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道聴塗説 その一 5

(庭の斑入りのアオキ)

家を建てた時に植えたものが、目立たずに庭の隅で生きている。このブログにも、初登場では無かろうか。冬の陽に照らされて斑入りの葉が輝いている。

故郷の豊岡市(兵庫県北部)は大雪と報道されている。今日の夕方で、積雪が75センチと聞いた。昔はそれほど驚くような積雪ではないと思ってしまうが、自分が言う「昔(子供の頃)」は、すでに半世紀以上前のことである。

午後、「駿遠の考古学と歴史」講座に出席した。今日のテーマは今井伸郎、坂本龍馬を殺害したといわれる男である。龍馬殺害の京都見廻組の頃の話は論じず、戊辰戦争を五稜郭まで転戦し、戦後、牧之原に入植するまでの話であった。その数奇な運命は、いつかゆっくりとたどってみたい。

「駿遠‥‥」講座の前に、講師のS氏から、掛川のHさんから、お礼の電話があったと聞いた。Hさんの共著、「遠江三十三観音霊場巡りと奉額俳句・奉納連歌解読」という本を、「駿遠‥‥」講座で使っていただいたことのお礼だという。この水曜日、その時の「駿遠‥‥」講座の資料のコピーを、参考に差上げた時、講師の名前は教えたが、電話番号などは伝えなかった。おそらく金谷宿の事務局にでも聞いたのだろう。自分の著書が教材に使われたと聞くのは、おそらく嬉しいものであろう。

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「道聴塗説 その一」の解読を続ける。

さてこの報恩の念仏の遍数を定めず、窹寐相続するは、嫌ほど務めたりとも、功を募り、多念に誇る心なし。然るに念仏に頭数を取りて、一萬とも三萬とも定めは、念仏にこれほど務めたりと云う覚え有るべし。
※ 窹寐(ごび)- 目覚めていることと眠っていること。
※ 相続(そうぞく)- 次々に続くこと。
※ 頭数(あたまかず)- 人の数。人数。


その覚えあるは、念仏の功を積みたる多少に随いて、功の多きは、この功能にては如何(いか)でか、如来助け給わざらんやと思い、また功の少きは、懈怠の機を慚(は)じて、往生を危ぶみなどせんず。これ遍数の多少に付いて、或は貢高になり、或は怯弱になる故に、仏智の不思議に遠ざかるべし。
※ 懈怠(けだい)- 仏道修行に励まないこと。怠りなまけること。
※ 貢高(くこう)- おごりたかぶること。
※ 怯弱(きょうじゃく)- 臆病なこと。積極性のないこと。
※ 仏智(れい)- 完全円満な仏の智慧。


八助が忠節を務めて、忠節を知らざる如く、開山(親鸞)は仏恩報謝の称名と定めて、念仏の功に誇り、多念を募るを嫌い給う故に、遍数を定め給わず。ただ仏恩を深く思い、称名の功を積む覚えなり。自然に多念を相続する旨を勧化し給う。
※ 多念(たねん)- 数多く称名念仏すること。
※ 勧化(かんげ)- 仏の教えを説き、信心を勧めること。
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