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「壺石文」 中 23 (旧)八月廿七日~、廿九日

(庭のツツジ)

剪定時期が遅かったのか、花数が少ないのが少し残念である。

午後、「古文書に親しむ(経験者)」講座を開催。本日の課題は「下田原村清水御用留扣帳 2」の前回の続きと、「市野村出入り 1」に入る。「市野村出入り」は幕末に浜松の市野村で起きた民事・刑事にまたがった事件で、明治政府が扱ったしょっぱなの事件であった。人間関係がかなり複雑で、次回にはそれをきっちり整理して、臨まねばならないと思う。

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「壺石文 中」の解読を続ける。

廿七日、雨いみじう降る。伊勢子のもとに遣しける消息(手紙)

  昨日は珍らかにて、

     宮城野の 萩に混じれど むさし野の
          一本
(ひともと)(すすき) 色ぞ異なる

  飽かぬ御対面(たいめ)にこそ、宣(のたま)えりし、餌袋の反古一巻進らすになん。万ず
  は松島の帰さに。
※ 帰さ(かえさ)- 帰る時。帰る途中。

夕つ方、なお(雨)止み無きに、娘の琴弾きければ、

   雨そゝぎ 庭の松吹く 秋風に
        ゆの手綾なる 玉琴の声

※ ゆのて(弓手)- ゆんで。左手。
※ 玉琴(たまごと)- 玉で飾った琴。また、琴の美称。


歳徳神の神主、富倉ノ能登守が家に案内(あない)させて、行きて宿る。
※ 歳徳神(としとくじん)- 陰陽道で、その年の福徳をつかさどる神。この神のいる方を明きのかた、または恵方(えほう)といい、万事に吉とする。恵方神。歳神。正月様。

廿九日、しののめに起きて見るに、雲というもの、空に見えず。日出て後、こゝを立ちて、東の方に行けば、町家の果てに釈迦堂あり。桜木多かり。こゝより四、五町、畑中の道を東南と思しき方に行けば、宮城野と云う原あり。杉村(群)の中に細(さゝや)かなる祠(ほこら)立てり。如何なる神にか、御坐(おわ)すらん。
※ しののめ(東雲)- 闇から光へと移行する夜明け前に茜色にそまる空。
※ 宮城野(みやぎの)- 歌枕。古代、仙台地方、陸奥国分寺が所在した原野。


薄、菊、蓼などのみ多く生い繁りて、花盛りなるが、萩は見えず。あながちに尋ねてみれば、こゝかしこに、小(ち)さき木はあれど、花は一ひらもなし。
※ あながちに(強ちに)- ひたすらに。強引に。

   名のみ立つ 萩の錦を 宮城野の
        露吹く風に 袖濡らしけり
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