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「家忠日記 六」を読む 22

(散歩道のカンナの花)

東日本はゲリラ豪雨で、あちこちで突然の豪雨にみまわれている。当地でも、お昼頃、急に雲行きが怪しくなって、遠雷が鳴り、一雨来るかと思わせた。午前中は暑くて早々にエアコンのお世話になっていたが、急に涼しい風が吹いて、エアコンが不要になった。雨が降れば更に涼しくなると期待したが、雨が降るところまでは行かなかった。恐らく川根の方は大雨だったに違いない。

当地は南アルプスの山並みが途切れて、大井川が平野に出る、その出口に扇状地的に広がる土地柄で、山地で発生した雷雲はここまで下りて来る間に消えてしまうようで、期待が裏切られることが多い。しかし、涼しい風は天候が回復した夕方まで残り、午前中と打って変わって凌ぎやすくなった。

「家忠日記 六」の解読を続ける。

 天正十九年(1591)卯七月
六日 己巳 夜に掛り夕立。
七日 庚午 知行方見に越し候。晩に雨降り。中根新八より蛤(はまぐり)越され候。
八日 辛未 雨降り。関東、中間一人、成敗候。
九日 壬申 
十日 癸酉 晩、夕立。

十一日甲戌 松平越中同心、市にて火うち候て、人‥‥き候。
      朝、雨降り。夜、夕立ち。本田豊後守より瓜来り候。
十二日乙亥 知行割り候。御福松様衆、ふる舞い候。
      夜へ入り夕立ち。十三郎、陣、暇(いとま)乞いに越し候。
十三日丙子 知行分け候。
十四日丁丑 恕総に施餓鬼にて参り候。
十五日戊寅 施餓鬼候。

十六日己卯 歌。
      おしてるや 難波入江に 船泊めて
        つげ野の鹿の 声を聞くかな
      おのが身に 霜置く菅や 耳去らん
        心細げに 鹿の鳴くかな

※ おしてる - 「難波」にかかる枕詞。
十七日庚辰 
十八日辛巳 
十九日壬午 雨降り。奥州表へ、家康様御馬、今日岩付まで出で候て、
      人を遣し候。
廿日 癸未 この方、御福松様衆出陣候。同留守居衆、ふる舞い候。

※ この出陣は、大規模な奥州での一揆の仕置きの最後として、九戸政実の乱の鎮圧を目指したものであった。九戸政実の乱は、天正19年、南部氏一族の有力者である九戸政実が、南部家当主の南部信直および奥州仕置を行う豊臣政権に対して起こした反乱である。この乱は秀吉の天下統一に反旗を翻した最後の叛乱であった。

廿一日甲申 雨降り。村立ち
※ 村立ち(むらだち)- 夕立のこと。群がる木立を騒がして降る驟雨。
廿二日乙酉 
廿三日丙戌 村立ち。
廿四日丁亥 雨降り。
廿五日戊子 雨降り。

廿六日己丑 
廿七日庚寅 龍圓寺、清善寺、深谷の善久坊ふる舞い候。
廿八日辛卯 夕食、小笠原三郎左衛門所へ越し候。雨降り。
廿九日壬辰 雨降り。
晦日 癸巳 雨降り。江戸御福松様、御留守居衆へ音信候。
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