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イーハトーブの民俗学 - 島田図書館文学講座

(散歩道のハキダメギク)

このブログに今までに載せた最小の花である。直径5ミリほどではあるが、目を凝らして見れば、小さくても手を抜かないという花の意志を感じる。小さいなりに、好んで訪れる小さなお得意様の虫がいるのだろう。しかし「掃溜め菊」とは、何とも無残なネーミングではないか。

午後、島田図書館文学講座に出席した。講師は八木洋行氏、その講演は色々な場所で何度か聞いている。肩書に「環境民俗学研究家」とある。大学の先生というわけではなく、全く在野の人で、決して学問的な体系などはないけれども、その分、発想が自由で面白い。今日のテーマは「イーハトーブの民俗学」。取り上げた作品はいずれも宮沢賢治の童話、「風の又三郎」「セロ弾きのゴーシュ」「雪渡り」の三作品であった。

「風の又三郎」は、小さな分教場に9月1日に転校生がやってきて、2週間足らずの9月12日に去っていくまでの、短い期間の、分教場の子供たちと転校生の日々の物語である。象徴的なのは、やって来た9月1日は、昔から台風の当り日、二百十日である。(年によって1日ほどのずれはある。)稲がこの頃に花を咲かせ、稲は風媒によって受粉するから、適度の風は必要不可欠であるが、吹きすぎると受粉できなくて、収穫量に大きく影響する。9月の前半は、まさに稲穂にとって風が重要な役割を負っているのである。転校生はまさにその風のようにやってきて、風のように去って行った。最後に、その転校生を指して、独りの生徒が「あいつは風の又三郎だったな」という。

日本海沿岸と富山県から新潟・青森・岩手県では、風の又三郎・風の弥三郎と呼ぶ、風の神信仰がある。遠州では風の弥三郎婆と呼ばれている。ちなみに、風除けの槙の生垣に晩秋に赤く稔る実を「やぞうこぞう」と呼ぶが、これは弥三郎の小僧の意である。また、思うに、富山県七尾の風の盆は、稲の豊作を祈る風祭りと精霊を送る盆が重なった祭りと考えられる。

「セロ弾きのゴーシュ」は活動写真館でセロを弾くゴーシュの話である。下手で、音楽団の団長から練習するように言われ、ゴーシュは毎晩、水車小屋で練習する。すると、動物たちがやってきて聴いている。どうやらそのセロを聞くと、動物たちの病気が治ってしまうようだ。練習の成果があって、楽団の演奏は大成功に終わった。

この話、ゴーシュは、かつて東北で門付けをして歩いた瞽女(ごぜ)さんを示している。往時の瞽女の三味線は、人々を楽しませるだけでなく、牛馬の病を治し、蚕の病気も防いだという。そんな役割を持っていたため、村々で大切にされて目が不自由でも生活できた。ゴーシュが弾いた「印度の虎狩り」という曲、この虎は、垂乳根(たらちね)、つまり女性を示している。島田ゆかりの「虎御前」も「虎瞽女」なのだろう。

「雪渡り」は、冬が終りを告げて、堅雪、凍み雪になると、子供たちの行動範囲が広がり、「堅雪かんこ、凍み雪しんこ‥‥‥」と歌いながら雪の上を好きに歩き、動物たちとの交流が始まる。「堅雪かんこ、凍み雪しんこ」は似た童謡が弘前や雫石などに残っている。

民俗学者たちの出身をみると、雪のめったに降らない地域の人がほとんどである。だから雪国の人たちの生活感覚をよく理解していないことに気付く。たとえば、雪の中から家へ入って来た人に、まず必要なのは、タオルではなくて、座敷箒で、服や頭に着いた雪を払い落すことから始まる。雪国育ちの自分にはよく理解できるが、たぶん静岡の人は理解できないことかもしれない。

最後に「銀河鉄道の夜」について、お盆が終って、精霊(しょうろう)舟を北上川に流す場面に何度か立ち会ったが、夜、北上川の先に、ちょうど天の川があって、北上川が天の川に繋がって、精霊舟はそのまま天の川へ上って行くかのように見えた。宮沢賢治もその景色を見て、「銀河鉄道の夜」を書いたに違いないと思った。

今日の話には目から鱗的な話が多く、面白いと思うとともに、今一度、宮沢賢治の童話を読み直してみようと思った。
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