木のつぶやき

主に手話やろう重複の仲間たちのこと、それと新聞記事や本から感じたことを書き込んでいきます。皆様よろしくお願いします。

3.3声明

2007年09月03日 22時56分17秒 | sign language
地元の手話通訳者養成講座の宿題に「3.3声明についてまとめよ」というのが出た。
声明の出された昭和41年3月3日という時代のろうあ者のおかれた状況などについての知識がないと、なかなか難しい。
私も「声明」自体の存在は知っていたし、「授業拒否-3.3声明に関する資料集」という1996年に復刻された冊子も持ってはいた。
が、西田さんの著書を読み、改めて「声明」を読み直してみて、やっと少し理解できるようになったかなという感じだ。
以下に改めて「3.3声明」を掲載する。

3.3声明

「ろう教育の民主化をすすめるために-「ろうあ者の差別を中心として-」

              社団法人 京都府ろうあ協会
              京都府立ろう学校同窓会

 昭和40年11月18日京都府立ろう学校高等部の生徒全員は学校行事として予定されていた船岡山写生会をボイコットして学校に集まり、その立場を明らかにするビラを全校に配布、生徒集会を開くという事件をおこした。われわれは、この事態を重視し、学校側及び生徒代表者の説明を求め、次の様な事実をつきとめた。

1.どうしてこういう事件がおこったか

(1)第1学期末に学校プールの清掃問題で、教師と生徒に対立が生じた。理由は、教師間の連絡不充分及び指導性、計画性の欠如による事故が、生徒の非常識、無理解という点にすりかえられ、生徒が教師によって一方的に非難されたことによる。

(2)その結果、高等部生徒会と教師の話し合いがもたれ、生徒の懸命の抗弁にもかかわらず、教師側は、これは単なる誤解であり、生徒の無理解であるとの見解をゆずらなかった。しかし、生徒のもっていたいろいろの問題については、更に第2学期に話し合いを開いて、問題を討議すると同時に、おたがいの理解を深め合おうという確約が出された。

(3)生徒は前記の確約の線に沿って教師に対し、9月上旬、9月の下旬および10月に3度にわたって、話し合いを申し入れたが、いずれも理由の説明もないままに、そのまま延引され、結局握りつぶされた形になった。

(4)これらの事態に対する生徒の個々の抗議に、教師は「ろうあ者は常識がない。」「生徒は民主主義を、はきちがえている。」という差別的言動でしか報いることを知らなかった。

(5)たまりかねた生徒会は、高等部生徒全員の一致をもって、先に確約した教師と生徒の話し合いの実行を要求し、生徒指導部や高等部主事の責任を追及する文書をつきつけたため、11月16日にやっと生徒指導部と生徒の話し合いが、開かれることになったが、その当日に教師側の担当者の一人は用事があるからと帰ってしまって、残った教師では、とうてい生徒を納得させることが出来なかった。

(6)事件前日には、ついに某教師がこうした事態に対する抗議の生徒集会の場で生徒会長に対しバカヤロウとどなった。

(7)以上の教師の度重なる不誠意と無責任による事態の紛糾にもかかわらずプールの清掃問題の直接の責任者でもある高等部主事は様々の口実と弁解をもって責任を他に転嫁し、事態の混乱に一層の拍車をかけた。

(8)この様にして、生徒の切実な要求を無残に踏みにじって来た教師に対し生徒の怒りの頂点をしめしたのが、今度の写生会ボイコットなのである。

2.われわれろうあ者の抗議・「これは差別である」

 この事件を、われわれはろうあ者に対する差別ととらえ、ろう学校当局に抗議、事実の究明に乗り出す一方で、京都府教育委員会に事情を訴え、府教委の責任に於て、ろう学校に対する指導の強化を要請、全組織を挙げてこの問題に取り組みを開始した。当初学校当局はわれわれの度重なる抗議にもかかわらず、言を左右にして、事実を明らかにせず、単なる教育上に於ける手落ちや行きちがいに帰して責任を取ることを拒否して来たが、われわれろうあ者の一致した断乎たる追求と、次々と明らかにされて来た客観的な事実の前に、われわれの抗議の正当さを認めざるを得なかった。この事情を最近開かれた高等部職員会に於ける結論は次のようにのべている。

