Kinoの自転車日記

自転車と共に過ごす日々

競輪カレンダー 2016'

2015-12-30 20:21:07 | 競輪
今年も残す処あとわずかになりました 年末に用意するものの一つに
次年度のカレンダーが有ります そんなお気に入りの競輪カレンダーが
届きました





毎年このカレンダーを送って下さる友人がいます 競輪カレンダーには
発行元が幾つか有る様ですが毎年頂くのはこの日本競輪学校の物です
今年はガールズケイリンの冊子も同封されていました 84名の可愛い
女子選手が写真で紹介されています





競輪競走が好きな人ばかりではないと思いますが 自転車競技とは違う
競輪独特の競走スタイルはとても魅力が有りますね
最近は競輪の Web サイトも充実しライブでも観戦出来ます、自転車競技では
見る事が出来ない競りと言う技術 これは競輪の醍醐味ではないでしょうか
来年もこのカレンダーと共に楽しませて頂きます
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丸山繁一選手 引退記念品

2015-08-26 20:38:16 | 競輪
アマチュア時代から自転車競技で活躍し日本競輪学校 59期生として訓練を積み
長く競輪選手として実績を重ねた丸山繁一選手 2013年に惜しまれながら引退
しましたが その記念品が届きました






郵便ポストに一通の封書が届きました 送り主は
丸山繁一選手 柔らかい手触りです






封筒を開けてみました 鮮やかなブルーのタオルです
ビニールの袋に貼ってあるテープが可愛いです






丸山選手は兵庫県内の高校を卒業後 スギノに入社し
実業団の試合で活躍していました その後 1987年、
競輪選手になり 2013年に引退するまでに 233勝を
上げています



 
競輪選手時代の丸山選手 彼は本業の競輪以外にも自転車競技を続け
そちらでも活躍していました





自転車競技では 2000年 2005年 2006年の UCI マスターズ世界選手権 
スプリントで 3度の世界チャンピオンになっています
そのマスターズから帰国した日に空港から直行した 2004年9月
第 35回全日本実業団のスプリントで優勝しています 
兵庫県明石自転車競技場での開催でした 現役競輪選手が
初めて出場した実業団の大会ではないでしょうか





最近の丸山選手 サイクルウェアーのパールイズミに勤務し余暇で自転車を楽しんでいる様です
このいたずら小僧の様な顔もまた良いですね 仕事で自転車屋さん 後輩の指導で自転車競技場
その辺で皆さんも顔を見る事が有るかも分らないですね 記念のタオルを有難う。

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鉄人 井狩吉雄先輩が来訪

2014-07-02 20:10:15 | 競輪
昨年の 12月に当時競輪選手最高齢で 皆に惜しまれながら引退された
滋賀県の 35期 井狩吉雄さんが私の自転車工房へ来て下さいました




Kino 兵庫県へ行くけど時間は有るか 自転車工房も
見たいし予定はどうだ?
のメールが届く 先輩が来て下さるのに時間はどの様に
してでも作りますとも

そして約束をし 夕刻に来て下さいました
お元気そうでなによりです






元々が自転車が大好きな方で 昔の懐かしい
ホイールを見て それだけでも何時までも語り
合えます

リムはドイツの SCHEEREN Weltmeister シェーレン
240g アンダーのアルミリム こんな物をロードの
決戦用に使っていたよな・・・ 新潟のインカレは
道路面が粗くてその時潰れたよ ってそんな
デリケートなホイールなんです






アルバムを見て頂くと やはり学生時代の所で
目が止ります 先輩と同じ合宿所で 2年間過ごせ
たのはとても良かったと思っています 一緒に
走ったレースも幾つか有り 二人で逃げたロード
レースも思い出されます




夕食の時間になりました 近くのパスタ屋さんへ
来ました 

井狩先輩の競輪選手時代の成績は KEIRIN J.P を
検索してももう見れません 私が保存していた物を
次に貼りましょう

井狩 吉雄
滋賀県 35期 62歳 A級3班 008938
デビュー1975/05/15 大津 1.1.1
通算成績
出走数 優勝 1着 2着 3着 着外 棄権 失格 勝率 2連対率 3連対率 賞金
3043   19   428  325  343 1874  43   31   14.0    24.7    36.0

