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安鶴在世記(1) 序、狐の証文の事(一)

(「安鶴在世記」の表紙)

次に解読するのは、何にしようか。考えた末に、文久二年(1862)発刊の「安鶴在世記」という本に決めた。駿府を舞台にした本で、そんな本があるということは聞いていた。読み始めてみると、それほど長いものではなく、しっかり刻まれた版で大変読みやすい。「富士の人穴物語」で解読に苦労した後なので、こういう本も悪くない。

それでは早速解読を始めよう。

安鶴在世記 序
栄寿軒安鶴主(ぬし)は、若きときより種々の技(わざ)に心を尽くし、世にあらゆる細工ものなど、学ばずして心のまゝに造りなし、ある時には、八人芸、昔噺し、手品、軽業、力持ち、角力、行司などまで、草々の技をなし、諸人たちの耳目を喜ばしめ、または、風流の友が歳(才)に交わり、彫物、印刻、画なども能くし、自ずから遠州国々までも名の響くこと、名にしおう鶴の声と等しく聞こゆめり。
※ 八人芸 - 寄席演芸の一。足でささらを摺り、片手で太鼓をたたき、同時に横笛を吹くなど一人で八つの楽器を操ったり、八人の声色を出したりする芸。

こたび(此度)在世記と云える文を書かれしは空言(そらごと)を言わず、正言(まさごと)をのみ選(え)りいたし、先ず初篇とし、世の人のよく知るところを綴りしものなり。いささかその万(よろず)の由を、文久二戌年十月、記す。
                翠屋閑人誌す
                 小原竹堂書

安鶴在世記 初篇
        駿府  栄寿軒安鶴著

  ○ 狐の証文の事
我れ元来左官渡世なりしが゛、天保年中、この頃専ら八人芸世に行われしゆえ、我も深くこれを学び、ある時、江戸より錺屋職人政蔵と申す者、駿府鍛冶町錺屋方に罷り居り、その人、昔噺しをよくして、所々へ招かれなどいたし居りしが、不思議なる縁にて、その年の秋、宮ヶ崎町あさりや萬兵衛方の聟となりしゆえ、その家内とも入魂にいたし、朝夕遊びにまいりしが、
※ 入魂(じっこん)- 親しく交際していること。懇意。昵懇。

この頃、呉服町四丁目唐木屋は、我が出入場所なれば、土蔵の普請につき、札の辻扇屋油店の土蔵と、四五尺のひやわいにて仕事いたし、その狭き所に、古き家(屋)根板積み重ね有りしが、その間より何やらん、怪しきもの飛び出でしかば、我れ持ちたるこて板にて、力に任せ打ち付けければ、いづこともなく逃げ失せけり。
※ ひやわい(庇あわい)- くっついている家と家との間のせまい通路。
※ こて板(鏝板)- 左官が壁などを塗る時,壁土・漆喰などを盛って手に持つ板。
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