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「富士日記」 36 (旧)八月五日、六日

(散歩道のクズの花)

名前はクズだけれども、かつては根からはクズ粉が取れ、蔓から採れる繊維は、葛布の材料となるなど、大変役に立つ植物であった。江戸時代には、商人が買いに入って、掛川の山間では、クズの採集で、農業をおろそかにしてはならないというお触れが何度も出ている。

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「富士日記」の解読を続ける。

五日、昨夜(よべ)より雨降りて、今朝もなお、曇れりければ、主強いて留むれど、然のみはとて、午の刻(とき)過る比(ころ)、ここを出て、帰る道中にて、降り出したれば、昨日も立ち寄りし、敲氷許(がり)行きて、暫し語らいて、蓑笠など借りて、好道の後(しり)につきて行くに、例の畦道なれば、能うせずば、滑りぬべきを、辛うじて日暮るゝ頃、式穀の家に、久しうて帰りたれば、我が家の心地せられて、落ち入るも、打ち付けなる心なりけり。
※ 然のみ(さのみ)- それほど。さほど。
※ 能うせずは(ようせずは)- 悪くすると。もしかすると。
※ 落ち入る(おちいる)- 落ち込む。はまり込む。
※ 打ち付けなる(うちつけなる)- 軽率な。無分別な。


六日、七日、八日は、好道も夜、昼来て、古今集を質(ただ)し、或は、源氏物語を講じつゝ、果てしなきに、故里覚束なく覚ゆれば、強いて暇乞いて出立つに、笛吹川留(とま)りたらむも計り難しとて、例の二人送りす。
※ 故里(ふるさと)- 自宅。
※ 覚束なし(おぼつかなし)- 気がかりだ。


さて川田まで行きて聞くに、果たして、昨日、一昨日の雨に水勝りて、今朝より舟も通わずと言えば、幸いこの所に式穀の親族(しぞく)の侍れば、そこに宿りて、水の落ちんを待ち給えと言えば、術(すべ)なくて行くに、いと大なる家にて、故郷にて相知れりける、高愛山と言う人も、去年よりここに有りとて、出迎えて、様々にもてなしたり。

家主(いえあるじ)は、この頃、上野国に、湯浴みに罷れりとて、弟何某(なにがし)とかや出て、とばかりあるうち、かの敲氷、薬師(くすし)玄溟など来集いて、川水の勝れるは、我どちの幸いなり。ここに四、五日も留まり給え。珍かなる御物語りをも承り侍らんとて、もてなせるさま、思いも掛けぬ事なり。
※ とばかり - ちょっとの間。しばらくの間。
※ 我どち(われどち)- 自分たちどうし。仲間どうし。


主方より料紙もて出て、例の歌書けと言えるに、庭には水を堰入れ、岩の佇(たたず)まいなど、おかしき家居なれは、取りあえず、
※ 料紙(りょうし)- 物を書くのに用いる紙。用紙。

   千世かけて 住むべき宿と 知られけり
        庭の池水 岸の松枝
(まつがえ)
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