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「壺石文」 中 26 (旧)九月朔日(つづき)、二日

(散歩道のユリの花)

長く雨を見ないが、不思議と大代川にはまだ水が流れていた。瀬切れにはなっていない。明日、朝よりまとまった雨があるとニュースが伝えていた。ムサシの散歩で、出合う人、出合う人に、雨が降らないことが会話の枕のようになっていたが、それも明日で終ることになるだろう。

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「壺石文 中」の解読を続ける。

松島に至りて、瑞岩寺の門前なりける町家、あつた(熱田)の某と云う家に宿りて、家に宿りて、高殿に登りて見るに、渚近く萱ヶ軒端連なり立ちて、見渡し、景色あり。
※ 瑞岩寺(ずいがんじ)- 瑞巌寺。宮城県宮城郡松島町の日本三景・松島にある臨済宗妙心寺派 の寺院。
※ 熱田屋(あつたや)- 菅雄さんは気付いていないが、熱田屋には100年余り前に芭蕉も宿っている。なお、熱田屋は1860年に廃業した。


五大堂と云うは東の海づらに差し出でたる先に継ぎて、些(いささ)か離れたる小島のうちに立てり。(聞老志に云う、五大堂は大同二年、坂ノ上の田村麿造営の五大尊を置く、云々)

行きてみるに格子橋二つ渡る。遠鏡(望遠鏡)と云うものかけて見する人あり。寄りて見るに、遠近(おちこち)の島々の佇まい、漕ぎ帰る舟どものさまなど、
露わに見えて面白し。よう/\暗ろうなりぬれば、宿りに帰りて物など食いて、高殿に登りて臥していて、煙(けぶり)吹きつゝ眺めやる。
※ 格子橋(こうしばし)- 橋げたが格子になっていて、隙間から海が見える。すかし橋。足元を見て気を引き締めるために造られたと云う。

二日、暁に起きて見渡すに、細波(さざなみ)に寄り来る心地してをかし。よう/\明け行くに、色々の水鳥ども、つばさ(翼)を並べ、鳴きかわして、遠近(おちこち)に飛び交うなど、言えば更なるあけぼのなりけり。
※ 砌(みぎり)- みずぎわ。
※ 言えば更なる(いえばさらなる)- わざわざ新たに言う必要もないほど。


日出でて後、富山の観音に詣ず。十二里ばかり東の方に行く心地す。高き山寺にて、南面の庭より見探(さぐ)る景色こよなし。(聞老志に云う、富山は小泉村に在り。寺号大仰寺有り。)松島、塩釜の浦々、島々、目の下に見えて面白し。いみじき絵師の、こゝかしこに写し取り多るも、筆の力は中々なりけり。唐歌もやまと歌の葉も搔い撫での口つきにては飽かず。口惜しからまし。
※ 富山の観音(とみやまのかんのん)- 石巻市の牧山観音・涌谷町の箟岳観音とともに、奥州三観音と呼ばれる。
※ こよなし - この上ない。
※ いみじき - 並々でない。
※ 搔い撫で(かいなで)- ありきたりのもの。とおり一遍なこと。
※ 飽かず(あかず)- 満ち足りない。不満足だ。もの足りない。


読書:「朱色の研究」有栖川有栖 著
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