神戸の空の下で。~街角の歴史発見~

足かけ8年、150万PV突破。「近畿の史跡めぐり」のサブタイトルも、範囲が広がったために少し変更しました。

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京都・伏見稲荷大社。

2008年12月29日 | ◇京都府 -洛南
五穀豊穰・商売繁盛・交通安全


伏見稲荷大社

(ふしみいなりたいしゃ)
京都市伏見区深草薮ノ内町68

神仏霊場京都 楽土の道・第43番札所
全国4万余りの稲荷社の総本社


通 称
お稲荷さん




巨大な赤鳥居の先に全国4万ある稲荷社の総本宮・伏見稲荷大社が鎮座しています。



〔御祭神〕
宇迦之御魂大神
(うかのみたまのおおかみ)



 全国には「稲荷神社」と名のつく神社は大小併せて4万社を優に超えるといわれており、我が国に数多ある神社の中でもその数は群を抜いています。その全ての稲荷神社のルーツ、つまり総本社がここ伏見稲荷大社なのです。1300年もの長い歴史を持つ伏見稲荷大社は商売繁盛の神さまといわれており、正月3ヶ日にはその御利益を求めて実に270万人もの初詣客で賑わいを見せます。ちなみに270万人という参拝者数は関西で最も多く、全国でも4番目の多さを誇っています。

 奈良時代に発生したといわれている稲荷信仰は、その頃山城国一帯に勢力を伸ばしていた渡来系の秦氏が、自分たちの氏神である農耕神を祀ったのが始まりといわれています。「稲荷」という言葉は「稲生り(いねなり)」が転じて出来たものだといわれており、農耕を始めとした諸産業の発展と、一族の繁栄を願って秦氏が行っていた祭祀が、秦氏の勢力拡大に伴って各地に広がっていったと考えられています。





豊臣秀吉公が寄進したと伝えられる楼門(左)と、その奥に立つ外拝殿(右)。

1499(明応8)年に再建された「稲荷造」の本殿(左)と、その右手に立つ神楽殿(右)。



 稲荷山全体を神域とする伏見稲荷大社は、農耕神である宇迦之御魂大神を主祭神とし、佐田彦大神大宮能売大神田中大神四大神を配祀しています。927(延長5)年に編纂された延喜式神名帳において名神大社に列せられた名社で、1871(明治4)年には官幣大社に列せられています。その創建は古く、711(和銅4)2月7日の初午の日に、勅命を受けた秦伊侶具が、古来より神域といわれていた「伊奈利山」の3つの峰に祠を建てて御祭神を祀ったのが始まりとされています。

 創建にまつわる伝説によると、非常に裕福だった秦伊侶具が、豊富に所有していた稲から餅を作って弓矢の的にするなどの遊びに興じていたところ、不思議な事にその餅は白鳥に姿を変えて稲荷山へと飛び去り、舞い降りた山の峰に稲が生じたといいます。食物を遊興の道具に用いたことを反省した秦伊侶具は、それにも関わらず再び稲を実らせてくれた御神徳に報いるために神社を創建したといわれています。





伏見稲荷大社といえば「千本鳥居」。びっしり立ち並ぶ朱塗りの鳥居は壮観です。

千本鳥居を抜けた先にある奥宮参拝所(左)と、「おもかる石」(右)



 稲荷神には、かの弘法大師空海も厚い崇敬を寄せていたと伝えられています。823(弘仁14)年に嵯峨天皇より東寺を賜った空海は、その4年後の827(天長4)年に稲荷神を勧請して東寺の鎮守神と定めています。今も、東寺の北東には伏見稲荷大社御旅所が鎮座するなど、その名残りが残されています。942(天慶5)年には正一位の神格を賜り、1072(延久4)年には後三条天皇が行幸されるなど、貴賎を問わず稲荷信仰は広がりをみせていきました。

 人々の崇敬を集めて繁栄していた伏見稲荷大社も、京都を中心に繰り広げられた応仁の乱の戦火に巻き込まれ、大きなダメージを受けました。西軍の糧道を断つために東軍が要害の地である稲荷山に陣を構えたため、この地も両軍の激しい戦闘の場となってしまい、1468(応仁2)年3月21日はに全山が火に包まれて、山上・山下を問わず社殿は悉く灰燼に帰してしまうという悲劇的な結末を迎えました。その年の末には仮殿が設けられ、かろうじて祭祀は続けられていきましたが、本格的な復興には30年以上の月日を要する事となります。全国を勧進して集められた資金をもとにようやく本殿が完成し、遷宮祭が行われたのは1499(明応8)年11月23日。しかしながら、この時には古来より祭祀が行われていた山上の上社と中社の復興までは及ばず、現在本殿がある下社の周辺のみが復興されるにとどまりました。





稲荷山の中腹に立つ熊鷹社(左)と、その前に広がる新池(右)。



 稲荷山全体が神域とされている伏見稲荷大社には、麓から山上まで氏子の皆さんから奉納された1万基以上の鳥居が所狭しと並んでいます。行程約4kmのお山巡りには2時間以上を要しますが、標高233mの稲荷山の最高峰に建つ上之社中之社下之社をはじめ、行方不明になった人を探す時に池に向かって手を打ち、こだまが返ってきた方向に行くと手懸りが掴めるという伝説のある新池、清冽な清水が流れ落ちる清瀧や、眼病に聞くといわれる眼力社、無病息災を祈願する薬力社など、数多くの社殿が鎮座していますので、余裕のあるスケジュールで、山上の景色を愉しみながらゆっくりと参拝される事をお勧めします。





三ノ峯の下之社(左)と、二ノ峯の中之社(右)。

一ノ峰の上之社(左)と、稲荷山の北麓にある「眼力社」(右)。


アクセス
・JR奈良線「稲荷駅」下車すぐ
・京阪電車「伏見稲荷駅」下車、東へ徒歩5分
(※車で参拝される方:年末年始には交通規制が行われますので、公式サイトでご確認ください)
伏見稲荷大社地図 Copyright:(C) 2011 NTT Resonant Inc. All Rights Reserved.


拝観料
・無料

拝観時間
・常時開放

公式サイト




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2 コメント

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はじめまして (柴田)
2009-01-06 13:53:45
はじめまして!熊本の柴田と申します。
京都の風景を検索していて貴ブログに辿り着きました。素晴らしい写真ばかりで時間の経つのを忘れて眺めています。
中でも私をとらえて離さないのは、往生院祇王寺の苔庭から仏殿を望む写真です。実はこの風景は、わが父親が生まれた熊本市・龍田山の泰勝寺(細川家の菩提寺)周辺の風景(昔のですが)にそっくりなのです。いわば私の心の原風景と言っても過言ではありません。
つきましては、この写真を弊ブログで使わせていただけないでしょうか?また、併せて貴ブログへのリンクをお願いしたいのですが。何とぞよろしくお願い致します。
はじめまして! (きみー)
2009-01-11 02:04:12
コメント、どうもありがとうございます。拙いブログですが、楽しんでいただけて嬉しく感じます。

写真やリンクの件、ありがたいお話ですのでぜひよろしくお願いします。これからもよろしくお願いします!

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