きんちゃんのぷらっとドライブ&写真撮影

「しんぶん赤旗」の記事を中心に、政治・経済・労働問題などを個人的に発信。
日本共産党兵庫県委員会で働いています。

共産党 兵庫県党会議に参加

2017-02-20 11:05:49 | いろんな取組み
共産党 兵庫県党会議に参加

2月19日、高砂市内で日本共産党の兵庫県党会議が開催。

兵庫県でも野党共闘が進んでいます。
県下で活動している野党から3人の方があいさつに来られました。

野党3党代表あいさつ 社民党
野党3党代表あいさつ 社民党 posted by (C)きんちゃん
まずは、社民党を代表して宝塚市議の梶川みさおさん。

野党3党代表あいさつ 新社会党
野党3党代表あいさつ 新社会党 posted by (C)きんちゃん
次に、新社会党の神戸市会議員・あわはら富夫さん。

野党3党代表あいさつ みどりの党
野党3党代表あいさつ みどりの党 posted by (C)きんちゃん
最後に、県党会議が開かれた地元、高砂市議のみどりの党・井奥雅樹さん。

県党会議 野党3党代表
県党会議 野党3党代表 posted by (C)きんちゃん
野党3党の方と、松田県委員長、堀内衆議院議員とで頑張ろうとアピール!

県党会議 県委員長報告
県党会議 県委員長報告 posted by (C)きんちゃん
松田県委員長の県党会議への県委員会報告。


その後、県下で活動する衆議院小選挙区の予定候補者が紹介されました。
県党会議 小選挙区候補_01
県党会議 小選挙区候補_01 posted by (C)きんちゃん
右から、兵庫1区:こんどう秀子さん、兵庫2区:平松順子さん、兵庫3区:ふじたに香恵子さん。

県党会議 小選挙区候補_02
県党会議 小選挙区候補_02 posted by (C)きんちゃん
おなじく、兵庫4区:おおすぎ鉄夫さん、兵庫5区:村岡峰男さん。

県党会議 小選挙区候補_03
県党会議 小選挙区候補_03 posted by (C)きんちゃん
兵庫6区:吉岡けんじさん、兵庫7区:上田さち子さん、兵庫9区:新町みちよさん。

県党会議 小選挙区候補_04
県党会議 小選挙区候補_04 posted by (C)きんちゃん
兵庫10区:金田峰生さん、兵庫12区:堀ゆずるさん。

県党会議 堀内衆議院議員
県党会議 堀内衆議院議員 posted by (C)きんちゃん
予定候補者を代表して、堀内照文衆議院議員(近畿比例ブロック・兵庫8区予定子補)が決意表明しました。

県党会議 小選挙区候補_05
県党会議 小選挙区候補_05 posted by (C)きんちゃん
予定候補者全員で頑張ろう!しました。

昼食休憩の後、代議員、評議員の方々が発言。第27回党大会をめざして取り組んだ党勢拡大の大運動。7月31日と期日として呼びかけられた、党大会決定の全党員読了と前回総選挙時回復を目指す党員と「しんぶん赤旗」読者の党勢拡大、7月2日投票の東京都議会議員選挙での躍進目指す一大運動。その取り組みと決意が語られました。

兵庫県党の総合計画案、県党会議への報告と結語を全会一致で採択。
新しい県役員を選出して終わりました。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

究極の追随外交 日米首脳会談の危険② 同盟「さらに強化」の危険

2017-02-19 06:54:38 | 国際政治
究極の追随外交 日米首脳会談の危険② 同盟「さらに強化」の危険

「日米の役割・任務・能力の見直しを含め、日米同盟をさらに強化する」―。
日米首脳会談で発表された共同声明(10日付)はこう明記し、その「方策を特定する」ために、日米の外交・軍事閣僚で構成される日米安全保障協議委員会(2プラス2)を開催するよう指示しました。
時期としては4月からの大型連休が候補にあがっています。2プラス2の開催が早々に決定されたことで、トランプ政権が同盟強化を志向していることがはっきりしました。



北朝鮮の弾道ミサイル発射に関し記者会見する安倍晋三首相(左)とトランプ米大統領=2月11日午後、米フロリダ州パームビーチ(代表撮影・時事)

