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「壺石文」 中 25 (旧)八月廿九日(つづき)、九月朔日

(散歩道のアジサイ)

夜、金谷宿大学役員会。決算、予算の件、結論出ず。どこまで筋の通らない話を続けるのか。理事も事務局も、当事者能力が欠けていて、話し合いにならない。議員のYさんが隣りにいたので、教育長に直接話をしてくれるように話を向けて、Yさんの御足労を頂くことになった。

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「壺石文 中」の解読を続ける。

あわれ、千年余りその上(かみ)の物を、今の正目に見ることは、世に稀らなるものなるをと、こよのう珍らかに覚えて、繰り返しつゝ読み見るほどに、空かき曇り、時雨(しぐれ)めきて雨降る。
※ 正目(まさめ)- 自分の目でじかに見ること。まのあたり。
※ 稀ら(まれら)- 珍しいさま。まれ。
※ こよのう - この上ない。


   遇いに遇いて 降りにこそ降れ 陸奥(みちのく)
        旅路のひさめ 壺の碑

※ ひさめ(大雨/甚雨)- おおあめ。ひどい雨。(季節からして「氷雨」ではないと思う)

(聞老志に云う、多賀城、市川村の南に在り。△風土記に曰う、多賀城碑、見雲真人清書なり。)

ほとりの野良に草刈り居たる童(わらわ)べども、二、三人走り来て、この屋の軒に笠やどりして、何くれと囀るめれど、ふつに聞き分かず。
※ 笠やどり(かさやどり)- (人の家に)ちょっと立ち寄ること。ここでは雨宿り。
※ ふつに(尽に)- 全然。まったく。


野田の玉川、末の松山、沖の井、京島、などを問えば、遠からぬ所なれど、さらに景色なしと答(いら)うれば、えものせず。(聞老志に云う、野田の玉川、塩釜村以南に在り。)
※ 野田の玉川、末の松山、沖の井、京島 - いずれも多賀城近辺の歌枕のようだ。「沖の井」は「沖の石」とも呼ばれている。ただ、「京島」とは不明。「浮島」の間違いか?

夕かけて、塩釜に至り、御社に詣ず。阿部の出雲守を訪ぶらいけるに、寿述べ物したりと言えば、山を下りて町家に宿りぬ。
※ 寿述べ物したり(ことのべものしたり)- 祝いの言葉を述べに出掛けた。

九月朔日(つきたち)、今朝も御社に参りて、藤塚ノ隠歌と云う人に会いて、時移るまで物語す。今日は風吹けば、船路悪(あ)しからんといへば、陸より松島指してく。山路十五里ばかり、景色無し。すべて仙台を離れてより、こなたにては、凡そ六町ばかりを一里として、こみちとぞ云うなる。小道にや、古道にや、とまれかくまれ、土人(トコロノヒト)の云うまゝに記しつ。
※ 藤塚ノ隠歌 - 不明なれども、藤塚氏は塩釜神社の神職の家系。
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