「人間には、潜在的差別観があるものであるから、先生方が意識的に差別をしようとする気持ちはなかったと思うが、その言動の中で生徒達が肌で差別と感じ取ったとすれば、潜在的差別観から来る差別と受けとられたことは率直にこれを認めよう。」

 この高等部職員会による結論は、甚だあいまいであり、その言葉にもかかわらず率直でない。ともあれ、われわれはこの事件を契機として、ろう教育ひいてはろうあ者の地位の一層の向上を目指すべく、差別問題合同研究会の発足に学校当局と合意に達した。これは、失われた人間としての権利の回復を主張して、団結した全京都のろうあ者のかちとった最初の輝かしい成果である。

3.われわれは何故これをろうあ者に対する差別ととらえたか

(1)プールの清掃問題は事態の進展にともなって教師側に手落ちのあった事が、客観的に明らかにされた。これが何故生徒に責任を転嫁するような事態にいたったのか。

(2)生徒の4ヶ月3回にわたる教師との話し合いの申し入れが当初の確約にもかかわらず、何故4ヶ月間放置されて来たのか。

(3)生徒のたまりかねた抗議の声がどうして「ろうあ者は非常識だ」「生徒は民主主義をはきちがえている」という反応しかよばなかったのか。

(4)生徒の写生会のボイコットに際し、学校当局はどうして生徒の切なる抗議の声を取り上げず教師の一方的な説明をうのみにして生徒の非難に終始したのか。

(5)教育委員会は学校行事のボイコットという重大なる事態に際し、われわれの乗り出すまで、何故何等の措置も講じなかったのか。

 ここには「いろいろの事情があった」「誤解があった」という弁解では説明できない要素がある。このことは、ろうあ者に対する軽視、ろうあ者に対する許し難い人権の無視という観点にたったとき始めて納得のいく説明が出来る。われわれはこのことを正にわれわれろうあ者に対する差別であると訴える。

4.差別について、それをどのようにとらえるか

 差別といえばすぐ部落差別、同和問題を思いうかべるが、差別は、部落にだけあるとは限らない。われわれの身のまわり、いたるところにさまざまの形で存在する。尊重されるべき人権が尊重されないこと、それが差別である。
 差別の一つの特色は、社会的に弱い立場にあるものに集中される。したがって実際に差別があったとしてもそれがただちに差別の具体的な形として取り上げられる場合はすくない。何故なら差別されたものが強く意識しても差別したものは、無意識もしくは、ほんの軽い気持ちといった程度にしか認識がないのが普通である。
 したがって抗議の声をあげるのは被害者すなわち差別された者に限られているといってよい。しかし、ここに差別された者が社会的に弱い立場にあるという前提があり、このことが抗議の声をあげること、またそれが人権の無視の重大な事例として社会的に取り上げられることを非常に困難にしている。
 イソップ物語にこの様な話がある。「池にカエルが遊んでいた。子供が通りかかってカエルがとびあがるのを面白がって石を投げる。カエルがやってくる。子供さん、石を投げるのはやめて下さい。あなたにとっては遊びでしょうが私達にとっては生死の問題です。どうかやめてください。」
 子供が石を投げるのをやめ、カエルが平和に暮らせる様になるために、次のことが必要である。
 まず、カエルが堂々と子供の前にやってきて自分の生死の問題について抗議すること。ついで、子供がカエルの抗議によって自分の行為の意味するところのものを知ることである。もし子供にカエルの生命に対する温い気持ちがあれば、子供は石投げをやめ、カエルは元の平和な生活にかえることが出来る。
 したがってわれわれは抗議の声をあげ、ここにろうあ者の人権が無視されている数々の事例を取り上げて訴えているのである。
 人間がカエル権をおかしても、それは社会的に問題にはなり得ない。しかし人間が人間の権利をおかした場合それは社会的に大問題である。
 しかし身体障害者に対する差別には「能力が欠けている」「きこえない」「見えない」ということがついてまわるためにたとえその人格が尊重されなかったとしてもはっきり社会的差別として取り上げにくい。
 同時にこのことは、われわれろうあ者を含めた全身体障害者の人権が十分尊重されているか、差別されていないかという事に社会的な関心が払われていないことを物語るものであり、このこと自体が差別なのである。
 京都のろう学校で高等部生徒によって写生会のボイコットが行なわれ、今、ここにわれわれの抗議にまで発展して来た。われわれは差別問題を個々の教師の非行の問題としてとらえず、まったく社会的な問題としてとらえられて来た。又とらえようと努めて来た。これは差別の正しい取り上げ方であると考える。けれども具体的な差別の事例があったとしても、それがこの様な形に発展するとは限らない。
 昨年10月東京でろうあ者2人が手まねで話しているのを、人にからかわれ、それがもとでけんかとなって、相手を死なせてしまった事件がおこり今裁判中である。ここにはっきり差別の事例がある。しかしそれは殺人という痛ましい悲劇に終っている。
 われわれの過去に程度の差こそあれ、この様な悲劇が数え切れないほどあったし今もある。
 また、家庭でのうちの子はきこえないのだから、月給が安くても、結婚ができなくてもしかたがないというあきらめも差別に対する認識が正しく行き渡っていない証拠である。
 われわれは、日本じゅうにいる、すべてのろうあ者の届かない抗議を代表していると信じているし、やがて、すべてのろうあ者が声をはりあげて叫ぶだろう。