戦争法の具体化
最大焦点になるのは、2015年の2プラス2で決定された新ガイドライン(日米軍事協力の指針) や、安保法制=戦争法の具体化です。
マティス国防長官は4日の日米防衛相会談で、「ガイドラインは日本の安保法制が土台となり、今後、より多くのことを一緒にできるようになるだろう」と明言しています。
共同声明では、「テロとのたたかい」での「両国の協力強化」を明記し、安倍晋三首相は共同記者会見(現地時間10日)で「日本も積極的平和主義の旗の下、より大きな役割を果たしていく」と公約。戦争法に基づき、米側主導の「対テロ」戦争への派兵の危険が拡大します。
在日米軍駐留経費の負担増にとどまらず、日本の役割・任務拡大に伴う軍事費全体の拡大も懸念されます。
マティス長官はすでに、同盟国に対して「応分の負担」を要求。このようなトランプ政権の思惑を先取りする動きが出ています。自民党は3日、安全保障調査会と国防部会の合同会合を開き、今秋から始まる次期中期防衛力整備計画(19~23年度)の検討に向け、「防衛力強化」に向けた提言に着手。政府内では、今年6月から「防衛計画の大綱」改定に着手するとの報道もあります。(「産経」1月30日)
トランプ政権は1月27日付の大統領令で、「本土」と「戦域」の弾道ミサイル防衛能力の強化を指示。北朝鮮の核・弾道ミサイル開発を口実に、THAAD(サードロ終末高高度戦域防衛ミサイル)など、新たな装備の導入を検討し、地域の緊張を高める危険もあります。

軍学共同の推進
見過ごせないのは、共同声明に「防衛イノベーションに関する2国間の技術協力」の強化が明記されたことです。日米の軍事技術強化のために大学や研究機関の軍事動員の危険が強まったといえます。戦争法具体化、軍学共同を許さないたたかいはさらに重要になります。(竹下岳)(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年2月15日付掲載


北朝鮮が日米首脳会談を機にミサイル発射。
ここぞとばかりに日米同盟の強化を発信。
日本のさらなる軍事的負担が危ぶ場れます。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

究極の追随外交 日米首脳会談の危険① へつらい 米で厳しい目

2017-02-18 13:49:31 | 国際政治
究極の追随外交 日米首脳会談の危険① へつらい 米で厳しい目

「これだけ米大統領におべっかを使う外国の首脳は、今まで見たことがない」―。
米ニュース専門放送局MSNBCのアナリスト、デビツド・コーン氏はツイッターに10日の安倍晋三首相とトランプ米大統領のやり取りの様子について、こう投稿しました。

入国禁止を容認
同日の日米首脳会談後の共同記者会見で安倍氏は、トランプ氏について「厳しい選挙戦を勝ち抜き、選出された」と持ち上げ、トランプ氏とのゴルフを「本当に待ち遠しい気分」と語りました。
安倍首相は、米国内外から激しい非難や撤回の声が上がっているシリア難民やイスラム教圏7力国出身者の米国への入国を禁止する大統領令について質問されてもいないのに「難民・移民政策はその国の内政問題でコメントは差し控える」と事実上容認。日本政府側の説明によると、首脳会談でも大統領令はまったく話題にならず、安倍氏はトランプ氏の掲げる「偉大な米国、強い米国」を歓迎しました。



安倍首相の訪米を報じるワシントン・ポスト紙電子版

対比的に報じる
トランプ氏の大統領令には、国連事務総長、ドイツのメルケル首相、欧州連合(EU)のトゥスク大統領などから懸念の声が上がっています。米メディアは、日本の首相の姿勢について、他の国々の首脳と対比する形でその異常性を伝えました。
米タイム誌(電子版)10日付が付けた見出しは「安倍首相はトランプ大統領の心をつかむ方法を示した。へつらいである」でした。
ワシントン・ポスト紙は安倍首相について「大統領就任前にトランプ氏と会見した世界で唯一の首脳」と紹介。首脳会談で「安倍首相は億万長者のビジネスマンにおべっかを使いながら、米国が“ますます強くなること”を歓迎すると語った」と報じました。
同紙は「トランプ大統領との個人的な結び付きを強めようとする安倍首椙の強い決意は他の国の首脳とは対照的だ」と指摘しています。
ニューヨーク・タイムズ紙も「摩擦を後ろに置き、トランプ氏は安倍氏を抱擁し、緊密な関係を築けたと述べた」と、その親密ぶりに注目しています。
元外務省国際情報局長の孫崎享氏は、今回の日米首脳会談について、「国際的に見て、日本が対米隷属を優先し、いかに自分の見解を述べられない国であるかを証明した。大統領令について『コメントは差し控える』というのは隷属そのものだ」と話しています。

その“隷属”が日本の安全保障や経済にどんな結果をもたらすのか―。早くも懸念の声が聞かれます。(ワシントン=洞口昇幸)(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年2月14日付掲載


たとえ軍事同盟どうしの国であろうとも、ヨーロッパの諸国は言わなければならいことに発言する。
日本のトランプ氏への「おべっかい」ぶりはアメリカのマスコミにも異常に映る。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読者の投稿 雪の思い出 =赤旗配達・選挙活動=

