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「壺石文」 中 36 (旧)九月十九日~

(散歩道のネムノキの花)

「壺石文 中」の解読を続ける。

十九日、朝こゝを罷り申して、小舟に乗りて、山鳥の渡しを渡る。今日は波風も立たず、海の面、鏡の如し。とみこうみ(左見右見)、漕ぎゆくに、いと/\景色よし。北の方、沖遥かに真帆あげて、寄り来る大船もあり。向いの磯伝いして、魚採る海士(の)小舟も見えて、面白き景色、絵に描き取らまほし。よう/\岸に近くなるに、舟端に臨みて見れば、底の岩が根にひま(隙)も無く、鮑(あわび)つけり。真砂も玉藻も鮮やかに見ゆ。
※ 真帆(まほ)- 順風を受けて十分に張った帆。

鹿子(かこ)の言いけらく、このわたりの、今日のごとには、良き事は年のうちに幾日(いくか)もあらじ。いと良き日なりけり。祝い事し給えと言うなるを、舟こぞりて空耳に聞き流して、答(いら)えもせず。果てぬれば、人々名残り惜しげに顧みしつゝ、岸に登りぬ。
※ 鹿子(かこ)- ここでは、水主(かこ)のこと。船を操る人。船頭。
※ 祝い事し給え - 船頭が天候に恵まれたことについて、暗に御祝儀を求めたのであろう。舟客は、聞こえないふりをして無視した。


茶店に立ち寄りて、珍(めずら)かなれば、ほやと云うもの乞い出でて、喰いつゝ茶飲む。土佐日記にほやのいずし(飯酢)と見えたれば、鮓(すし)ならんと思いしを、漬けたるにて、いと塩はやし。粟飯にて作りたる餅飯(もちい)の如く、黄にして柔らかなり。生けるは如何なるさまぞ。有りなば見せてよといへば、有らず、貝つものなりとぞ答(いら)う。
※ いずし(飯酢)- 魚とダイコン・ニンジンなどの野菜類を麴・飯とともに漬けた食品。
※ 塩はやし(しおはやし)- 塩がきつい。塩っ辛い。
※ 貝つもの(かいつもの)-(「つ」は、名詞、形容詞の語幹に付いて、所有・所属などの意を表す。)貝の仲間の物。


時移るまで、煙(けぶり)吹きつゝ眺め居て、飽く時なければ、また顧みしつゝ、手向け(峠)に登り、鳥居のもとの芝生に伏して、なお見やるも乗る
※ 乗る(のる)- 道に沿って行く。

夕つ方、小渕浦に着きて宿りぬ。あるじを兵蔵と云い、家刀自(いえとうじ)を松子と云い、娘を篠子と云いて、網引き、釣りする村君なりけり。こゝも世離れたる海づらにて、小家がちなれど、大船寄り来る湊なれば、人目も繁く見えて、寂しげにもあらず。
※ 網引き(あびき)- 網をひいて魚をとること。
※ 村君(むらぎみ)-(漁父、漁翁とも書く)漁民の長。


ここに宿り居て、あるじの乞うまゝに絵描きて与えければ、愛(め)でのゝしりて、秘め置きて、訪いくる人毎に取(と)う出て見すめり。ほとりの人々、屏風、襖など様のもの、よう/\に持て来てぞ乞うなる。こを描(か)い遊(すさ)びて、少しくしぬる時は、遠近(おちこち)の浦山に登り、磯伝いして見巡る。いと面白し。
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