波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

足跡     「自分のできること」

2017-05-16 09:38:04 | Weblog
久しぶりに一人で「ぶらり旅」ならぬぶらり仕事に出かけた。昔は時間に追われて車で走り頭の中は仕事のことだけでほかのことは何も考えられずただ夢中であった。そして自分の思うことを思うように動かし思うように相手を説得し目的を達成することだけを考えていたものだった。
常磐線から関東鉄道で下館まで行き下館から真岡鉄道に乗り換えて、途中の液へ降りてタクシーに乗り、目的地に着く、その時間約4時間だがそれは何の苦にもならない。単線で途中駅でのすれ違いの待ち合わせなどあり、お客は後方からのり、整理券をとり、降りるときは運転手に料金とともに渡すという。のんびりしたものだ。もちろんワンマンカーであり何の飾りもない。
久しぶりにお客がほとんどいないのどかな電車を堪能できた。日曜にはSLが走るので観光客でにぎやかになると運転手が自慢げに言っていた。
そんな時間を満喫しながら私は今まで自分がしてきたことは何であったか、すべてを自分中心で時間を過ごしてきたことがなんであったのか、それは大きな間違いであって目に見えない大きな力によって動かされていただけであったのではないかと考えることができた。
この世の時間は自分で差配しているかのように錯覚しているが、そうではなく見えない大きな力(それを私は神の力と考える)よってうごかされていると知ることができた。どんなことができてどんな苦しいことがあったとしてもそれらは自分の力のおよぶところではない。
それらはすべてを差配している神の力によって私たちは生かされているということを静かに考えさせられるのである。
日々、さまざまなことがおき、さまざまな問題に遭遇し、悩み苦しむこともある。しかしそれらはすべて神にゆだねていきることをかんがえりょう。人に接するときは「愛の技」を忘れないように心がけよう。
それで今日一日が過ごせればそれだけで満足であり、幸せである。そう考えるとき」平安」が訪れるのである。
結果は自分で出すのではない。すべては「御心のままに」なるのである。それを静かに受け入れて生きることを考えよう。
そんなことを考えながら一日のたびを終えて帰途に就いた。
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