真面子の社会観察日記

社会で起きている様々なできごとを真面目に言いたい放題!

何を指導されてきたのだろう

2014年03月26日 | Weblog
最近、小保方さんの記事がやたらと出ている。言うなればバッシングだ。博士号は実はコピペだったとか、ハーバード大の教授は論文を読んでいなかったなど。でも、そんなことが実際に起こりうるのだろうかと思っている。

第一、彼女は早稲田大学大学院で博士号と取得している。私は社会科学系だから、自然科学の研究方法と実証方法は少し異なるかもしれないが、論文を書く基本は変わらない。つまり、他人の論文を引用したならば、必ず引用を明らかにするなど常識中の常識だ。そんなこと学部生だって知っている。

ゼミで論文指導する際に、また、授業のレポート課題でさえ、自分の意見と他から引用した箇所とははっきりと区別しなければならないと繰り返し指導し、それを明記しない場合は盗作だと教えている。さらに、今はどの論文から引用したか等調べるツールだってあるから、すぐに盗作だと分かるのだ。

もしも早稲田大学大学院が小保方さんの論文も読まず博士号を出したとしたら、早稲田大学大学院自体が問題であって、そんなところは大学院の体をなしていないということだ。修士論文でさえ主査に加えて副査数人で審査するものだし、博論に至っては半年以上もかけて審査し、面接試験を行って博士号が取得できる。

だから、どうしても今色々言われていることが研究者としては信じ難いのだ。何より、大学として早稲田大学の受けるダメージは大きい。小保方さんは、大学から大学院の博士課程迄の9年間、指導教授から何を指導されてきたのだろうと思う。

私は厳しいことで有名な研究室に入り、指導教授に指導されてきたし、研究者としてあるべき姿も指導されたきた。この研究室では女性が最後まで教授の指導を受けられず、破門された女子研究者を多々みてきた。

彼は研究者としては今も健在で、超一流だし尊敬も出来るけど、研究だけを中心にした生活をもう50年以上も続けている。今でも指導教授にお会いすると緊張する自分がいる。小保方さんは一体何を指導されてきたのだろうか?

しっかりチャージしたので、大掃除

2014年03月25日 | Weblog
日曜から月曜の朝にかけて夕食もとらずに10時間も寝てしまったので、元気溌剌、気分も上々で、さあ~~てと、まずは大物の洗濯をし、大掃除をしようと思い立った。

研究室から運んできた段ボール箱が1階と2階の部屋に置いてあったのだが、階段から落ちた時の膝がまだ痛かったし、シンガポールから戻ってから、本棚に片付ければ良いと思って、横目に観ながら放っておいた。

本棚に入れていて困ったことに気がついた。日本の本は大体サイズが決まっていてそうそう変形は無い。ところが、洋書はサイズがばらばらで、ハードカーバの本は余り無く、本棚に入れると何となく落ちつかないのだ。

落ちつかないと言うよりも見た目が汚いと感じる。ちょっと病的かなと思うけど、几帳面な私は、書籍、CD、DVD、洋服など、仕舞うのに一定のルールがあるのだ。要は物を探さなくて良い様に整理し収納しているのだが、洋書は思う様に整理出来ない。

それでも朝も昼も食べずに何とか綺麗に片付けたら、夕方4時半になっていた。そういえば、食事をしていなかったと気がつき、(昨日の夕食も食べていないのに)、5時半に夕食を作って食べた。

シンガポールから戻ってばたばたした1週間だったなと思いながら、久しぶりに家で独りの食事をした。夕食を作ったのも一ヶ月ぶりくらいだった。

消費税が上がる前に駆け込みで買っておいた方が良いという特番を良くやっているけど、私には余り関係無いなって思っていたけど、冷蔵庫にも冷凍庫にも殆ど食材が無いことに気がついた。

保存食品などは、少し買っておいた方が良いのかなとも思うけど、何となくみみっちい気がして嫌だなとも思う。4月になれば総てが上がるわけで、そのうち8%の消費税率に慣れてしまい、来年の今頃は10%の消費税率で、またまたてんやわんやしているのだろうか?

その前に、景気失速で消費税率を上げるどころではないかもしれないし、金もそろそろ売らないと値下がりするかな。

感動的な1日でした

2014年03月24日 | Weblog
昨日は姪2人と母の100カ日供養と墓参り、3人で午前中にお寺で待ち合わせして、午後1時からのお食事会だった。私の定年退職祝いを新宿の京王プラザの和食レストランでしてくれた。和食にした理由は、シンガポールから戻ったばかりだからと考えたそうだ。

姪たちが朝が弱いから少し遅めにお寺で会いたい言ったのは、実はデパートで記念品、紅白のお饅頭、花束を買ったから来たからだった。母が生存していたら、お赤飯を炊いてくれたのを姪たちは知っていて、代わりに紅白の大きなお饅頭を用意してくれていた。

記念品は、私にはお客様が多いからといって、ウエッジウッドの新柄のコーヒーカップセットとお揃いのクッキー皿をプレゼントしてくれた。新柄は春らしく、これでコーヒーを頂くのが楽しみだ。

さらに、入りきれないかもしれないがと言って、ジュエリーボックスも頂いた。私がジュエリーが大好きなのを子どもの頃から知っていたそうで、割れないものも用意してくれた。