2017-02-17 14:01:11 | 赤旗記事特集
読者の投稿 雪の思い出 =赤旗配達・選挙活動=

投稿募集「雪の思い出」には、新聞配達や選挙活動の苦労も多く寄せられました。まとめて紹介します。今回で「雪の思い出」掲載は終わります。

坂で動けなくなった車
待っている読者が

愛知県半田市 増間冨美子 76歳
私が15歳まで育った故郷は雪深い新潟県山古志村(現長岡市)です。雪の降る日は子どもたち20人くらいが一緒になり、小さい子を真ん中に前後を上級生が守っての登校でした。遅れまいと必死に歩いたことを思い出します。
今年1月15日の朝、大雪に見舞われました。その日は日刊紙の配達日、高齢の私たち夫婦は軽自動車で一緒に配達しています。昨夜から降りやまぬ雪に戸惑いつつ「待っている読者がいる」との思いで配達に出ました。
出かけてすぐ、踏み切り前の小さな坂で動けなくなりました。困っていたら犬を連れた男性が後押ししてくれましたがダメ。「おばあさん、もう3人ほど男を呼んでおいで」と言われ、近くの店の前で雪かきをしている男性にお願いして助けてもらいました。
あきれ顔で「早く家へ帰れよ」との注意も聞かず配達を続けましたが、およそ2時間の悪戦苦闘でした。無謀さに反省しきりです。
故郷では今もたくさんの雪の中で、たくましく暮らしているんだろうなあと、思いをはせました。




キツネが去るのを待つ
同じ所をグルグル

秋田県 藤田香織
いつまで待ってもやみそうにない雪の中を新聞配達に出かけました。目印の看板も曲がり角のお宅の赤い車もすっかり雪をかぶって見えません。見慣れた町並みはすっかり景色を変えています。
あれ、ここを曲がってはいけなかったのかと何度か引き返しました。一人っきりで迷いながら歩いていると、ふと子どもの頃、母に聞いた話が浮かびました。
母の弟(私の叔父)が雪降る中をお使いに出かけた時のこと。何時間歩いても目的地につかなかったばかりか、同じ所をグルグル歩いていることに気がついた。
キツネにだまされていると思い、まずは、落ち着いてキツネが去るのを待とうと一休み。雪がやみ、遠くにぼんやり見えるおうちを目印に無事用事を済ますことができたという話です。
叔父も私のように恐怖を覚え、キツネにだまされたと思ったのかな?いや、たんぼ道だったからもっと怖かったんだろうな。
昔話のように聞いていた話が、現実味を帯びて盛きました。

若いママさん「SOS」
バックはダメダメ

埼玉県日高市 杉田日出子 82歳
今から40年くらい前、関東地方に大雪警報が出され、外れるといいなあと思っていたら、予報どおりの大雪となり、配達を担当している、若いママさんからSOSが…。「『赤旗』日曜版を自転車で配達しきれない」と。
その頃私は自営業で、運転ができたので相棒と一緒に応援に。当時の軽自動車は今ほど大きくなく、運転もオートマでなく、マニュアルでした。
ここは七曲り、氷川神社の急坂、公民館わきとか、大変せまい道筋が多く前進のみと、変わった車の運行に読者も大笑いでした。Uターン禁止、バックはダメダメと、前へすすむだけの運行です。
坂道では私と車を激励して、3人がガンバレの唱和。自転車で30分くらいのところを3時間かかりぐったりでした。
北海道や東北、北陸地方の仲間たちは、冬の間中こうしてがんばっているのだと心の底から畏敬したものでした。

選挙カー降り時計は?
あった誰がここに

埼玉県春日部市 菅原加代子
今から7年前の春、市議選の応援で選挙カーに乗ることになりました。当日は朝から雪が降り、道路にもうっすらと積もっていました。
予定通りの応援が終了し、さて何時かなと腕を見るとないのです。45年前に初任給で購入した手動の腕時計が…。
私は夢中で雪道を暗くなるまで探し続けました。が、見つかりません。がっかりしつつ自宅へ戻りました。
数日が過ぎ、あきらめかけていたある日、駅トイレの棚に見覚えのある時計が!え~っ、誰がここへ!信じられませんでした。どうお礼をしようかと思いながら月日がたってしまいました。
雪が降ると、あの日の感動と人の温かさを思い出します。

たこのように新聞飛ぶ
豪雪地の配達思う

島根県江津市 川上テル子 72歳
「しんぶん赤旗」の早朝配達をしていますが、もう10年くらい前のことになると思います。その年の最初の配達の時、雪が降り、強風が吹いていました。
数軒目の配達時、新聞を手に車のドアを開けた途端に突風に襲われ、新聞が手から離れてアッという間にたこのように舞い上がり、飛んでいってしまいました。街灯の光に照らされた粉雪と、新聞がバラバラになって飛んでいった光景は、今でもはっきり覚えています。
配達部数に1部だけ余分が入っていることのありがたさを実感しました。それからは強風の時は特にしっかり新聞を持つことを心がけています。
雪の少ない私たちの地域ですが、豪雪の中、全国で早朝配達をしている人たちがいろいろなドラマを経験しながら配達しておられることに思いを馳せています。

200通超す投稿
今回は200通を超える応募がありました。紹介できなかったものの中には、昭和38年(1963年)の記録的な大雪「38豪雪」についての投稿が多くありました。その他「冬は毎日、馬ぞりで学校に通っていた」「大雪の中、助産師をお連れして無事、出産」「いじめを逃れて転校した豪雪地域で、人のやさしさに触れた」などがありました。たくさんの投稿、本当にありがとうございました。

