今日のころころこころ

おばさんのつぶやき

2016・9・30 おばさんぽ 横浜市認定歴史的建造物・旧横浜松坂屋西館とイセビルと不二家

2016-09-30 19:43:15 | 横浜市認定歴史的建造物・素敵な建物
9月も終わりというに。今日もびみょーなお天気だなぁ。ま。
本日は、イセザキモールの歴史的建造物様々。
横浜市営地下鉄関内駅下車。イセザキモールへと出る。

少し晴れてきたかなぁ。

「イセビル」。
馬車道から吉田橋を渡ったイセザキモールの角地。

昭和2年に横浜生まれの実業家上保慶三郎が建てた。今は一等地中の一等地であるが、当時は吉田新田、埋立地の軟弱地盤でかなりの予算オーバーだったそうな。横浜で2番目に設置されたエレベーターは、ガールならなぬボーイが案内したという。イケメンだったんだろうなぁ。。
昭和20年に戦災で内部が丸焼け。連合軍接収・返還後も補修され、今現在も現役!
予算を多大にオーバーしても基礎工事を入念にやった当時は、今とは真逆だったんだなぁ。それが正常だったと思い知らされる建物だなぁ。今は立地と見てくれだけだもん。そもそも施主の度量が違うか。。。ま。

横浜市認定歴史的建造物「旧横浜松坂屋西館」。
所在地・中区伊勢佐木町1-7-1
構造規模・RC造7階、地下1階
建築年代・昭和6年
設計施工・(設計)大林組:担当毛利泰三(施工)大林組:現場主任桜井武夫
この建物は、歴史が長い。そして、ご時勢に翻弄されてきた。
大正10年に野澤屋が母体となる建物を建て、その後鈴木禎治の設計で増改築。鈴木の設計した本館は、今は無い。
一部に当時の意匠を生かして、2012年にカトレヤプラザ伊勢佐木として再スタートした。だから、西館。

私が始めて横浜松坂屋に入ったのは幾つくらいの時だったんかなぁ?エレベーターだけが印象に残っている。。

お向かいは「不二家」。
昭和13年にアントニン・レーモンドの設計で建てられた。これは今でも不二家(^^♪

幼い頃は銀座の不二家のイチゴのショートケーキが後光がさすほどに美味しく感じたが、今は買わないかなぁ。。それでもやっぱどっか好きなんだなぁ。。。ん?この建物となんか同じなのかなぁ。。?。
ま。














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2016・9・29 おばさんの路上観察風数行つぶやき・・・サミュエルさんの今日の自転車(^^♪

2016-09-29 22:39:59 | 日記

今日のサミュエルさんの自転車にはオレンジの風船がくくりつけてあった。
プシュとお尻を刺したら、きっとほうき星になって夜空を彩るんだ!
シャシントッテイルノ?
しまった(^^;
ちょっとくやしかったから本当に撮ってきた(^^;

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2016・9・28 京さまへ!

2016-09-28 23:09:34 | 京さまへ
横浜市開港記念会館(ジャックの塔)のステンドグラスです。
関東大震災で大理石の柱以外に内部丸焼けになった後に、昭和2年に復元されました。宇野沢組ステンドグラス製作所製。
何気に横浜市のマークが入っていたりなんかします。

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2016・9・28 おばさんぽ 横浜市認定歴史的建造物・綜通横浜ビル(旧本町旭ビル)

2016-09-28 21:24:07 | 横浜市認定歴史的建造物・素敵な建物
横浜市認定歴史的建造物「インペリアルビル」をたずね、スカンディアさんでお昼。

もうひとつオフィスビルをたずねることにした。
横浜市認定歴史的建造物「綜通横浜ビル(旧本町旭ビル)」。
所在地・中区本町1-3
構造規模・SRC10階、地下2階(旧建物はRC造5階、地下1階)
建築年代・平成7年(旧建物は昭和5年)
設計施工・(設計)不明(施工)大林組
その他・ライトアップ実施
スカンディアさんを出て県庁の前を通り過ぎ右に曲がれば、ジャックが見えてくる。

横浜三塔。神奈川県庁はキング。横浜税関はクィーン。そして横浜市開港記念会館がジャック。
三塔の中でも王子が一番華やか。

明治7年に町会所という名で建ち市政が行われた。が、明治39年に隣家からのもらい火で焼失。その跡地に開港50周年を記念して大正6年に完成した美しい建物だったが、関東大震災で建物は倒壊を免れたが内部は大理石の柱を残して丸焼け。平成元年に市政100周年記念事業として大正時代の姿に復元された。国指定重要文化財。

全て素敵だが、ステンドグラスが見事(^^♪

かつての工法も面白い。

外人さんたちに記念撮影頼まれた(^^;岡倉天心記念碑の前だった。。。

この一際目立つ建物の本町通りをはさんでお向かいが、「綜通横浜ビル(旧本町旭ビル)」。

昭和5年に江商(現・兼松)の横浜支店として建てられたオフィスビル。
この建物も危ないところを、オーナーさま及び関係者の皆様の努力で、古い部分をファサードとして残すことができた。
この当時のままのテラコッタの装飾タイルは、ほんとうにほんとうに美しい(^^♪

それにしても。めぐっていると不思議だなぁ。。
今こういう装飾を施した建物を造ると、成金調もしくはラブホ風になってしまう。この品格はどこからくるんであろうか・・・

県庁のお向かいにも、関東大震災の名残が残ります。。

蒸し暑い日が続くけど、できれば大地震は勘弁して欲しいなぁ。。。















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2016・9・27 おばさんぽ 横浜市認定歴史的建造物・インペリアルビル

2016-09-27 18:35:53 | 横浜市認定歴史的建造物・素敵な建物
10月も間近とは思えない蒸し暑さ。でも久々の晴れの休み。今日も出かける横浜市認定歴史的建造物めぐり(^^♪
横浜市認定歴史的建造物「インペリアルビル」。
所在地・中区山下町25
構造規模・鉄筋コンクリート造、地上5階
建築年代・昭和5年
設計施工・(設計)川崎鉄三(施工)白井工務店
横浜開港資料館は、英国工務省の設計により昭和6年にできたかつてのイギリス総領事館。

現在広場はトンカン改修工事中であるが(^^;

観光ではふつう山下公園通りへと行く。山下公園通りから一本南にある通りが、水町通り。

開港当時はメインストリートであった!横浜開港資料館、かつてのイギリス総領事館から眺めてみれば、まっすぐに伸びている。通りの両側には外国商館が立ち並び馬車が行き交う大通りだったそうな。
1859年に開港の地となった久良岐郡横浜村。太田屋新田の沼地を埋め立てたりとかして1879年には外国人居留地が完成した。その後、1899年に外国人居留地の町名を全て廃止し山下町と改称した。
水町通りも、Water Streetのずばりの直訳だったようだ。なんでWater Streetだったかは、調べてません(^^;

メインストリートの座は他に譲ったが、オフィス通り。

神奈川芸術劇場の裏側のお向かい。

外国人商社マン用アパートとして謎の建築家川崎鉄三が設計した。今ではどうということもないが、シンプルな箱型にシンプルに大きく窓を取った意匠は当時は時代の最先端だった。

周囲の建物がどんどん取り壊されいく中よく残ったなぁ。
なんとも素敵(^^♪

これもひとえに、オーナー様と関係者の皆様の努力の賜物。感謝!

水町通りは、ヘボン博士邸へと続く。

ここにもあったんだよなぁ。。。

ま。
昼飯はスカンディアさん(^^♪

心地よいひと時(^^♪









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