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年の初めに、昨年を総括

(今夜は芋汁、若い男衆三人で摺鉢と格闘)

元旦だけれども、喪中とあって、静かなものであった。夜には再び娘の二タ家族が集り、今夜は芋汁となった。その後、孫たちが大騒動で風呂に入ってようやく寝た。

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昨年、平成23卯年は、東日本大震災に始まって、大震災に暮れた。直接被害に遭いながら冷静に振る舞った被災者たち、献身的に職務を執行する自衛隊・警察・消防、あわてふためいて醜態をさらした政治家たち、日本各地から駆けつけたボランティア、人間の様々な模様を見せられた。世界の国々の本性、国民たちの本音が見えた年でもあった。

日本が大きく傷ついているときに、円高は極限まで達した。グローバル化の先鋒の国々が、グローバル化ゆえに負の連鎖を起して力を失っていった。グローバル化が責任所在のグローバル化でもあったことに気付かされた。グローバル化によって、日本的経営の強いところ、良いところが多く失われた。しかしまだまだ多くの秀でた部分が残っている。それらをもう一度結集して、日本が独自に生きる道を見出して行かねばならない。そのためには強い政治が必要不可欠であると思うのだが。

個人的には、義父が97歳でなくなった。天寿を全うしての大往生だったと思う。山登りの楽しみは義父から教わった。最晩年、認知が時々とぶ中で、先生と呼ばれるとはっきりした。死ぬまで教師だったのだと思う。

人生の3分の2の間、お世話になって、家族5人無事に暮らさせてもらった会社と、最後に繋がっていた糸がすっかり切れた。心残りな気持と、潮時だったとの気持が半ばする中で、10月末の別れとなった。まだたった2ヶ月しか経っていないのに、もうずいぶん昔のことのように思える。毎日が日曜日になって、時間がゆっくり経つように感じられる。勤めていると人の意思で左右されるためだろうか、一週間が瞬く間に過ぎた。

長年、ノータッチでいた町内会や近所とのお付き合いに、春から班長になって、出来るだけ励むようにしてきた。班長もあと3ヶ月を残すだけであるが、町内会やご近所との付き合いも、気骨の折れることである。

昨年は一年間に216冊の本を図書館から借りて読んだ。内容は誇れるものでもないが、人生最多の冊数である。昭和39年から記録を取っている中で、200冊を越えたのは平成16年の201冊の1回だけであった。半年で100冊を越えたとき、200冊を目標にした。これも平成23年という年を後で振り返るときにエポックとなるだろう。

ブログもいよいよ目標にしてきた7年目に突入である。
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