「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年2月14日付掲載


雪の中ではありませんが、僕も赤旗配達中に新聞が突風で飛ばされたことがあります。
バラバラになって、回収しても、とても読者に届けられるようなものではない。
あの時も、1部余分にあって助かりました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読者の投稿 雪の思い出 =楽しくて、ちょっとほのぼの=

2017-02-16 14:47:54 | 赤旗記事特集
読者の投稿 雪の思い出 =楽しくて、ちょっとほのぼの=

投稿募集、今回は雪にまつわる「楽しくて、ちょっとほのぼのする思い出」をまとめて紹介します。

通学路の隠れた名所?
ペンギンにお辞儀

北海道帯広市 平 麗子 62歳
帯広市は内陸部にあるので冬は寒さが厳しいです。今の積雪は70センチ。朝はマイナス20度まで下がることも多く、日中でも氷点下。でも晴天が続くので雪をふんわりとまとめ、雪像作りを楽しんでいます。
お地蔵さんは毎年作ります。通学路なので子どもたちが何やら手を合わせて行きます。夜になるとアイスキャンドルに火をともします。
部活を終えた女子中学生たちが、わが家の窓に向かって「ありがとうございま~す」と大声で叫んでいたこともありました。
3月中旬になると雪はほとんど無くなりますが、最後の雪をかき集めてペンギンを作ります。そして「ご卒業おめでとう」と書いたメッセージカードも立てます。(写真)
卒業証書を手にした中学生が、ペンギンにお辞儀をするのを見て、私はかわいいなと思い、心が明るくなります。




授業を忘れて“雪つり”
楽しさがすっとぶ

東京都多摩市 花嶋恭子 73歳
静岡・伊豆半島の北部はめったに雪が降ることはない。60余年前、小学2年の冬。今までになくあたり一面まっ白に雪が積もり心わくわくした。
母から教えられた雪つり(30センチほどの糸の先に小枝を結び、それを芯に雪だんごを作り、糸を持ち新雪の上にだんごを置いていくと雪がくっついてきて雪の棒ができる)を、休み時間に友達と2人夢中になり、つくつくつくつく。
当時チャイムではなく、小使いさんが手持ちの鐘を鳴らしながら校内を巡って知らせる方式。
校舎の裏庭で雪つりに熱中している2人には聞こえるはずもなし。
なかなか帰らない児童を探しに担任は級友を出したに違いない。授業が始まっていることを知らされた私たちは、雪つりの楽しさが一気にすっとんでしまった。

授業できずウサギ狩り
南国で備えがなく

神奈川県 眞っちゃん
雪が降ると中学の時のウサギ狩りを思い出します。私の出身中学は鹿児島の吹上浜砂丘のすぐ下にありました。吹上浜は東シナ海に面していて、南国なのに雪がドサッと降ることがありました。
10センチも雪が積もると備えのない南国では、すぐ交通が混乱しました。すると山あいの集落の子たちは登校できず、半分も子どもがいないということになります。
そうすると当然授業はできず、登校した子たちは全校でウサギ狩りです。砂丘には灰色の野ウサギがいて、それを大勢の子どもたちで追いかけ捕まえるのです。
ウサギは同じルートで逃げてくるので、待ちかまえていれば捕まえることができました。ワーワーと実に楽しかった。
今ごろになって、あのウサギはどうなったかと思います。野ウサギはその頃、普通に食料でしたから、宿直室で先生が食べたという噂でしたが。今から50年以上も前の、世の中がのんびりしていた頃の話です。

浴槽に雪を入れ沸かす
水くみの手間省く

兵庫県丹波市 笹倉香 60歳
私が学章期の頃は、山の麓のような所で過ごしていたので冬になると雪が深く、よく休校になった。
そのたびに家の周りで雪遊びを楽しんだ。父親に作ってもらったそりで滑ったり、友だちとかまくらを1日かけて作ったり。その中でお餅を焼いて食べた思い出は、今思い出してもワクワクする。
そしてなんといってもお風呂に水くみをしなくてよかったこと。いつもなら20メートルほど先の井戸から天秤棒で前後にバケツをぶら下げ、水運びをするのが日課だった。水道がまだ通ってなくて、私の手伝いのひとつだったがきつかった。
でも雪が積もる冬は「ヤッター!」です。風呂場の窓から手を伸ばせばちょうどいい所までの積雪で、それを浴槽に洗面器でどんどんいっぱいにする。その雪を水がわりにして薪で風呂を沸かした。もちろん熱すぎた時は窓から雪で加減した。
大雪は大変だけど、子どもの頃の私にとっては楽しかった思い出が多い。今?今は雪かきで腕、足腰に湿布が必需品です。

