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おばさんのつぶやき

2017・6・10 テキトーに渡るおばさんの橋 横浜の架替関東大震災復興橋梁・浜松橋 新町名濱松町内にあるを以て之を取る

2017-06-10 21:24:58 | 横浜の関東大震災復興橋梁
関東大震災で壊滅状態になった横浜の橋。復興事業で国施工37橋・市施工141橋が新築・改築・修築された。
石崎川に架かるのは、現存は扇田橋・西平沼橋・平戸橋・梅香崎橋・石崎橋・敷島橋・高島橋・浅山橋の8橋。架替は浜松橋・要橋の2橋。
尾張屋橋から石崎川は帷子川より分かれる。

分かれた石崎川はすぐに線路をくぐる。





私は尾張屋橋で線路を越える。







浜松橋が見えてくる。

浜松橋は市施工・復興費河川費支辨橋梁44橋のひとつ。昭和45年に架け替えられた。

旧橋は横浜震災復興誌によれば。
位置・中區濱松町地先(市道)
橋種・方杖橋
橋長・12.91m
有效幅員・6.00m
面積・77.46㎡
施工期・著手昭和二年八月三十一日:竣功昭和四年八月三十一日
總工費・7.298.35円
とある。
浜松橋は濱松橋と記されている。
画像の通りに可愛い橋なのになんでこんなに施工に時間がかかったのかと思いきや、要橋と藻汐橋も同じだから3橋まとめての施工期ということなのかな?
それにしても、可愛い橋である(^^♪



今の幅は1.5m。
だからと言ってこの幅で良いと思う。
昭和8年の地図でもどこかに抜けている道ではなく今と同じく線路にぶち当たる。

なんで6mもの幅が必要だったかの方が不思議だなぁ。。。

下校時間。子供たちがにぎやかに渡る(^^♪

幹線の横の小さな橋を渡るのはどこかわくわくする(^^♪

浜松橋の次は要橋。













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2 コメント

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戦前戦後の (tonnko)
2017-06-10 23:48:42
うさぎさんの影響だと思いますが、「横浜の関東大震災」を読んでいます。
東京の関東大震災の事は、色々直接聞いていますが、
横浜のことは、展示を資料館でみただけです。
目下、横浜の戦前と戦後の地図を捜してみようと思っています。
東京のは、人文社の物を持っています。
tonnkoさますごいです!( ̄- ̄)ゞ (うさぎ)
2017-06-11 00:03:55
ほんとうにスーパーウーマンですね!!!
あの素敵なタオルエプロン作るだけでもたいへんなのに(@_@)
驚き驚きです!!!
私も、横浜の関東大震災はよくわかってはいません。
ただ、お寺とか神社とか慰霊碑を見かけることがよくあります。読んでみると、ぎょっとするくらいに被害があったんだなぁ(;_;)(;_;)
鉄橋を見に根府川に行った時は、犬の散歩の地元のご老人から根府川の大惨事をお伺いして、根府川駅の中に慰霊碑がある意味を知りました。
だからどーということでもないのですが、今の繁栄は脆い所にあるものだなぁと思います。
でも、復興のスピードの早さには驚きます!
きっとあの頃の人たちの方が潔かったのかな?

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