今日のころころこころ

おばさんのつぶやき

2014・9・29 おばさんの嬉しかったいただきもの 浅草・千茶の栗むしようかん

2014-09-29 21:44:30 | 日記
こころ哀しい・・・
御嶽をおんたけと読むのは、信州人。みたけと読むが、普通と知った時には驚いたものだ・・・
そうそう。今宵は、T様からいただいたもうひとつの極上。
浅草・千茶さんの栗むしようかん。

夜は秋風だ。
久々に茶をたてる。
なんて美味しい羊羹なのだろうか。
しみじみと、美味しい。
T様情報によると、後継ぎがいないという。店主様がお終いと決めたら、お終いになるようだ。
なんともったいないことか。
一切れが、ここまでこころ安らぐというに・・・

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2014・9・27 おばさんの嬉しかったいただきもの♡一幸庵の『秋あんぱん』

2014-09-27 22:26:25 | 日記
T様から、一幸庵さんのあんぱんと栗むしようかんをいただいた♡
上質な食通のお方だから、いただき物は全て、美味しい♡
あんぱんって、どんなあんぱんなんかな?
丸い、所謂あんぱんを想像して、開けてびっくり!

これが、一幸庵さんの『秋あんぱん』。
パンは、麹町のシェ・カザマ。バターはパンプリーバター。あんはもちろん一幸庵さん自家製。
これで不味いわけがない。
こんな時間だが、もう我慢できない。

トースターで、焼く。
美味い。しみじみと、美味い。なんて贅沢なんだ。シンプルで最高の贅沢をした。
御嶽山が噴いて、なんとなく、不安だった。

私の若い頃は酒が入れば必ず木曽節を歌い出す人がいた。たいていは男性で良い声だった。
木曽のな~♪なかのりさん♪木曽の御嶽山はなんじゃらほい♪なあ~つでも寒い♪よいよい♪よいよいのよいよい♪♪
だったかな?
活火山には違いないが、なんというか、浅間山とは感情が違う山だった。
手拍子打ってるうちに宴席の誰でもが楽しくなるような、なんというか、そんな山だった。
地震と違って噴火の予知は容易だと思っていた。それが・・・なんということだったのだろうか。
御嶽様は、我慢の限界だったのだろうか。
一日限りの一切れの最高の贅沢・・・そこに凝縮されてる営みを感じるこころ・・・

感謝。




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2014・9・26 おばさんの道 かながわの古道50選 江の島道の江の島・片瀬付近

2014-09-26 18:44:42 | かながわの古道50選
爽やかな秋晴れだ。私も行楽地に出かけようか。?。

かながわの古道50選。江の島道の江の島・片瀬付近。

江の島道は、東海道を藤沢宿から分かれ国道467号の旧道、州鼻通りを経て江の島に至ります。江の島は大山参詣からの帰りの人々でにぎわったといわれています。この道には、元禄時代、杉山検校が立てた道標が11基残っています。杉山検校は江の島弁財天にこもったとき松葉にヒントを得、鍼医の名手となりました。この恩返しに藤沢宿から江の島への道しるべとしてこの道標を立てました。この内の一つが、片瀬小学校校門脇に立っています。この道標には『一生衆生 えのしま道 二世安楽』と刻まれています。
ふむふむ( ..)φ

大山参詣は、江戸時代のいつのころからか、すっかり『大山詣ツアー』となっていたようだ。大山を降りて、江の島で精進落としをするのが人々の楽しみだったようだ。生身の弁天様を拝んだかどーかは知らぬが(^。^)y-.。o○
ま。
藤沢駅から江ノ電に乗り換える♡

お♡秋バージョンね♡♡

鵠沼駅下車。東口に出る。

線路沿いに歩いて、八百屋さんを曲がり、境川を越えて、片瀬小学校を目指す。

そうか・・・この辺りのゴミは個別収集か。手間はかかるけど、この方がズルはしにくいよな。それにしても、住民の方々は優しいな。地べたに置くよりこうした方が作業員さんの腰の負担は軽減する。なるほど。

国道467号にでたところで、蕎麦屋さん。寄ってしまう。

『くまの』さん。居心地がいいなぁ♡。帰りだったらビール頼んじゃうよ。

腹ごしらえして目指すは、片瀬小学校。

小学校脇からスタート。

ほお!石の神様たちだ。

小学校の横に道標。

その先には泉蔵寺様。

里山の名残。この山越えてきたのかな?