54年になる結婚式の日
雪かきしていた夫

愛知県豊川市 三谷トミ 75歳
昭和38年(1963年)3月14日、私の結婚式でした。都会には珍しい大雪が前日に降って、あたり一面、真っ白に積もっていました。
朝起きてびっくり。結婚式は午後からでしたが花嫁はいろいろ支度もあり、午前中から式場へ行くために彼の家(近所でした)の前を通っていかなければならないのです。私が通りかかった時に彼が綿入れはんてんを着て、長靴姿で通りを雪かきしていました。
あと数時間で夫婦になる2人でしたが、何となく気恥ずかしく「行ってきま~す。あとでむこう(式場)でね」と声をかけて、急いで通り過ぎました。
結婚記念日になると、あの雪の日を思い出します。もうすぐ54年になりますが、雪のキラキラ輝いていた中で雪かきをしていたことを、夫は覚えているのでしょうか。懐かしい思い出です。

「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年2月10日付掲載


子どもの頃、たまに雪が積もると、喜んで遊んだものですが「雪つり」って遊びは初めて知りました。
楽しそうですね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読者の投稿 雪の思い出 =戦前編=

2017-02-15 15:29:56 | 赤旗記事特集
読者の投稿 雪の思い出 =戦前編=

投稿募集「雪の思い出」には、戦争中の出来事が多く寄せられました。「雪と戦争」に関する投稿を紹介します。

峠で動けず誰か誰か…
青年は妹おぶって

大阪府吹田市 小阪陽出子 86歳
金沢駅から七尾線に乗り換え、穴水駅に着いたのは午後も薄暗くなりかけた5時ごろであっただろうか。北陸の冬はどんよりと暗く、小雪がちらついていた。
私と妹弟の3人は終バスに乗り遅れ、これから日本海の海沿いの村まで27~28キロはあるだろう疎開していた叔母の家まで、歩いて行くことになった。もう70年も前のこと。日ごろの栄養不足を解消すべく食糧調達のためである。
朝まで降っていた雪が道の両側に積もっている。人家が途絶えると山道だ。長い峠道を越えなければ目的の村にたどり着けない。私たちの足は疲労のため動きが鈍くなってきた。
突然、妹がフラフラと雪道に座り込んでしまった。私は必死で抱きかかえ、引きずり、声をかけながらしばらく歩くが、また動けなくなる。峠の山中である。誰か、誰か…と心は動転するばかりである。
と、そこへ雪明かりの中から一人の青年が歩いてくるのが見えた。助かった!この時ほど安心と同時に涙が流れたことはない。彼は妹をおぶって峠を越えてくれた。
小雪の降る寒い日には、あの飢餓時代の苦しい思い出と共に、助けてもらった青年を思い出す。




2・26事件銃声きいた
雪かき中に恐怖が

東京都小平市 古賀牧人 87歳
銃声が響いてきた。1936年2月26日は大雪だった。23日の40弛ン近くの積雪に26日朝からの新雪が降り積もった。当時7歳だった。
小石川植物園近くに住んでいて、早朝から仲間と雪かきをしていた。そこへ「反乱軍が大蔵大臣、教育総監を殺害、戒厳令が敷かれた」と伝えられ、恐怖に襲われた。
勤めに出かけた近所の銀行員や大学教授、官吏が朝9時ごろ戻ってきた。「軍隊の出動で、市電は都心に入れない」と話しているのを聞き、やっぱり銃声だったと思った。
翌年から日中戦争、アジア太平洋戦争へと惨苦の8年間が続き、事件の内容が明らかになったのは戦後になってからであった。大雪が降ると、2・26事件を思い出すのである。
いま再び戦争への暴走が始まっている。だが当時との決定的違いは平和憲法をもっていることである。ファシズムを繰り返してはならない。

疎開先で体験した初雪
シャツー枚に驚く

埼玉県川口市 小出錦一郎 80歳
1944年11月29日と思いますが、東京・神田錦町に住んでいたところ、夜の11時ごろ、周りが騒がしいので目を覚まして窓の外を見ると、自宅前の道路から向こうの家々がなくなっていました。
焼夷弾によって昼間のように明るく、目の前の橋本製本や正面の床屋さんも焼けていました。
急きょ田舎への疎開の話が持ち上がり、父の兄が直江津市(今の上越市)に住んでいたことから、祖父、母と子ども5人で疎開することになり、12月初旬に移りました。
引っ越した翌日、大雪となり、2階の窓から出入りすることになりましたが、これが私の雪との初めての出合いでした。
私が小学生2年でしたが、今一つの驚きは、転校した時、講堂で遊んでいた同じくらいの生徒が、シャツー枚で跳びはねていたことです。

