波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

思いつくままに     「一日の悩み」

2017-06-15 09:16:58 | Weblog
人は毎日生活を続けているがその内容はひとそれぞれに違うし、同じことをしていることはない。そしてその内容によって必ず悩みや問題も発生し人それぞれにその問題に取り組み、苦しみ悩む人や感情を高ぶらせ、いらいらする人、人間関係を壊す人、またその問題解決のために走り回り、解決に頭を使い体を使い、お金を使い、疲れるのである。
このような毎日を人はそれぞれ繰り返しているのだが、考えてみると人生とは考えようによっては楽ではないといえる
そんななかで、いったい人はどのように生きるべきか、どのように生きているのか、その取り組み方もまたそれぞれであろう。
私のような老人がひとりで生活していても、悩みはないかといえばそんなことはないのであって、人並みにあれこれと悩むことはある。
しかしこれらの問題を解決する力も能力も、体力もない。むしろ自分の体を何とか、一日どのようによい状態で保てるかを考えるのが精一杯でもある。そのような毎日にあってどんな解決策があるだろうか。この問題は生きているすべての人が抱えていると思っても過言ではないと思う。その内容は健康問題に始まって、家族問題、経済問題、人間関係問題、さまざまあってその内容も違う。
よく新聞で「人生相談」の記事があったり、表面には出ないが「いのちの電話」でのやり取りなどこの問題に類することは、数え切れない。
そればかりか、政治の世界や社会問題は世界を通じて数え切れないであろう。
しかし、ここでよく考えてみよう。一人の人間が一人で考え(あるいは何人かで話し合ったとしても)混本的な解決につながることはほとんどないのである。表面的にはあるいは時間の経過とともに問題は風化して消えていくが、それで解決したわけでも終わったわけでもない。問題は依然として継続しているし、仮に消えたかのように見えても、また新しい問題が発生してくるものである。
それは人間にストレスを起こし、病気を増大させ、苦しめることになる。私もここ数年そんな影響を受けて体に変調がおこり、苦しんできた。しかし、それはあることを通じて次第に小さくその日のうちに消火することを覚えるようになった。
それは「自分で解決しようとかんがえない。」「もともとじぶんではどうにもならない」というかんがえで「すべてをある大きな御手のうちにゆだねる」自分で考えられる限りのことをし終えたら、後は「すべてをゆだねる」
それは人間でできることの限界と自分の能力を過信しないことにある。
若いときから自信過剰の人生だったことへの反省もある。これからは「ゆだねる」人生へと浄化して生きて生きたいと考えている。
本来全能でもなく、罪びとであることを自覚して,,,,,
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