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「壺石文」 上 17 (旧)七月朔日(続き)

(頂いたタラの木の苗)

夕方、「古文書を楽しむ(経験者)」の受講者のNさんが見えられて、事務所から出てきたが、もう使わないのでと、B4の用紙を頂いた。多分、一箱2500枚入りである。けっこうB4の用紙は使うけれども、2、3年分くらいありそうだ。そして、合わせて、タラの木の苗を一鉢頂いた。歴史講座で先日頂いたタラの芽のお礼を言ったら、たくさん増えているので、苗にして、一本頂けるという話であった。それを持参されたのである。さあ、畑のどこへ植えようか。考え中‥‥

そのあと、会社のS氏が見えた。頼み事をしたあと、会社のことなど、色々立ち話をした。会社を終えて、時間が出来たら、是非古文書講座へ入らないかと誘う。江戸時代は捨てたもんじゃないという話をしたけれども、興味を持ってくれただろうか。

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「壺石文 上」の解読を続ける。

小笹にて、
※ 小笹(こざさ)- 小篠の宿。大峰山奥駆道の宿の一つ。

   一枝も 徒(あだ)にやは見む 色深く
        染むる小笹
(おざさ)の 露のもみぢ葉

弥山にて、
※ 弥山(みせん)- 大峰山奥駆道の山の一つ。標高1895メートル。

   雲霧も かゝる御山の 峰幾重
        厭わで過ぎる 法の諸人
(もろびと)

いと尊く、目出たき、御本調べにこそ。

前の白川の少将源の定信卿の御手づから、書かせ給えりける「齢霞園」という文字を、阿武隈川の埋れ木の根のされたるに木の道の内匠(たくみ)の麗(うるわ)しう、据えたりけるを、高殿の中の隔ての長押(なげし)に掛けたりけり。これが詞(ことば)を書いて給いてよと、あるじの大徳(おおとこ)の乞へりければ、
※ 源の定信卿 - 松平定信。江戸時代中期の大名、老中。陸奥白河藩第3代 藩主。第8代将軍、徳川吉宗の孫。
※ 手づから(てづから)- 自分の手で。
※ されたる(戯れたる) -(「ざれたる」とも)風情(ふぜい)がある。しゃれている。
※ 大徳(おおとこ)-(一般に)僧。


  仙液を飲み、霞英を食らいて、齢(よわい)を延ぶというは、
  山人の手だてとこそ聞きしが、この齢霞園(れいかえん)というも、
  あるじの優婆塞修法(ずほう)の晦(つごもり)
  春の花の朝(あした)には、霞わたれるおちこちの野山を見放(みさ)け、
  秋の紅葉の夕べには、月に妻問う高岡山の鹿の音を聞き、
  外面(そとも)に響く阿武隈河の川音に心を澄まし、
  命を(のば)てんとの住処(すみか)なめりかし。
※ 仙液(せんえき)- 美酒。
※ 霞英(かえい)- 紅花。
※ おちこち(遠近)- 遠い所と近い所。あちらこちら。
※ 見放く(みさく)- 遠くを望み見る。
※ 延う(のばう)- 延ばす。延長する。


   高殿は 憂き世をよそに すずかけ
        衣の袖の うらやすげなる

※ すずかけ(鈴懸)-(篠懸、篠掛とも書く)山伏の着る衣の上衣。
※ うらやす(心安)- 心の安らかなさま。
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