「戦争終わるといいね」
先生の言葉が今も

東京都足立区 荻野昌江 80歳
小学校1年生の時、母が入院していたので、三つ上の姉と2人で東京から父の郷里の富山県に疎開した。
その年は有数の豪雪だった。家のまわりは雪におおわれ、玄関から雪の階段を上がり、上級生がわらぐつで雪を踏んで作った道を一列になって2キロの道を歩いて学校に行った。
いつもの道は、はるか下にあり、ふだんは手の届かない木の枝にさわることができたほどの積雪だった。
そんな中、いつになっても忘れられない雪の日の思い出は、親と離れている私たち姉妹に、薪をくべながらストーブのそばで「早く戦争が終わって、お父さん、お母さんと一緒に暮らせるといいね」と言いながら、ひびやしもやけに薬をつけてくださった担任の先生のことだ。
何十年たっても、雪を見ると、私はそのことを思い出す。

「父戦死」知らせに号泣
懸命に働き生きた

神戸市須磨区 越路京子 77歳
72年前のことを、きのうのように鮮明に思い出す。
その日、父が戦死の知らせが来て、母も姉も弟も家にいない部屋で泣いて泣いて、その涙で障子に穴をいくつもあけて外を見ると、大きなぼたん雪が降っていた。積もる様子を泣きながら見続けたこと、その後も一人の時によく泣いていた6歳でした。
母を助けて田畑での手伝いをよくしたものです。みんな一生懸命に働いて生きてきた。季節の行事のおはぎ、ひし餅、かしわ餅、おかきなど、いつも手作りでおいしいものでした。
今、母は102歳です。宅老所でお世話になっています。父の分まで生きてくれて、本当にうれしくて私は幸せです。
こうして元気でいられるのも、母さんのおかげと感謝の気持ちでいっぱいです。お母さんありがとう。


「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年2月6日付掲載


戦時中に疎開先で、「早く戦争が終わって、お父さん、お母さんと一緒に暮らせるといいね」言ってくれる先生。
なかなか良い先生だったんですね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

小田原人権侵害ジャンパー事件 背景に配慮欠けた保護行政

2017-02-14 13:12:40 | 政治・社会問題について
小田原人権侵害ジャンパー事件 背景に配慮欠けた保護行政

市役所職員が「保護なめんな」などとプリントしたジャンパーを着用しながら生活保護受給者宅を訪問していた―。神奈川県小田原市の人権侵害ジャンパー事件が波紋を広げています。ことの本質は何か。背景は。現場を歩き、関係者の声を聞きました。
(内藤真己子)


職員欠員多い/専門研修もなし
保護行政と異質

「生活保護・悪撲滅・チーム」を意味する「SHAT」と背中に大書したジャンパーを着用しての家庭訪問は「本来の保護行政とは相いれない」と話すのは下村幸仁山梨県立大学教授です。20年間、広島市の生活保護ケースワーカーでした。
「訪問では近隣の住民に市職員と分からないように気遣い、受給者の人権やプライバシーを最大限に尊重するものです。今回の事件の背景には、職員に受給者への侮蔑的な考えがあったのではないか」と指摘します。
ジャンパー着用は、「本来、住民の人権と暮らしを守るべき立場の公務員が、集団で利用者を侮蔑し威嚇する行為です。市民や利用者の生存権を踏みにじるもので許されることではない」と話すのは、全国生活と健康を守る会連合会の安形義弘会長です。
厚生労働省の生活保護業務の指針とされる「生活保護手帳」では、職員に「要保護者の立場や心情を理解し、その良き相談相手であること」を求めています。安形氏は「今回の小田原市職員の行為はこれらにすべて抵触している」と批判します。



「生活保護・悪撲滅・チーム」を意味する「SHAT」のローマ字と、「不正に利益を得ようとする者はクズだ」などの英文が書かれたジャンパー

生存権守る立場で解明を
発端の傷害事件

同市生活支援課によるとジャンパー着用の発端は2007年、60代(当時)の男性が同課窓口で起こした傷害事件でした。ジャンパーは事件後、「職員の連帯感やモチベーション(意欲)を高めるため」(同課)作成されたといいます。
同課によると、当時市内のアパートで生活保護を受給していた男性は家主に賃貸契約の更新を断られていました。同課は無料低額宿泊施設を紹介しましたが男性は入所を断りました。その後、職員がアパートを1回訪問しましたが男性とは会えず、アパートの入居契約が切れたため同課は男性を「居住実態不明」と判断。保護を廃止にしました。アパートには男性の家財道具が残されていました。
翌月、保護費が金融機関の口座に振り込まれないことにいぶかった男性が同課を訪れ、傷害事件を起こしていました。
「暴力行為は絶対に認められない」としながらも同市の対応に異議を唱えるのは、東京都内の自治体の生活保護に関わる職場で働く田川英信さんです。「住所不定になったからと、様子も見ずにすぐに保護を廃止したのは疑問。利用者の立場に立って慎重で丁寧な対応が求められていたはずです」
同市では2012年、就労収入があり保護が停止された受給者が、市役所庁舎で自殺する事件も起きています。



