ジャーナリスト武田徹氏の「反原発と推進派、二項対立が生んだ巨大リスク」(日経ビジネスオンライン2011年3月30日)は、なかなか興味深い論考だ。
ルーマンのリスク論、ロールズの正義論、さらに憲法草案作成時のホイットニー発言を参照するなど、その教養の広さに感心させられるとともに、なぜ福島第一原発が6基なのか、その背景に、ゲーム理論をあてはまるなど、知的興味をそそる論考である。
しかしながら、日本の原発政策の問題点を、反対派と推進派の2項対立から読み解く、武田氏の論理展開は重要な点を見落としている。
氏は、「反対派と推進派が互いに不信感を持って一歩も引かずににらみ合ってきた構図が原子力発電のリスクを拡大してきた」と論断する。
だが、原発政策に関しては、この二つの立場だけが存在したいたわけではない。たとえば、海外の新聞やネットでも、日本共産党が今回の事件を予見していたと話題になっているが、その共産党は必ずしも原発反対派とはいえない。原子力の平和利用を肯定しつつ、政府、電力会社の安全軽視の原発政策を批判するというのが党の基本的スタンスである。それは彼らのHPを参照すれば一目瞭然である。
問題の責任は、そのような第三局を主張する共産党の指摘に何ら耳を貸さなかった電力会社、経済産業省にあり、脱原発派にその責を負わせるのはまったく見当はずれである。
にもかかわらず、そのような第三局の存在を無視するのは何故であろうか。これだけの教養を持つ武田氏がまさかその事実を知らないはずはないだろう。
自己の論理図式を防衛するためには、あえてそれにあてはまらない事実や情報は見ないことにする。それがジャーナリストの悪しき習慣であることは以前から指摘されてきた。これまでジャーナリストの在り方を批判してきた武田氏自身がその悪癖におちいってしまったことはきわめて残念である。

ルーマンのリスク論、ロールズの正義論、さらに憲法草案作成時のホイットニー発言を参照するなど、その教養の広さに感心させられるとともに、なぜ福島第一原発が6基なのか、その背景に、ゲーム理論をあてはまるなど、知的興味をそそる論考である。
しかしながら、日本の原発政策の問題点を、反対派と推進派の2項対立から読み解く、武田氏の論理展開は重要な点を見落としている。
氏は、「反対派と推進派が互いに不信感を持って一歩も引かずににらみ合ってきた構図が原子力発電のリスクを拡大してきた」と論断する。
だが、原発政策に関しては、この二つの立場だけが存在したいたわけではない。たとえば、海外の新聞やネットでも、日本共産党が今回の事件を予見していたと話題になっているが、その共産党は必ずしも原発反対派とはいえない。原子力の平和利用を肯定しつつ、政府、電力会社の安全軽視の原発政策を批判するというのが党の基本的スタンスである。それは彼らのHPを参照すれば一目瞭然である。
問題の責任は、そのような第三局を主張する共産党の指摘に何ら耳を貸さなかった電力会社、経済産業省にあり、脱原発派にその責を負わせるのはまったく見当はずれである。
にもかかわらず、そのような第三局の存在を無視するのは何故であろうか。これだけの教養を持つ武田氏がまさかその事実を知らないはずはないだろう。
自己の論理図式を防衛するためには、あえてそれにあてはまらない事実や情報は見ないことにする。それがジャーナリストの悪しき習慣であることは以前から指摘されてきた。これまでジャーナリストの在り方を批判してきた武田氏自身がその悪癖におちいってしまったことはきわめて残念である。