特別競輪出走履歴
 共同通信社杯 1996/01/27 名古屋 9.7
 ふるさとダービー 1995/12/08 和歌山 8.6.2.7
 ふるさとダービー 1995/04/04 富山 1.8.8.1
 ふるさとダービー 1993/12/04 玉野 落.6
 読売新聞社杯全日本選抜競輪 1993/07/30 青森 9.5.6
 日本選手権 1993/03/19 立川 7.6.2
 読売新聞社杯全日本選抜競輪 1992/08/01 岸和田 5.7.6
 高松宮記念杯競輪 1992/05/30 大津 6.7.1.7
 日本選手権 1992/03/20 前橋 落.1.6.8
 世界選記念 1991/05/12 前橋 4
 読売新聞社杯全日本選抜競輪 1990/07/28 青森 7.6.4
 ふるさとダービー 1990/07/07 福井 7.1.1
 日本選手権 1990/03/21 平塚 落
 読売新聞社杯全日本選抜競輪 1989/07/29 前橋 6.8.1.6
 オールスター競輪 1988/09/22 岸和田 4.6.6
 読売新聞社杯全日本選抜競輪 1988/07/29 青森 7.3.6.1.6
 日本選手権 1988/03/18 立川 6.失.9
 日本選手権 1987/03/19 千葉 4.7.3.1
 読売新聞社杯全日本選抜競輪 1986/07/31 熊本 8.9.7.6
 日本選手権 1986/03/21 平塚 1.5.4.6
 読売新聞社杯全日本選抜競輪 1985/07/31 前橋 7.8.5
 高松宮記念杯競輪 1985/05/31 大津 8.3.4.7
 日本選手権 1985/03/21 立川 4.4.3.8
 日本選手権 1983/03/17 前橋 5.7.3.3
 日本選手権 1982/03/18 大垣 7.9.1
 高松宮記念杯競輪 1981/06/04 大津 3.7.7.8
 オールスター競輪 1979/09/27 岸和田 5.6.失
 朝日新聞社杯競輪祭 1977/11/19 小倉 2.3.5
 朝日新聞社杯競輪祭 1976/11/21 小倉 3.6.7

この様な輝かしい記録です





二人での写真は 40年振りくらい・・・ 私のお宝です

選手を引退された後、毎日充実した日を過ごされているようです マスターズにも
出てみようかなとも仰っています ひょっとしたら鈴鹿ロードにもエントリーされるかも
出来ればもう一度一緒に走りたいですが 私が走れないのが残念です
とても素敵な時間を過ごせました 

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SS11 結局何がしたかったのでしょう

2014-02-01 21:21:10 | 競輪
昨年の年末に幾人かの競輪選手の方達が現行の競輪選手会と言う団体を脱退し
SS11 と言う組織に加入し競輪競走に参加するなんて事が話題になりました





この事が発表されてから色々な所、場面で語られ報じられてきましたが
今回この新聞の様な結果になった様です 多くの競輪関係者 同じ職業の
競輪選手の方達そしてファンを巻き込んだ結果が ごめんなさい撤回します・・・





これらについては競輪関係の方達がとても詳しく書かれているサイトも有りました
その後削除されてしまった物も有りそれは残念に思います ただ詳しく書くと
全てが丸く収まる事が無いのも良く解ります 仕方が無いでしょうね

現行の制度から抜け出しオリンピック選手の強化まで言及していましたが
一体何がしたかったのでしょう・・・ あまりにもお粗末です

私は競輪とは全く利害関係が無い一人のファンです でも有り難い事に
現役の競輪選手の方、また競輪関係のお仕事に従事されている方達とも
お付き合いはさせて頂いています それを踏まえても今回の一件はただ
気分が悪いだけの出来事でした 
その後、これに付いてはあまり報じられる事も無く日が経過しています 
これに関わった選手の方達は今迄と変わらず走っていらっしゃる 
内輪だけの事として終わらせてしまうのかな・・・

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偉大な競輪選手の引退セレモニー

2013-12-25 20:05:50 | 競輪
現役最高齢 競輪学校 35期生 井狩吉雄選手 62歳が引退されました





滋賀県の鉄人と呼ばれ年齢を重ねながらも 諦めない競走スタイルで最後まで
自転車を踏み続けた選手の引退です 井狩吉雄選手、凄い方でした



    
私が中京大学へ進学したのは 井狩先輩が自宅へ自転車部の勧誘に
来て下さったからです 進学後も自転車競技部の合宿所で生活を共に
させて頂きましたが とても良くして頂きました

この写真は 1973年鈴鹿サーキットで行われた近畿ロードの時のもの
白に赤い胴抜きのロードレーサーは先輩のもの 下級生の私がその
様なものに跨るなんて正座ものです でもそう言う事を許して下さる
先輩でした

この時のレースは先輩が木下行くぞ の一言で二人で逃げの体制を作り
その後シマノの選手達と逃げが決まったレース 先輩が 2位で私が 6位
今でもはっきりと思い出す事が出来ます





今年一杯で引退をするにあたり 奥さんの実家が有る佐世保と向日町で引退レースを
する予定をされていましたが 9月13日に松山競輪二日目に落車をされ、硬膜下出血
肋骨の肩甲骨付近での骨折の大怪我をされてしまいます 一か月の入院加療の後
復帰に向け練習をされていましたが 間に合わなかった様です

この写真は 12月24日向日町競輪初日のレースの合間に行われた引退セレモニーです
これだけ偉大な選手が引退レースで走れなかったのは ご本人も残念だったと思います
井狩先輩 長い選手生活本当にお疲れ様でした


※ 最後の写真は自転車のフォトグラファー 高木秀彰さんより頂きました

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