波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

思いつくままに   「万事塞翁が馬」

2017-06-02 09:46:21 | Weblog
人生はその人に与えられる尊い宝のような機がする。しかし人はそれを宝とは思わない。むしろ苦しみと考えている人が多いことだろう。(もちろん中には最高の人生を優雅に過ごしている人もいるのだが)しかし生きている以上は必ず「死」を迎えることになるし、その迎え方によっては苦しみ方も違ってくる。今私の無二の友人が生死の境を生きている。ぜひ最後の挨拶をしたいと願って予定を組んでいるが、その別れは突然であるし別れの言葉も交わせないことが残念である。事ほど左様に人生は厳しい世界ともいえる。
そんな中にあって、どのように生きて、どのようにすごすことが大切かはそれぞれに与えられた課題である。もちろん与えられた課題の答えは模範解答としてあるわけではない。模範解答集があるわけでもない。試験問題を抱えたようにそれぞれが答えを考え、答えを出す。しかしその答えが正しいとは限らない。つまりその人の裁量においておこなわれるのである。しかしそれは間違っているか、正しかったかは自分が決めることはできない。いつか誰かがその答えを教えてくれるのである。だから人はそれぞれにその分にあった生きかたをするのである。そこに人生の不思議さと運命が見えてくるのだとおもう。
このことわざでは中国のある老人の例でもっていた馬がその人にさまざまな運命をもたらすことをもじって人生とは「悪いこともあるが、よいことに変わることもある。だからあきらめずに自分の行く道をあきらめずに歩きなさい」と教えている。
どんな生活をしていても、それはさほどのことではない。それは年齢を重ねるほどにわかってくる。どんなに華美なことでもどんなに贅沢なものを見てもその価値に羨望はわかない。むしろ日々が平安に心を乱さないで悩まないで終わること(それは死へとつながることでもあるが)を願うのみである。生かされている間は課せられた役目をしっかりと果たしていくことが大事なのであろう。
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