☆ファミリー☆

3人目の子供生まれたので、ブログ名変更しました♪小きんぎょ、けん、みーの3人きょうだいになりました♪

鯉のぼり♪

2007-04-09 22:04:44 | 子育て
今日、pm。

じっじ、私、パパ、小きんぎょ、けんちゃんの5人で
鯉のぼりを買いにいきました。

けんちゃんの鯉のぼり♪

見るといろんな種類があって
迷いましたが、
金色がついてる
「5m6点セット鯉のぼり」に決定!
吹流し・黒鯉・赤鯉・青鯉です。

さっそく家に帰り
じっじとパパは
裏の竹林から
大きな竹を切り
穴を掘り
鯉のぼりを箱から出して、
風車を組み立て、

途中、休憩。

竹を起こし
紐に鯉のぼりを付けていき
よっこらしょ!

紐をひっぱり上まであげる。

<完成時間約2時間>

お~~~!!立派だなぁ~!

風が吹くと
3匹の鯉たちが力強く泳ぐ。
しばらくみんなで眺めてました。

小きんぎょも
大きな鯉におおはしゃぎ♪
けんちゃんは組み立て中
ず~っとねんね。
完成した時お目覚め。

ほんと、と~ても立派な
鯉のぼりが揚がりました♪

この鯉のぼりのように
力強く、たくましく、スクスクと大きくなってね!

じっじ、パパ組み立てご苦労様でした。
かなり、重労働だったみたいです・・・。

そもそも、鯉のぼりはなぜ揚げるようになったのか?
私は、よくわかってなかったので
「鯉のぼりの由来」を
残しておこうと思います。

<鯉のぼりの由来>

端午の節句は、奈良時代から行われている古い行事です。
端午というのは、五月の初めの午(うま)の日という意味です。それがいつのまにか五月五日に固定されてしまいました。

奈良・平安時代の端午の日は、災厄を避けるための行事が行われる重要な日でした。宮廷ではこの日、軒に菖蒲やよもぎを挿し、臣下の人々は菖蒲を冠に飾ったり、菖蒲の葉の薬玉を柱に下げたりしました。鎌倉時代には、武家の間から菖蒲と尚武をかけてこの日を大切にする気風が生れました。江戸時代には、端午は幕府の重要な式日となり、大名や旗本は江戸城に出仕し将軍にお祝を述べました。将軍に世継が生れると、城中にたくさんの幟や作り物の遣り、長刀、兜などを立てて盛大にこれを祝いました。

江戸中期になると庶民の間から町民のアイデアで鯉のぼりが生れました。中国に古くから伝わる登竜門の伝説になぞらえ、竜門の滝を登り切ると鯉が竜になるように、我子も健康に育ち、将来は大きく出世して欲しいとの気持を込めたものです。また、「わが家に男の子が生まれました。どうぞお守りください。」と天の神様に伝え、守っていただく意味があるとも伝えられています。

この頃は和紙に鯉の絵を描いたものでしたが、大正時代に破れない綿の鯉のぼりが生まれ、昭和三十年代の半ばには雨にぬれても色落のしない合成繊維の鯉のぼりが誕生し、現在に受継がれています。




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