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「しんぶん赤旗」の記事を中心に、政治・経済・労働問題などを個人的に発信。
日本共産党兵庫県委員会で働いています。

排斥と分断に抗して 移民・難民を支える人々① イタリア 理解が社会を豊かにする

2018-01-05 13:19:37 | 国際政治
排斥と分断に抗して 移民・難民を支える人々①
イタリア 理解が社会を豊かにする


戦争や貧困を逃れてイタリアを入り口に欧州に入る移民や難民の人たち。右派勢力による排斥の動きに抗して、彼らを受け入れ、支援する人たちがいます。イタリア南部シチリア州からのリポートです。(イタリア南部シクリ=島田峰隆 写真も)

シチリア州第二の都市カターニアから電車を乗り継いで約4時間半。シクリにある「文化の家」を訪ねました。移民や難民を支援する非政府組織(NGO)「地中海の希望」が運営する施設です。




■市の中心で
「ここは移民や難民と地域社会が交流する開かれた家ですよ」。広報担当のピエロ・タスカさん(38)がこう話しながら迎えてくれました。訪ねたのはちょうど昼ご飯前。タスカさんの話に、食堂で魚を揚げていたライラさんが大きくうなずきました。彼女も最近モロッコから着いたばかりの移民です。
「地中海の希望」は2014年初めに発足しました。前年の秋にシチリア島南方にあるランペドゥーザ島沖で船が転覆し、300人以上の移民や難民が亡くなったことがきっかけでした。
地上4階、地下1階の「文化の家」は14年12月に完成。常時、最大で40人の移民や難民を受け入れています。ボランティアの人が中心になって、家族との連絡、語学教室、行政への難民申請などに取り組みます。移民や難民の人々は通常、1~2カ月間滞在し、生活を立て直して再出発します。
「文化の家」は市庁舎から徒歩数分の市の中心部にあります。施設をつくる話が持ち上がった時、地元住民からは「治安が悪化する」などと懸念や反発の声が上がりました。しかしタスカさんは「だからこそ施設をあえて市の中心部に置いたのですよ」と話します。
「恐怖感が生まれるのは相手のことを知らず、説明されないからです。恐怖やためらいを持っている普通の市民に対して、他人を排除せず、理解することが個人や社会を豊かにするということを伝えたかったのです」と強調しました。



「文化の家」の壁に張られた移民や難民の人たちの顔写真とメッセージ

■共同で催し
「文化の家」では、発足当初から市民に施設を開放。異なる文化・宗教間の対話をテーマにした討論会、各国料理を持ち寄る食事会、お祭りなど、市民との交流を重視してきました。「文化の家」にあるベンチや本棚は、地元市民と協力してつくったものです。
タスカさんは「もちろん今でも右派から反対はあります」と語ります。しかし最近は地元の小学校と共同で開く催しが決まるなど、発足から3年余りで「市民の反応はだいぶ変化してきました。この努力は続けたいですね」と話します。
「文化の家」に滞在した移民や難民はこれまでに750人を超えます。壁には、新たな人生を歩み出した移民や難民たちが残した顔写真と感謝のメッセージがびっしりと張られていました。
欧州連合(EU)とトルコが2016年に合意した難民流入抑制策の結果、トルコからギリシャに渡って欧州を目指すルートが事実上閉鎖されました。多くの移民や難民はいま、北アフリカから地中海を渡ってイタリアへ入るルートを選んでいます。地中海では、船が転覆、沈没する事故が後を絶ちません。
「文化の家」のジョバンナ・シフォ所長(57)は、「この状況を打開したいと取り組んでいるのが『人道回廊』です。このモデルが,欧州全体に広がってほしい」と語ります。
「人道回廊」は、イタリアの内務省、外務省と「地中海の希望」などが15年に合意した取り組みです。シリア内戦を逃れた難民が流れ込むレバノンなどから、2年間に合計1000人の移民や難民を、審査を行って合法的に飛行機で入国させます。昨年末までに1000人が入国し、昨年11月には合意を更新することができました。
「移民や難民を海の事故から救うこと、密航業者の人身売買を断つことが狙いです」とシフォさん。「ただ優先されるのは子ども連れの家族や妊婦などです。1000人を選別すること、つまりほかの人を排除する作業は、とてもつらいですね」と顔を曇らせました。



食堂で料理するライヤさん(左端)と広報担当のピエロ・タスカさん(右端)=2017年12月14日、シクリ


「文化の家」のジョバンナ・シフォ所長

■貧困VS貧困
合法的な形でも移民や難民の流入に批判的な人はいます。タスカさんは「移民や難民をめぐる最大の問題は、貧しい人と貧しい人の争いにされていることです」と指摘します。
「移民や難民は、戦争、貧困、失業などで仕方なく国を離れた人々です。一方で欧州の人々も失業や貧困で受け入れる余裕がない。しかしこれも企業が低賃金の国に移転するなどした影響です」とタスカさん。「どちらも本人は悪くないのに衝突させられています。その根本的な原因を探らなければならない」と続けました。
シクリの駅で電車を待っていると、シリアの首都ダマスカスから車と船を乗り継いで来たという4人家族に切符の買い方を尋ねられました。約70♂離れた町ジェラに住む友人のところへ行くといいます。
荷物は父親が肩から掛けているリュック一つだけ。まさに着の身着のままです。「ありがとう」と手を振りながら出発した一家を見送りながら、この先彼らは無事に暮らしていけるだろうかと心配に思えてなりませんでした。(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2018年1月4日付掲載


あえて、市街地に移民や難民の支援センターをつくったってことが、理解を広めるってねらいですね。

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