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「富士日記」 10 (旧)七月廿一日

(頂いた食用のホウズキ)

昨夜、頂いて来た食用のホウズキである。皮を取って、中の丸い部分をいただく。初めて口にしたが、甘いような、少し酸味があるような不思議な味であった。牧之原のどこかで栽培していると、放映していたのを思い出した。

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「富士日記」の解読を続ける。

廿一日、朝とく起きて、まず仰ぎ見れば、

   (こと)山に 知らぬ朝日を 雲居にて
        一人待ち取る 富士の高嶺か


今日、明日は、諏訪の社の祭りとて、暮れ方より、家毎の前に、焚き木、一抱えにも余
るばかりの囲みにて、高さは弐間壱尺と云うが、古しえよりの定めと云えれど、中には五、六間ばかりにて、馬に負(おう)するに、凡そ十駄ばかりなりと云う、続松(ついまつ)を、立て並べたり。町の長さ十三町ばかりなるに、残れる者、忌ある家のみなれば、大方、百(もゝ)の数、八(やつ)にも及ぶべきか。
※ 続松(ついまつ)- 松明(たいまつ)。
(原注 倭名鈔に云う、松明、今按ずるに、松明は今の続松か。)


日の暮るゝを待ちて、一時に点し付けたるさま、秋の夜の闇もあやなく見えたり。されど如何に風の激しき折りも、昔より、今宵の火の過(あやま)ちは、さらに無しとぞ。いとも畏(かしこ)き神の御威稜(いづ)は、末の世とも思いなされぬ事(わざ)なりけり。
※ あやなし(文無し)- むだである。かいがない。無意味だ。
(原注 古今 春の夜の やみはあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やはかくるゝ)
※ 威稜(いづ)- 天子の威光。


今宵、諏訪の社、浅間の社に詣づ。名立たる大鳥井は、真に名に違(たが)わざりけり。そも/\この御社は、延暦七年(788)に、甲斐守紀豊庭朝臣の、宮造りしなえりとぞ。祭れる神、富士浅間は、木ノ花開耶姫ノ命(このはなさくやひめのみこと)藤武神。諏訪の方は、建御名方ノ命(たけみなかたのみこと)建岡神、と斎(いわ)えりと、里人の詳しく言えり。
(原注 木花開耶姫命、大山津見神の女(むすめ))
(原注 三代実録、光孝天皇、仁和元年閏三月廿七日、甲斐国正六位下藤武神に授く。建岡神並び従五位下。)


鳥井の高さ、すべて六丈二尺、額は「三國第一山」とありて、縦一丈二尺、横九尺、筆は、二品良恕(りょうじょ)法親王、後ろの二社は、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、大山祇命(おおやまつみのみこと)を斎(いわ)い祭れるよし。
※ 二品(にほん)- 官位の二位の異称。
(原注 曼珠院良恕親王、正親町院第四皇子)


国仲知る辺(知り合い)して、宿りに帰る道、諏訪の社の外つ宮の神主、佐藤上総が家に行く。この上総は、去年故郷にて逢いし人なれば、大御酒など下ろして、いささか持て成すさまなれど、今宵の中に奉れる神籬(ひもろぎ)、七十五度にて、その品も七十五種ありとて、いといみじき気色なれば、とく帰りぬ。
※ 大御酒(おおみき)- 神や天皇などに奉る酒。
※ 神籬(ひもろぎ)- 神事で、神霊を招き降ろすために、清浄な場所に榊 (さかき) などの常緑樹を立て、周りを囲って神座としたもの。
※ 気色(けしき)- それとなく示される内意。意向。


読書:「出来心 ご隠居さん4」野口卓 著
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