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「富士日記」 5 (旧)七月十九日(つづき)

(散歩道のミヤマアカネ)

土手で見かけたミヤマアカネ。身体が赤くなるのは、まだこれからである。

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「富士日記」の解読を続ける。

すべてここより末は、目の限り山続きたれば、如何にぞ、主、鹿の音などは、と聞くに、鹿は更なり。この二、三日、遠方(おちかた)、かれ見給え。あの谷は家一つ侍るが、日も暮れぬに、犬の出て、機織り居たる女に、跳び掛りて、喰い付き侍るを、そが男、近き山に山畑作り居たるが、家に犬の入りたるを疾く見つけて、馳せ帰り、鍬もてかなぐり殺し侍りつ。
※ 更なり(さらなり)- 言うまでもない。もちろんだ。
※ かなぐり - 荒々しく払いのける。


大方、犬に食われし人の、助かる事は侍らぬを、ウニコルとやらん、いと尊き薬を、人の与えつるげにや、死ぬべくも侍らずと語るに、その犬は病いつきたるにやと問えば、然(しか)、狼の病いつきたるに侍り。さらぬは、常に軒のわたりに、這い廻(めぐ)らい侍れど、人をば甚(いた)く恐れ侍る、など語るさま、事も無げなり。
※ ウニコル - ユニコーン。哺乳類、イッカク(一角)のこと。また、その牙から作った解毒剤をも指す。
(原注 羅甸(ラテン)の語に、胡泥可児奴(ウーニコルニス)と云うも、一角ということにて、古来獣角なりと言いしに、近頃西洋の人、クルラントの地を開きてより、魚牙なることを知れりとぞ。)
※ さらぬは - そうでなければ。


かの在五中将の物語に、「それを斯く鬼とは」と侍るには、こと違(たが)いて、さも恐ろしきものに、世の人の言い思えるものを、仮初めに、斯く犬としも言うものか。
※ 在五中将の物語 -「在五中将」は在原業平の通称。よって、その物語とは「伊勢物語」。

喰われしも殺せしも、返す/\゛恐(かしこ)き事(わざ)なるを、さりげもなくて、かかる山中に世を尽くすらむことよと、思い続けて、下り指すにも、なお水を飲み掬(むす)びて、吉野というに至る。名は(むつ)ましきものから、花の春、ゆかしげもなし。
※ 世を尽くす(よをつくす)- 一生を終える。
※ 睦まし(むつまし)- 慕わしい。なつかしい。


来し方、行く先、山々立ち連なり、大なる谷川を、或は右、或は左に見つゝ、(さが)き岩根分けつゝ、関野、上野原など云えるわたりに行けば、よう/\道もなだらかなり。
※ 険し(さがし)-(山などが)険しい。

   雲かかる 高嶺と見しも 何時しかと
        後になしつゝ 分くる山々


読書:「真夏の雷管」佐々木譲 著
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