神戸の空の下で。~街角の歴史発見~

足かけ8年、150万PV突破。「近畿の史跡めぐり」のサブタイトルも、範囲が広がったために少し変更しました。

明石・明石神社。

2008年06月04日 | □兵庫県 -播磨(姫路以外)


明石神社

(あかしじんじゃ)
兵庫県明石市上の丸1



荒廃し、再建が進められる社殿。明石市の指定文化財である明石城太鼓が置かれています。


〔御祭神〕
徳川家康公
(とくがわいえやすこう)
松平直明公
(まつだいらなおあきらこう)
松平直常公
(まつだいらなおつねこう)
豊受大神
(とようけのおおかみ)
金山彦大神
(かなやまひこのおおかみ)


 明石城公園の東に位置する明石神社は、明石藩の第9代藩主・松平直常公が、祖父で越前松平家の始祖である松平直良公、その末子で本多政利公に替わって1682(天和2)年に第8代藩主の座に就いた父・松平直明公、松平直良公の祖父で江戸幕府の初代将軍・徳川家康公を祀った祠を明石城の城内に建立したのが始まりといわれています。

 1682(天和2)年創建と伝えられていますが、松平直常公が創建したという話が正しいとすれば、松平直常公が家督を継いで第9代藩主になった1701(元禄14)年以降の創建とも考えられます。この祠は松平家の守護社として祀られ、一般民衆が参拝することは許されていませんでしたが、1871(明治4)年になって廃藩置県によってこの禁制が解かれ、一般の人々も参拝することができるようになりました。

 この祠は、1886(明治19)年4月には「明石神社」という名が付けられて人々の崇敬を集めていましたが、1898(明治31)年に明石城一帯が御料地となったことから移転計画が進められ、20年経った1918(大正7)年に現在地への遷座が行われました。この時に人丸山にあった護穀神社が合祀され、豊受大神金山彦大神も共に祀られるようになったそうです。




拝殿部分は瓦葺き、本殿部分は銅板葺きになっています。


 明石神社は1995(平成7)年1月の阪神・淡路大震災で社殿や能舞台が半壊し、長らく手付かずのまま荒れるに任せた状態が続いていました。ここを訪れた当時は写真でご紹介したような状態で、資金面での折り合いがつかずになかなか再建が進んでいなかったのですが、2006(平成18)年に明石市から危険な建築物として撤去命令が出たのを機に改めて再建計画が練り直され、鉄筋コンクリート造の新社殿を建てるべく工事が進められています。



 
鬱蒼と茂る緑に覆われた手水舎(左)と参道(右)。現在は社殿の再建工事中です。



アクセス
・JR「明石駅」下車、北東へ徒歩8分
・山陽「明石駅」下車、北東へ徒歩8分
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拝観料
・無料

拝観時間
・常時開放


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