泉蔵寺様の前の小道を行く。

その先は左。

石の神様。

ん?山車の倉庫!

その先には神社様。
上諏訪神社様というのか。

高い・・・

ん?え??

なんと?諏訪神社上社?!

我が里方面の諏訪大社を思い出していた。ということは、下社もあるということなんか?なんで?この江の島の地に???

ついでに、下社(?)に寄ってみる。

下社(?)諏訪神社様がメインのようで、ますますに似てる。ますますに混乱する。

ま。今日は、神社めぐりではない。先を行こう江の島道。

密蔵寺様。

歩く。

杉山検校様の道標だ。


本蓮寺様。

歩く。

歩く。

常立寺様。

伝元使塚ってなんだろう?

境内を掃いておられた御婦人にうかがったら、ああ!モンゴルさんね!とおっしゃる。
モンゴルさん?!

以前は、朝青竜さんとかモンゴル出身の力士さんたちがお参りにきていたようだ。?。
モンゴルさんの後も謎。

ま。江の島道。道。
駅が見えてきた。

交差点の先は、いきなしにぎわってる。

お店が並ぶ。

いにしえの方々も楽しくひやかしておられたのかな(^。^)y-.。o○

江の島だ。

今はくぐって行く。

お!青銅鳥居だ。

ますますににぎわう。

その先が、江の島神社様。

狛犬様が検校様の御寄進が、いにしえを伝える。

エスカレーター歩道もあるが、歩く。

江の島神社様。

今は縁結びでたいへんであるな。

中津宮様。

こちらは歌舞伎か。

奥津宮様。

とお!!!大道芸♡楽しませてもらいました♡♡

タロウさんはお元気なのかな?

見えてきた。奥津宮様。

鳥居をくぐる。

その先は、稚児ヶ淵。

良く歩いたな。ここで帰ろう。

今宵は、どこに泊まったのかな?

それにしても・・・いにしえの旅人たちのなんと健脚なことよ。本当に本当に楽しみしていた楽しい旅だったんだろうな。
そりゃそうだ。なにか立派な建前理由がなければ関所を通してもらえない時代だったんだもんな。自由に恵まれ過ぎてつまらなくなってる今の方が哀れかもしれない。
今は、お国訛りではなく、外国語が飛び交う。時空を越えて楽しめる空間に変わりはないか。

帰りは、小田急にしよう。始発だから座れる。笑われちゃうな。江戸の方々に。


付記。
大山道・田村通りは、大山の帰りに江の島に参る人々が通った。
大山の大山祇命は男神で、富士山の木花之開耶姫は女神であることから、大山にだけ参拝することは片参りで、女神のそねみを受け利益が無いとの俗説があった。
しかし、大山の帰りに富士山に寄るには色々な意味で遠いので、女神であるところの江の島弁財天が、いつしか大山参りの帰路コース定番となり、たいそうににぎわった。
でもねぇ・・・
木花之開耶姫様の親父様は大山祇命様なんだから、ま。




























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2014・9・24 おばさんのこころ 栗を茹でる

2014-09-24 22:24:19 | 日記
昨日いただいた栗を、朝茹でて仕事に行く。
帰宅してザルにあげる。いい感じ♡

それにしても、思ったより多い。豆乳鍋にして、今夜の主食は縄文だな。わしわし食べよう。
夕刊を広げる。

また、嫌な事件だ。
なんで?こんなことをしてしまうのだろう?
そういえば・・・
彼等は、栗を茹でたこと、あるのかな?
今日の栗をいただいたのは昨日だが、採ったのは一昨日という。
昨夜、大きなボールに水を張って栗をひたしておいた。それを今朝、鍋に湯を沸かし塩を1%ほど入れて再沸騰後弱火で50分ほど茹でて、火を止めて、今宵。
たがだか栗を茹でるというシンプルな作業でも、2日かかる。
今宵の仕込みは、黒豆。週末にG様におすそわけするため。そう。こちらは3日かかる。

