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道聴塗説 その五 1

(散歩道のヒマラヤユキノシタ)

午後、金谷宿大学の28年度の閉講式と29年度の開講式が夢づくり会館であった。式の直前まで、理事の役割で、駐車場の整理をしていたので、直前にホールに入った。教授席は最前列の2列がそうであった。空席を見付けて着くと、事務方の女性が理事は演壇に上がるようにと言いに来たので、回り込んで脇から入り、演壇上の席に着いた。偉い人の挨拶の後、理事が紹介されて、立ってお辞儀をした。色々あって、もう一年理事をやることになった。語学・教養学部では、70歳でも若手の教授のようで、仕方がなくと理事を受けていた。

開講式のあと、展示の後片付けをした。大人数ですったもんだあって、色々もめることもあったが、随分早く終えることが出来た。講座からは3人片付けに出てくれた。

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今日より「道聴塗説 その五」の解読を始める。

その五
一 問う。上件の如く、口伝鈔の意は、初心の行者に示し給うならば、かの鈔には本意、凡夫の御誓いなれば、悪人を正機と判じ給う。鈔に曰く、「縦令未来の生処を弥陀の報土と思い定め、共に浄土の再会を疑いなしと期すとも、遅れ先立つ一旦の、悲しみ惑える凡夫として、何ぞこれ無からん。」云々。
※ 口伝鈔(くでんしょう)- 浄土真宗本願寺第三代覚如の著作。覚如が、親鸞の孫にあたる如信より、口授された教義を記した。
※ 一旦(いったん)- ひとたび。 一度。


これを思わずんば、凡衆のに非ざるべし。けなりげならんこそ、誤って自力聖道の機たるか。今の浄土、他力の機に非ざるがとも、疑うべけれ。愚かに拙(せつ)げにして、歎き悲しまん事、他力往生の機に相応たるべしなど仰せられて、誠に
他力の深趣とするに似たり。何ぞ初心の機とは申すぞ。
※ 摂(せつ)- いろいろ合わせ取り入れること。取り込むこと。
※ けなりげ - 態度がしっかりしているさま。頼もしいさま。
※ 深趣(しんしゅ)- 物事のふかい意味あい。


答う。本願の機を、ただ悪人と判ずる事は、諸経論等に多く、悪人を非機、傍機などする事ゆえに、如来の大悲弘願は諸経の傍機を正機とし給う旨を示して、他力真宗の深趣を明す。
※ 弘願(ぐがん)- 広く人々を救 おうとする願のこと。
※ 傍機(ぼうき)-「機」とは対象の意味で、正機は真ん中の対象であり、傍機は中心を外れた対象。他力の仏道においては、悪人こそが正機であり、善人は傍機であるとする。
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