけり、とぞ答(いら)うなる。空言なせそおぎのる業をせずば、返してよと言えば、さらば然してんとて、かの買い得て持たりける物、取う出て渡しけるに、手つき面持ちもて、静めていとあてやかなりけり。
※ 逸りかに(はやりかに)- 軽率に。せっかちに。
※ はたる(徴る)- 請求する。取り立てる。
※ 物す(ものす)- ここでは、代金を支払ったことを云う。
※ 空言(そらごと)- うそ。
※ なせそ - するな。(「空言」と合わせて、「うそ言うな。」)
※ おぎのる(賖る)- 代金をあと払いにして買う。掛け買いをする。
※ あてやか(貴やか)- 優雅で美しいさま。気品のあるさま。


かの若人取り得て、喜ばしげに走りて、家に帰りければ、よろしき大人、奥つ方より出でゝ、かの代は我取り得たるを、そを如何で物したるぞと言う/\、自ら取り持て、また追い来て見れば、かの翁、足もたゆげにやおらづゝ杖を留めて、行きづつめり。
※ たゆげに(弛げに)- だるそうに。
※ やおらづゝ - 少しずつ。


おぢよ、いと苦しげに見え給うを、しばし憩い給いてよ、と言えば、なよ/\と我かの気色にて道の辺に俯(うつぶ)しぬ。あなやと言いつゝ走り寄りて、助け起してんとすれば、いと甚(いと)う苦しげなる息の下に、この歌を詠み置きて、やがて身罷りにけりとなん。
※ おぢよ - 爺さん。
※ 我かの気色(われかのけしき)- 自他の区別もつかないほど我を失っているようす。正体のない状態。


   聞く袖も 玉ぞ乱るゝ 道の辺の
        露と消えにし 人の言の葉


読書:「雲をつかむ話」多和田葉子 著
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