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「壺石文」 下 8 (旧)一月朔日、二日~、六日、七日

(散歩道のナデシコ)

「壺石文」は今日で新年を迎えた。ここにして、この旅が何時の事なのかがはっきりした。ずっと疑問で、読み進めれば、やがて明らかになるだろうとは思っていた。この新年は文政9年と記されている。つまりこの旅は文政8年から9年にかけて行われた。そして、旅はこれより復路に入る。往路に出て来た地名、人名などは、往路に戻って確認してもらうと理解しやすい。

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「壺石文 下」の解読を続ける。

文政の九年と云う年の睦月のつきたち(ついたち)の日、雨そぼ降るに、籬(まがき)の山に、高く積りたる雪のかつがつ消え初めてけり。つとめて(早朝)
※ 文政の九年(ぶんせいのこゝぬとせ)- 文政9年は西暦1826年。
※ 睦月のつきたち - 一月の朔日(ついたち)。「睦月」は、旧暦1月の呼称。
※ そぼ降る(そぼふる)- 雨がしとしと降る。
※ かつがつ(且つ且つ)- 少しずつ。ぼつぼつと。


   春来ても 変わらぬ旅の 古衣(ふるごろも)
        暁起きの 袖の寒気(さむけ)
※ 寒気(さむけ)- 寒さ。

   今日と云えど 人も訪いこで 草枕
        旅ぞなか/\ 心安
(うらやす)げなる
※ 心安(うらやす)- 心が安らかなさま。

昼つ方より、いや降る雨みぞれとなりて、寒さ勝されり。
※ いや降る(弥降る)-(「弥」は、程度がはなはだしいさま。)ますます降る。

   松山を 越すてふ(という)波の 面影に
        この浦近く 雪ぞ降り来る


   春来(き)れば 花とみぞれの 古巣(ふるす)出て
        初音聞かせよ 谷のうぐいす


二日暁、起き出でて見るに、浦風激しく、軒端の高い梢の雪砕け散りて、寒さ耐え難し。

六日、子の日なりければ、
※ 子の日(ねのひ)-「子の日遊び」のこと。正月の初子(はつね)の日に、野に出て小松を引き、若菜を摘んで千代を祝った行事。

   海士乙女 いざ海松(うみまつ)を 引連れて
        春の初子の 浜遊びせん

※ 海士乙女(あまおとめ)- 海女(あま)。
※ 海松(うみまつ)- 海岸に生えている松。
※ 初子(はつね)- 正月最初の子の日。


茂木の玄貞と云う薬師(くすし)がり、訪い来て、二夜、宿り居て、七日の朝粥を食(たう)べて後、こゝを立ち出ず。日頃、逢い慣れて、物言い交わしたる人も、二人、三人は無きにしもあらざりけれど、今はとて出で立つに、訪い来る人も無く、別れ惜しと言うなげの、言の葉を掛くる人も無し。(ま)いて馬の鼻向けする人、送りする人あらんやは。
※ 増(ま)いて - 増して。なおさら。
※ 鼻向け(はなむけ)- 餞(はなむけ)。旅立つ人へ贈る金品や言葉。(旅に出る人の道中無事を祈り、馬の鼻をその行く先へ向けた故事による。)


   この浦は なごりもあらず 旅衣
        年を重ねて 立ち出づれども


その夜は桃の浦にぞ宿りける。この宿りける処は、磯際の海士の苫屋なりければ、波の音、枕に響きて、耳かしまし
※ 桃の浦(もものうら)- 現、石巻市桃浦。
※ かしまし(姦し)- 耳障りでうるさい。やかましい。


読書:「敵討ちか主殺しか 物書同心居眠り紋蔵」佐藤雅美 著
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