波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

足跡    「人の生き様」

2016-10-18 09:54:49 | Weblog
もう間もなく私の人生も終わりに近づいていることがわかる。考えてみると短いようであり、
また長かった気もする。しかしこの辺でいったい自分の人生はこれで良かったのかと振り返ることも大事ではないかとおもう。小さいときから自分で自覚しているだけで二度も死ぬ思いをして助からない命を生きながらえた事。(大病をして医者に見離された、3階の屋根から路地裏へ落下)その他無意識の内に危機を免れてきたことも会った事を思うと現在こうして生きている事の(生かされていることの)不思議さを覚えないわけには行かない。
それはこの世に生かされてきた勤めがあることでもあるのだろうか。しかし私は少なくても自分では自分の考えどおりに生きてきたとは思えない。それは学生時代に自分の思う事が何も出来ずに兄の言うとおりに丁稚奉公のような生活だった事(この生活は結婚後も続き生活はその監視下にあった)そしてその後にやっと父の仕事を手伝うようになり、自由なこうどうがとれるようになった。そのためにそれまでの反動が出てそれまでの抑制されていたものが一度に表に出た幹事で肉の生活に自らを任せてしまった幹事である。
(因みに学生時代はジャーナリストの仕事をしたいなあと漠然と考えていたのだが、)一言で言うと私の生涯はずっと家業を継いできたともいえるのである。
それでも後半(40歳代)からは曲がりなりにも自分の生活らしい内容になった(兄の監視がなくなった)そして40年過ごしてきたのだが、一言で言えば自分の力自分の思い、自分の意思で決まった事はなかったと言える。
もっと言えば人生は自分の考えや自分の望みどおりになるものではないといってもいいのではないか。そこには目に見えない大きな力で動かされ生かされていることを覚えざるを得ない。
そう、自分があって、自分ではないのである。人は目に見えない大きな力(私は神と信じている)によって生かされ動かされている。
今80歳を過ぎて振り返るとき、人は様々な生き様があるが、自分で動いて、決めて生きてきたと考えるが、冷静に自分を振り返るとき、そうではない事を謙虚に省みてこれからを考えるべきであろう。
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