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「壺石文」 中 21 (旧)八月廿四日(つづき)、廿五日

(掛川図書館近くの逆川河岸を埋めるユリの花)

午後、掛川の文学講座に出席した。講座の前に、和久田先生と少し言葉を交わした。歩いてますかと聞かれて、三度目のお遍路も行きたいとは思っているが、なかなか時間がなくて、など。井上靖の2回目は「浜松時代の井上靖」であった。

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「壺石文 中」の解読を続ける。

伊達の大木門と云う名のみばかりなる處を過ぎて、貝田の宿を経、越河に至りて憩う。(聞老志に云う。下紐関、伊達の大木戸なり。貝田駅西南、国見山下に在り。)
※ 貝田の宿(かいだのしゅく)- 奥州街道55番目の宿場。現、福島県伊達郡国見町貝田。
※ 越河(こすごう)- 奥州街道56番目の宿場。現、宮城県白石市越河。


白石より馬に乗りて、白鳥明神の神主、山辺ノ筑前守と云う人の家を尋ねて、宿りぬ。葛田の宮の駅より、五六町北の方に入りて、深谷と云う村なりき。
※ 白石(しろいし)- 奥州街道58番目の宿場。現、宮城県白石市。
※ 白鳥明神(しらとりみょうじん)-宮城県刈田郡蔵王町宮にある、刈田嶺神社(かったみねじんじゃ)。
※ 葛田の宮の駅 - 宮宿。奥州街道59番目の宿場。現、宮城県苅田郡蔵王町宮。


廿五日、つとめて(早朝)白鳥の御社(みやしろ)に詣でて、金ヶ瀬大河原などいう、駅家路を踏むかし。はばかりの関と言いけんは、こゝに据えたりとぞ。舟迫(フナゼマリ)槻木(ツキノキ)など云う宿を過ぎて、岩沼の駅に至る。
※ 金ヶ瀬(かながせ)- 奥州街道60番目の宿場。現、宮城県柴田郡大河原町。
※ 大河原(おおがわら)- 奥州街道61番目の宿場。現、宮城県柴田郡大河原町。
※ はばかりの関(はばかりのせき)- 宮城県柴田郡柴田町にあった東山道の関。「枕草子」にも取り上げられている。
   やすらわで 思い立ちにし 東路に ありけるものか 憚りの関   藤原実方
※ 舟迫(ふなぜまり)- 奥州街道62番目の宿場。現、宮城県柴田郡柴田町。
※ 槻木(つきのき)- 奥州街道63番目の宿場。現、宮城県柴田郡柴田町。
※ 岩沼の駅(いわぬまのうまや)- 奥州街道64番目の岩沼宿。現、宮城県岩沼市。


武隈の社に詣づ。今は竹駒明神という。二木の松と云うをも見るに、さらに景色なし。
(聞老志に云う。名取郡武隈神祠、岩沼駅西に在り云々。大古、騎竹馬、而来この地を、故に、武隈、文字或いは易竹駒。
○鼻輪の松、或は鼻端と作る。岩沼駅、西五町余過ぎ、小坂に入る、その地に樹相、並びに枝葉繁茂して在り。
○二株(フタギ)の松、駅西五町余。△武隈ノ古館・歌枕の説云う。二木の松は藤原の元善、任国の時、館前に植えた所なり。然し則ち、松下辺の古しえの館址か。)
※ 武隈の社/竹駒明神 - 現、竹駒神社。宮城県岩沼市中心部にある稲荷神社。
※ 二木の松(ふたきのまつ)- 武隈の松とも。歌枕。


雀色時過ぎて、増田(マシダ)の宿に着きて宿る。
※ 雀色時(すずめいろどき)- 空が雀色に薄暗くなった時分。夕暮れ時。夕方。たそがれどき。
※ 増田の宿(ましだのしゅく)- 奥州街道65番目の増田宿。現、宮城県名取市。
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