ジャンパーのほかにも「SHAT」の文字入りポロシャツや半そでシャツを業務で着用していたことを明らかにする小田原市職員=2月9日、神奈川県小田原市役所

制度学べぬ体制
背景に何があるのか。

関係者が指摘するのは担当職員の欠員や多忙、研修不足です。
社会福祉法では担当世帯の標準数を市部は80世帯と定めます。同市は欠員が常態化し、1人で100世帯以上を担当。新人が先輩について実務を学ぶだけで、生活保護法を学ぶ研修を行っていませんでした。
今後同市の生活保護行政に求められるものは何か。大阪市の元生活保護ケースワーカー、中山直和さんは「社会福祉士なり専門職の配置とともに、欠員を解消し、憲法25条にもとついた生活保護法・制度を学べる職場体制が必要だ。それは同市だけでなく大阪市も含め、多くの自治体の課題だ」と話します。
全生連の安形会長は強調します。「市は有識者らの『検討会』で、保護行政を検証し改善策をまとめると決めたが、そこでは利用者の声も聞き、生存権を守る立場から徹底した解明を行ってほしい。そのうえで再発防止策をたて速やかに市民に明らかにするべきだ」。

「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年2月12日付掲載


最後のセーフティーネットとしての生活保護行政の重要性を学ばないままなら、単なる「業務」として、いかに効率的に、いかに予算を抑えて生活保護行政をする事になる。
そういう職員はかわいそうである。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

しんぶん赤旗のスナップ 近くの三猿

2017-02-12 10:50:23 | 政治・社会問題について
しんぶん赤旗のスナップ 近くの三猿



沼里敬士(77)=岩手・滝沢市=
近くの石屋さんの前の三猿(さんえん)は、「今をよく見、過去をよく聞き、未来にきっぱり戦争はだめ!と言え」と。

「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年2月12日付掲載


この石屋さんの心意気は良いですねえ。
「聞く猿、見る猿、言う猿」
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

この節分、「トランプは外」で―アメリカ新大統領就任に思う―同志社大学大学院教授 浜 矩子(のりこ)さん

2017-02-09 13:37:59 | 国際政治
この節分、「トランプは外」で―アメリカ新大統領就任に思う―
同志社大学大学院教授 浜 矩子(のりこ)さん


トランプ米国大統領が誕生してしまった。筆者は今、トランプさんをトラパンさんと呼ぶことにしようと決意を固めつつある。なぜなら、彼のことが、どうしてもトラの皮のパンツを履いた鬼さんにみえてしまうからである。ばっちりスタイリングされたヘアの間から、角がにょきっと生えている感じもある。



アメリカの魂の荒廃
トラパン男をホワイトハウスに送りこんだものは何か。それは、アメリカの魂の荒廃だ。かつて、「アメリカンドリーム」といえば、それは外に向かって開かれていて、大らかで伸びやかなアメリカ精神を象徴する言葉だった。誰でも、どこからでも、いつでも、アメリカにおいでよ。みんなの夢が叶う場所。それがアメリカだ。アメリカ人たちが胸を張ってそう謳い上げ、そう謳い上げられる自分たちを誇りに思っていた。この精神をしっかり持ち続けていかなければいけない。そのような気概にも満ちている。それが、アメリカ的心意気だったはずである

格差・貧困の根底は何か
この清新さをアメリカから奪ったものは何なのか。ここで注意しておかなければいけないことが一つある。それは、この「何なのか」という問いかけへの答えが、決して「それはグローバル化だ」という風になってはいけないということだ。グローバル化は単なる現象だ。それが、格差や貧困を呼び込む諸悪の根源だと思い込んではいけない。問題なのは、グローバル化という現象に対する国々の対処の下手さだ。グローバル化に便乗して我欲を丸出しにする人々の不見識だ。
ここを峻別しないで、「反グローバル」のノロシを上げると、トラパン男とその仲間たちの術中にはまる。そして「アメリカ・ファースト」だの「強い日本を取り戻す」といった類の国粋主義の雄叫びに惑わされてしまう。



ドナルド・トランプ氏の大統領就任に抗議する「女性のマーチ」で声をあげる人びと(米・マイアミ)

グローバル時代を共生・包摂の時代に
グローバル時代を、善良で賢い市民たちの国境を越えた共生の時代にしなければいけない。そして、人種・国籍を超えた包摂の時代にしなければならない。多様なる者たちが幅広く抱きとめ合う。そのようなグローバル時代を、我々はトラパン的なるものから守り抜かなければいけない。
日本の我らが最も警戒すべきことは何か。それは、「強い日本を取り戻す」男が一段と勢いづくことだ。アメリカが面倒を見てくれないなら、日本が自衛力を強化するしかありませんよね。この論理で戦争が出来る国への道をひた走る。この姿勢がさらに前のめりになって行くことを許してはいけない。

希望の核心―声をあげる市民たち
アメリカをこれ以上の魂の荒廃から救うには、どうしたらいいのか。希望の核心はどこにあるのか。それは、アメリカ内外で反トランプの声を上げる市民たちの存在だ。息長く、粘り強く、我ら市民たちが声を上げ続ける必要がある。それこそ、グローバルな連帯を持って分断と排外の政治に「否」をつきつける。この声が絶えない限り、希望はある。この声こそ、希望の音色だ。
(はまのりこ)

