波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

足跡    「メメントモリー」

2017-03-13 09:37:54 | Weblog
ラテン語で「自らが死ぬ事を恐れるな」「死を記憶せよ」と言う意味で昔から使われていて
特にカトリック教における修道士にとっては欠かせない評語とされていると聞く。
先日マレーシアで予期せぬ事件があった。日々何事もなく過ぎていく毎日においても、何時名何が起きて自らの命が終わるか分からない。人は必ず死ぬ事を自覚し、この世にあることを忘れないで日々を過ごす事を教えているのだ。
兎角幸せに何事もなく過ごしているとこんな事は他人事であり、自分には関係ないことだと気にもならないで過ごしてきた。しかし人は誰でもいつも「死」と隣りあわせで生きている事を忘れてはならない。それは現在生かされて生きている事の大事さを尊い事として無駄にしない事でもある。高齢を重ね、あちこちに身体の危険を感じると自然に思わざるを得ないのだが、それはないにしてもしっかりと「死」を日々記憶せよとカトリックでは義務としている。
自分自身も現在では母をなくし父、そして妻、兄、弟、叔母と小さいときからの思い出の家族は一人もいなくなった。当に生まれ育ったときの思い出を語り合うものも一人もいない。
友人も僅かに残っている何人かも全ては病を抱え、会うことも出来ず語り合う機会も得られない。これが現実である。
そして自分自身もまた神の元へとかえることになる。不思議に自然にその準備をする心になり、毎日を過ごす気持ちになっている。
考えがそうなると今までの恵みと感謝がありがたく、また今までの人生を顧みて反省と悔い改めに心が向き合う事になる。
「メメントモリ」がその日の終わりに思いつくのだ。それは正しく、清く、美しいものでありたいと思いながら
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