姪たちとは産まれてからずっと親しく付き合っているし、義兄が転勤族だったため彼女たちもずっとあちこち引っ越しをしていたのだが、幼少の頃から大学に入っても、長期の休みには殆ど我が家で過ごし、私の両親には本当に可愛がってもらった姪たちだ。

だからこと有る毎に、姪たちはお爺ちゃんとお婆ちゃんには本当にお世話になったし、可愛がってもらったと言ってくれている。姪たちが今回用意してくれたお祝い事は、お婆ちゃんから教わっていたことがしっかりと根付いていると感じられた。

紀尾井町のオーバカナルでお茶をしたら、懇意にしているお店の人に今日はお祝いなんだと言うと、カプチーノに3人別々の絵柄を描いてくれて、とても感動的でした。

子どもも家族もいない1人暮しの私には、本当に感動的な1日でした。4月になったら母の生まれ故郷の栃木に行こうと約束して別れた。家に帰ってなぜかとてつもなく疲れて夜6時から朝4時半迄寝てしまった。もう月曜の朝ですね。1日頑張らなくちゃです。

時間を決めたのに

2014年03月22日 | Weblog
昨日は私が通っているチャペルで、Ladies Spring Luncheonがあった。時間は11時Open2時迄と言われていて、ポトラックなので、何か1品作って持っていかなければならなかったが、途中で何か買ってから行くことにした。

道路がとても混雑し、12時頃に到着したのだが私が最後だった。食事をしながら色々話しをし、最後の1時間で主催者が各自が3分、最大で6分、自己紹介も含めて、皆に分ちあいたい話しを何でも良いのでして下さいとのことで、砂時計も用意された。

話す順番は名前が書いてある紙コップの底の番号だった。始めは砂時計で時間を計っていたのだがI-padで計った方が分かりやすいので、私がタイムキーパーになった。

有る方が話し始め延々7分を過ぎても話をやめようとはしなかった。何処かで止めなければと思い、「7分です」と言うと、「もう1分」と言って延々話すのだ。でも予め6分と決めたのだから時間は守らなければ2時迄には終わらない。

何が問題かと言うと、この叔母さんの自己中心的な態度だ。人数が少なく、更に終わりの時間が決まっていないのなら延々好きなだけ話せば良いだろう。でも、まだ半分も終わっていなかったのだ。

学生には常日ごろ3分だったら3分、6分だったら6分のプレゼンをすることが重要で、時間内に終わらないプレゼン等、意味が無いと厳しく言っている。ましてや、時間が決まっているのに「もう1分」とは何事か。

私は実はこの人が大の苦手で、自分の言ばかり話し続け、撮った写真を送って欲しい、I-padのダウンロードの仕方を教えて欲しいと相手の都合も考えず自分の要求ばかり押し付けてくるのだ。

寛大な気持ちでこのおばさんと接しなければならないのだが、私にとっては結構な試練で苦痛なのだ。パーティーの最後に私の退職祝いもサプライズでしてくださったのだが、なぜか異常に疲れた日でした。

私も間違いなくオバさんだけど、オバさんは苦手だ。笑って読んでくださっているあなただって、オバさんになるのはそう遠くはない。

昨日は卒業式とパーティーだった

2014年03月21日 | Weblog
今日は素晴らしいお天気なのに、昨日は雨足も強く、とても寒い日だった。本学は3月20日が卒業式と決まっていて、午前中は多摩キャンパス、午後は湘南キャンパスと学部毎に別々に卒業式とパーティーを行うので、学長は2回の祝辞を述べることになる。

本学部は150名と小さく、さらに約3割は4年間で卒業出来ないので100名ちょっとの卒業生だった。一人一人に学長から直接学位を渡すので、小人数だが時間がかかる。不覚にも、旅の疲れもあって壇上で居眠りが出た。

卒業式に何時も思うのだが、4年前のこの学生はあんなだったな~とか、この学生には随分手こずったなとか、思いながら学生の顔を観ていると、誇らしげに胸を張るもの、恥ずかしそうにちらっと私をみるものなど。

15年前の卒業生と比較すると、学生も随分とおとなしくなったと思う。以前は壇上でおどけたり、バカをしたものがいたのだが、今は誰独りとしてそんなことをするものはいないのだ。15年前に一番驚いたのは、名前を呼ばれ、壇上の真ん中まで進み、くるりと学長に背を向けて、友達に向かってピースマークを作って写真撮影をしたのだ。それもまだ学位を貰う前に行ったのだ。

何時もながら、見違えるほど着飾った女子学生やスーツをきちんと着込んでいる男子学生を見ると、彼らも社会人になるのだなと実感する。ということは、やはり人間見た目も重要だとわかる。通常なら式後全教員と学生との集合写真を撮影するのだが、昨日は外は土砂降りで、キャンパスでは無理なので講堂内で行った。

夜のパーティーで学生たちに写真を撮ってくださいと言われ、1人1人と撮ったのだが今朝起きてみたらとても疲れたいた。何となく虚脱感だ。教員としては彼らが自分で望む人生を生きて欲しいと願う。これから40年、いや、きっとそれ以上続くであろう社会人生活が充実したものであって欲しい。

そのためには、諦めること無く、焦ること無く、地道にこつこつと努力し続けることだ。そして、あなたはあなたの人生の主役であり、たとえあなたが自身の人生に失望したとしても、人生はあなたに失望等しないのだ。