桃栗三年柿八年・・・
栗が収穫できるまでの時間、黒豆が収穫できるまでの時間・・・さっき、縄文と書いたが、縄文時代の栗はずっと小さくて灰汁が多くて・・・
営むということは、気の遠くなるような時間の果てに、実る。

マチエール・・・
マチエールを取り戻す・・・
無論、一定数の異端は出る。
が、マチエールを取り戻すしかないだろう。
方法は、わからぬ。
経済はマチエールを封じることで回っているのだから。
私にできることは、栗を茹で出て、豆を煮ることだけ・・・



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2014・9・20 おばさんの道 かながわの古道50選・大山道の原宿付近の付近(?)川尻石器時代遺跡

2014-09-20 21:48:52 | かながわの古道50選
ベリーAは甘くて美味しかったな♡でも、花はすっかり萎れた。摘んでこなきゃよかったな。可哀想なことした。
昨日は、かながわの古道50選・大山道の原宿付近を歩いた。

小倉橋を渡って、終点。

さてさてどーやって帰るか?
バスの本数は一日に数本。でも!運よくそのうちの一本に乗れそうだった。

なんとラッキーな日よ!と油断しすぎましたのです(T_T)
花を摘んで、セブン、といってもフランチャイズの昔からの個人商店のようで、葡萄が安くてたくさんあった。店出たところで、バスが走り去るのが見えた(T_T)あああああ(T_T)

バスがたくさん走ってるところまで歩くしかない。
楽勝との予定が狂った後の気力は、なんでこんなに萎えるのであろうか?
とほとほと、小倉橋を引き返す。

車で通った記憶頼りに歩く。

お・・・廃橋かよ・・・

歩いたのは初めてで、排ガスまみれを覚悟していたのだが、なんと!歩道が整備されていた。

清水というのか。

スマホをとりだして、自分の位置確認。
ん?へ?そうか!
『川尻石器時代遺跡』って、この上にあるんか!せっかく来たんだから寄ってけよ!と言われてる気がしたは、不思議。
なんだかワイルドな道を行く。

突然に開ける。思わずわお!つぶやいていた。

国指定史跡・川尻石器時代遺跡。

相模原市によれば、縄文中期~後期にかけての集落跡で、中期には、80軒以上の住居が環状集落をつくっていたようだ。後期初期には集落の規模は縮小したが、住居は竪穴式から柄鏡形敷石式になったようだ。
遺構や墓群があったということは、造成という土木工事もしていたということだ。
確かに良いところだ(^^)
相模湾はもっと内陸までぐっときていたはずだ。水利は近かっただろう。林に囲まれた広々とした丘陵からは、どっしりとした山が見える。爽やかな風が吹き抜ける。

高校生たちがチャリで軽快に駆け抜ける。

しばし、『豊か』という意味にひたる。
そういえば・・・縄文は、なんで円形なんだろうか?
囲炉裏を囲む文化は、つい最近まであった。
が、四角い囲炉裏は、厳密に席が決まっていた。丸く囲むにしても席は決まっていただろうが、四角に比べたら、ゆるやかだ。90度の角には座りにくいが、円形なら座れる。
帰らなきゃ・・・
歩いてみれば、高校生たちが軽快にチャリ飛ばしていた道は、これは、正式な道じゃなかった。いつの間にかできたチャリ道。

心地よい空間は、時空を超えるのかな。
スマホの地図見ながら歩く。
車からいつも気になっていた、山王社様。

このあたりは、相模川舟運の終点。津久井往還の要所。
縄文から延々と続く人の営みを思う。

結局は、原宿自治会館前まで引き返して、お屋敷の前のバス停。この路線はがんがんバスが来る。橋本駅から帰宅したのでした。

川尻石器時代遺跡に寄って良かったな♡

付記。
相模川をはさんで東は、台地・丘陵地区。
相模川と境川の間が、相模野台地。
旧城山町・久保沢を要として扇状に広がる。
なるほどに、縄文の人々は理にかなった地に拠点を設けていたのですね。












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