5.差別問題の正しい解決のために

 京都のろう学校における差別問題はたまたま生徒とわれわれ成人ろう者のねばり強い抗議によってそれが正しい形で発展させられて来た。けれどもそれは、ろう学校における数多くの差別のほんの一例にすぎず、更に一層深刻な形の差別が社会にあり、われわれは、人間としての権利を、時として生命すらおびやかされている。
 差別問題は単にろう学校当局や個々の教師の過失としてとらえるべきでなく、かえってろう学校当局や教師をしてこの過失をおかさせたもの、教育委員会、ならびに文部省の行政方針の欠陥としてとらえるべきである。
 ろう教育に何の情熱も関心も持たない人を先生としてろう学校へ送るだけでなく、こんな奴は、ツンボかメクラの学校へという露骨な差別意識が教育委員会の中にあったことを追求する。
 また親や子の教育への願いをふみにじって(教育の基本的なあり方に対する認識や)特殊な技術が必要なこの学校の先生に、研究や訓練の機会もない状態、また子どもの要求を尊重して権利をまもり、可能性を無限に伸ばす道が明らかにされていない今日の状態を追求する。親が安心して子どもを通わせることができる学校になるよう要求する。
 文部省や教育委員会は、ろうあ者がどのような生活をしているか知っているのか。こういうろうあ者の生活実態を理解しないまま教育を受ける権利を保障しないままでどうして身障者が一人の人間として社会的な権利を保障され、差別をなくせるだろうか。
 行政そのものに差別がある。差別行政のどん底に置かれている今日のろう学校に、ろうあ者に対するあきらめとあなどりのムードがただよっているのは、いったいだれの責任だろうか。このムードがある限り、差別を差別と感じる正常な感覚と切実感は生れるはずがない。こうしたぬるま湯につかっているかぎりこの問題を差別としてとらえることに根強い抵抗があったことは、この事件の経過をみても明らかである。
 われわれは、ここでろう学校、教育委員会、ひいては文部省が、その責任を明らかにし、積極的に具体的な解決のためにこの問題に取り組むよう要求する。
 われわれに対する認識を正し、われわれの人間としての権利を尊重する姿勢をもって、ろう教育の発展ひいては成人ろうあ者の地位の向上に力をそそぐべきである。その時になって始めて、われわれはその崇高な目的に達するために関係諸機関と協力してこの事業の推進に努力を惜しむものではない。

(昭和41年3月3日 耳の日にあたって)
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