「全国革新懇ニュース」2017年2月10日付掲載


トランプを大統領に押し上げたのは、皮肉にも米国民に広がった格差と貧困だった。
「グローバル化」を、善良で賢い市民たちの国境を越えた共生の時代に。人種・国籍を超えた包摂の時代に。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

韓国カジノ 地域崩壊まざまざ わたなべ結衆院候補 視察リポート

2017-02-08 13:56:42 | 政治・社会問題について
韓国カジノ 地域崩壊まざまざ わたなべ結衆院候補 視察リポート
町起こし委員会職員も「代替産業にならない」


日本共産党の、わたなべ結衆院候補(比例近畿ブロック、大阪3区)の韓国・カジノ視察リポートを紹介します。

大阪はカジノ誘致の有力候補地です。今国会で実施法をつくらせないために、急いで「カジノあかん」の世論を広げる必要があります。
そのために、2月1日から3日間、韓国国内で唯一、韓国人が入れる江原(カンウォン)ランドに視察に向かいました。主にカジノ視察、賭博中毒の対策をしている「賭博中毒管理センター」(国が設置)と「賭博中毒センター」(江原ランドが設置)、町起こし事業をしている「サブ村共同推進委員会」と懇談するためです。



サブ村共同推進委員会と懇談する、わたなべ結さん(右)


韓国・江原ランドの全景

IRごまかしだ
江原ランドは、ホテル、シヨッピング、スキー場なども併設しているIR(統合型リゾート)です。しかし、懇談の中でも「IRというのはごまかしだ」という言葉が先方から出されたように、収益の9割方がカジノであり、カジノがなければ成り立ちません。
カジノが入るきらびやかな建物は、ソウルから車で約3時間半、マイナス10度の雪山の中に建っていました。周辺には車の絵を掲げた質屋やマッサージ店が軒を連ねるという、他の娯楽施設にはない特異な光景が広がっていました。私がカジノに入場したのは水曜日の夜8時頃。平日にもかかわらず入場口には列ができ、入場者数は約4000人と掲示がありました。平日は平均6000人、週末になると約1万人が訪れるそうで、その95%が国内客、多く、がソウルから何時間もかけてやって来ると聞きました。入場料はかかりますが、一度入れば、甲子園球場の3分の1の広さの中で、朝10時から翌日の朝6時まで何時間も賭け続けられるわけです。スロットは空いている台がなく、予想外の盛況ぶりにため息をつきました。
こうした環境の中で生み出されるカジノ賭博中毒の罹患(りかん)率は、競馬や競輪など他の賭博よりも高く59・2%、10人に6人にもなると説明されました。賭けた結果が短時間で出るためです。「賭博中毒センター」での懇談の最中には、「早く入れてよ!」と大声で泣き叫ぶ女性の声が聞こえてくる場面もあり、深刻さの一端を垣間見て、胸がつまりました。
同時に、どの懇談でも深刻な問題として強調されていたのは、カジノによる破産、離婚、自殺、青少年への影響などによって、地域社会が壊れてしまう問題です。もともと、江原ランドがあるチョンソン郡は、1960年代から80年代まで炭鉱の町として栄えました。しかし、石油に取って替わられる中で衰退し、政府がカジノ誘致を提案し、2000年に設置された経緯があります。「サブ村共同推進委員会」によると、元鉱員が江原ランドに雇用される面もありましたが、その一方で住民の中に賭博中毒が広がり、青少年の犯罪率は全国平均の3倍に上り、働くことへの価値観が変わってしまったといいます。

大阪には弊害大
「カジノ廃止は選択肢にありますか?」という問いに、職員の方は、「カジノができても人口は減ったまま。代替産業にならないとわかった。将来、カジノ『縮小』を打ち出していきたい」とおっしゃっていました。ただ、新たな代替産業の対案がなく、完全に無くすのが難しい「必要悪」だというのです。日本の原発や米軍基地問題と重なりました。
どの懇談の場でも、「なぜ大阪にカジノをつくるのか理解できない」「大都会につくる弊害は大きい」と言われました。視察では、一度カジノをつくってしまえば、地域社会が壊され、依存せざるを得ない状況に追い込まれる危険が浮き彫りになりました。実際にそうした状況を体験されている方々の重い言葉を聞いて、まともな街づくりや経済成長のためには「つくらせない」ことが一番であると確信を深めました。実施法をつくらせない今のたたかいが非常に重要です。ストップするために、力を尽くします。

「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年2月8日付掲載


カジノの賭博依存症の罹患率59.2%は衝撃的な数字ですね。
いったんカジノをつくったら、賭博をする人だけでなく、自治体も抜け出せなくなるという。自治体まで賭博依存症に…

コメント
この記事をはてなブックマークに追加