東京大学入試地理B

東京大学入試問題(前期)地理Bの問題・解答・解説。2006年・2007年の2年分。

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東大地理B第2問設問B

2006年09月11日 | 東京大学
東京大学2006年前期地理B第2問設問B

設問B 日本の森林の4割は人工林である。下の図は、植林してからの年数を5年ごとに区分した日本の林齢別の人口面積の推移と、日本の木材供給量の推移を示したものである。
(1)1960年代以降の各年に植林された面積の変化を30字以内でのべよ。
(2)1980年代以降の人工林の伐採面積と人工林の林齢の動向について、60字以内で述べよ。
(3)人工林の林齢別面積が2002年にこのような形になった理由について、次の語句を使用して、90字以内で述べよ。
 【輸入自由化  木材価格】




第2問設問Cに続く
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解答設問B
(1)1960年以降は毎年植林の積が減少し、その減少割合も増大した。
(2)植林が大きく減少したので、若い林齢の森林面積が減少した。老林齢の森林伐採が進まず、老林齢の森林面積が増加した。
(3)1960年に木材の輸入が段階的に自由化されると、海外からは木材価格の安い木材が大量に輸入され、。安価な外国材の供給量が増えた。国産材は人件費・輸送費が高く、木材価格が高く、外国産材に対抗できなかった。
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解説
設問B
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(1)
1.木材の段階的輸入自由化(1960~69)
◆人工林の植林のグラフについて
1960年に植林した森林面積を、分かりやすいように緑色で示す。60年林は伐採適齢期を過ぎても、伐採されずに残っている。また、60年林以降は、新たな植林面積が減少し、その減少割合も大きいことが分かる。つまり、60年をピークにして、植林も伐採も減少し、国産材の使用量が減っている。
◆国産材・外国産材供給量推移のグラフについて
グラフ内の斜線は単なる装飾であり、何の意味もない。しかし、国産材と外国産材の斜線の連続・不連続で、何らかの意味のありそうな斜線に見える。非常にまずいグラフである。
このグラフは木材価格の高い国産材の供給量が減り、木材価格の安い外国材の供給量が増えたことを示すグラフである。斜線は不要な装飾である。
1960年代から日本では、木材の輸入自由化が拡大し、それに歩調を合わせ、外国産材の輸入が増加した、というグラフである。

2.フィリピン産ラワン
ラワンとはフタバガキ科の総称である。高木・硬木であり、現地では利用されなかった。日本でラワン丸太を輸入して、建材用合板をつくった。
1960年代の最大の輸入先はフィリピンであった。フィリピン産の安価なラワン丸太を、日本国内の製材工場でベニヤ(合板)に加工した。日本産木材よりもはるかに安くて丈夫なので、建築材料として盛んに使われるようになった。しかし、フィリピン産ラワンは、1960年代末には伐採可能な沿岸地域では枯渇して、日本の大量輸入は困難になった。

3.インドネシア産ラワン
1970年代はインドネシアのラワンを丸太で輸入し、日本国内で加工した。価格が安い上に、厚さ・大きさが自由自在であった。さらに表面にプラスチック薄膜をはり合わせ、さまざまの模様の新建材もつくられた。新建材は火災の時には強い有毒ガスを発生させる危険があっても、日本国内では大流行した。インドネシア産ラワンが枯渇して輸出価格が上がると、日本の製材業者は輸入先をマレーシアに変えた。


4.マレーシア産ラワン
1980年代に、ASEANの工業化が始まった。マレーシアは最初のうちはラワン原木(丸太)を日本に大量に輸出していたが、マレーシア国内の木材関連産業の工業化を進めるため、日本への輸出量を急激に減らした。
日本の木材加工業者にマレーシアに進出するように求めた。いつくかの日本の加工業者がマレーシアに進出、工場を建設した。マレーシアで合板・建材が大量に生産されて、日本に輸出された。マレーシア側の収入は、丸太の輸出よりは確実に増えた。しかし安価なマレーシア産の合板・建材の輸入増加のため、日本国内の木材加工業の多くは倒産廃業となった。
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(2)日本の森林の荒廃
1.森林の高齢化、林業労働者の高齢化
植林もしないが、伐採もしない、放置されたままの森林割合が増えた。40年前後の一番価値のある木材を伐採売却しても赤字であった。
一方、森林労働者は木材価格の低下のため、森林を放置したまま、他の仕事に従事する方が、現金収入が多かった。国産材価格の低下は、安価な輸入木材のためであり、林業労働者の努力では解決できる問題ではなかった。


2.国有林野事業の赤字
国有林は営林署の管理であった。林業従事者を雇い入れて植林・伐採・森林の手入れをして、国有林を守り、高品質の木材を国内市場に供給してきた。
しかし、1960年代に山村の過疎化が急激に進んだ。山村の林業労働者は都会の工場労働者として高い賃金を得ていた。営林署の雇う森林労働者が急激に減った。
営林署は林業の合理化のために観光道路兼用のスーパー林道を全国に建設し、作業の機械化を試みたが、林道建設は自然破壊そのものと厳しく批判され、林道建設は中途半端に終わった。国有林野事業の壮大なムダであった。
手入れのされない国有林は荒廃し、樹木の価値は低下した。国有林野事業は大きな赤字をつくった。営林署は統廃合され、ますます国有林の管理が困難になった。



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総括
グラフの斜線が悪い。誤解の原因になる。
日本の材木の値段が高いのは、1本2本ずつヘリコプターで運ぶからである。苗は道路がなくても背負って運べたが、50年後、成木は背負っては運べないのである。長期的視点を欠いた、戦後日本の林野行政の結果、日本の森林は荒廃した。特に、建築材を生産する人工林が荒廃した。

  





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