kimitsuku独り言

日々の暮らしから感じたあれこれを
ひとりブツブツ独り言

今日は何の日?

2010年10月31日 | 日記
             
 10月も今日で最後、いよいよ明日から11月に。さて10月31日、今日は何の日
…へぇ ガスの日ですって。1872年(明治5年)初めて横浜にガス燈が灯った日を
記念して、日本ガス協会が1972年に制定したのだそう。へぇそうなんだぁ…
江戸時代の常夜灯に比べたら、随分明るくなって横浜の人々はさぞ驚いたことだろう。
文明開化の時代、様々な利器が開発されたと思うがガス燈は、その際たる物だったに
違いない。ところでガス燈と聞いて私の脳裏に浮かぶのは…
                
 1944年に製作されたアメリカ映画『ガス燈』。もっとも映画の場合、街灯ではなく屋内で
使用する携帯用照明ランタンを指している。
イングリッド・バーグマンとシャルル・ボワイエ共演の、スリラー仕立てのドラマだった。
1870年のロンドンを舞台に、何者かに殺された叔母の遺産を受け継いだ若い女性が、
不気味な事件に悩まされ次第に正気を失ってゆく話。幸福な新妻が身の回りに起きる
不審事に精神的に追い込まれて…、この映画の迫真的な演技でバーグマンはアカデミー
主演女優賞を獲得した。さて話の結末は…
バーグマンは勿論だが、ボワイエの不思議な魅力が忘れられない『ガス燈』だった。
                
 『ガス燈』の好評に気を良くしたのか、4年後の1948年に製作された『凱旋門』。
E・M・レマルク原作のベストセラーを、バーグマンとボワイエが共演した恋愛ドラマ。
第二次世界大戦勃発前夜のパリを舞台に、明日をも知れぬ刹那的な男女の愛。
バーグマンの瞳が語る孤独な女、ボワイエの退廃的な亡命医者。良かったねぇ…
思うに名女優バーグマンは、矢張りヨーロッパの雰囲気を漂わす女優だった。
『誰がために鐘は鳴る』しかり、『追想』しかり、『汚名』しかり、『カサブランカ』しかり…
             
 『ガスの記念日』から『ガス燈』『凱旋門』へ、kimitsukuお得意の連想ゲームでした。
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クロアチア 美の巡礼

2010年10月30日 | 日記
                
 今夜10時から放送されたBSフジ『美の巡礼』第2弾は、クロアチア編だった。
建築・工芸・美術などに見る歴史的な文明交流、現代の人々の暮らしに生きる
伝統美を取材した番組。第1回のハンガリー編に続き、今回はクロアチア編。
クロアチアは古くから東西文明のクロスポイントであり、古代はギリシャ・ローマ、
近世では、オーストリアやヴェネツィアの影響を受けて発展してきた歴史がある。
 アドリア海に面するスプリトは、ローマ皇帝が引退後に別荘を構えた街。
広大な宮殿遺跡の跡には新しい街が出来て、現在は数百人が住んでいるそう。
        
 ヴェネツィアに近いイストラ半島ポレチェにも、素晴らしい歴史遺産があった。
6世紀に建造されたエウフラシウス大聖堂は、ビザンチン様式の教会で聖母子の
モザイク画で知られている。トルコのアヤソフィアにも匹敵する見事なモザイク工芸。
煌びやかな民族衣装や装身具、豪華な金銀細工、繊細なレースや刺繍の手工芸品。
古代文明の交流を証明する、貴重な世界文化遺産であった。
           
 最近クロアチアは日本でも旅行先として人気が高い。私は今夏6月下旬に訪れたが
友人たちに政治情勢や治安について質問を受けた。ユーゴスラビア崩壊時の内乱や
政情不安が記憶に残っているのだろう。しかし現在のクロアチアは、完全に落ち着いて
観光に力を入れている。文化遺産も数多く、ザグレブなど内陸部には、オーストリアや
ハンガリーの、アドリア海の街々には対岸イタリアの影響が強いように見受けられた。
写真マルコ教会の屋根モザイクは、ハンガリー建築に良く見られるジョルナイのモザイク。
        
 番組BGMに流れていた男性アカペラコーラス・クラパは、愛や人生、自然などを歌い
絆を確かめ合う民族音楽。歌声が石灰石の壁に反響して,豊かな海のうねりを思わせた。
 今夜の番組『美の巡礼』を見て、今度は単なる観光旅行に終わらず、ポイントを絞って
再びクロアチアを探訪してみたい…そんな想いを深くした。
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校庭の老木

2010年10月29日 | 日記
        
 毎月2回、介護認定審査会で真駒内へ行くが、いつも気になる老木がある。
中学校の校庭の中央に、青々と葉を茂らせて聳え立っているハルニレの樹。
野球練習時には丁度センターの位置に当たり、多分邪魔っ気な存在だろう。
しかし樹齢300年の老木は、少しも悪びれず枝葉を広げて緑陰を作っている。
昔々から此の地に生きてきたハルニレは、先輩顔して生徒たちを眺め降ろして
いるようだ。聞くところによると、ムササビが棲み付いているそうな…。
300年前と言うと北海道は未開の地、此の辺りは鬱蒼とした森林だったろう。
ハルニレはエルムともいい、札幌には多く見られる樹木。
       
 北海道大学は別名『エルムの杜」とも呼ばれ、寮歌にも歌われている。
        胡砂(こさ)吹く風に 秋たけて
         黄葉(もみじ)散りしく 牧場(まき)千里
         満野の吹雪 叱咤する エルムの姿 壮なれや
 意味はよく分からないところもあるが、何処か意気軒昂で勇ましい。
現在も北大構内には広大な緑地が広がり、原始の杜の雰囲気を残している。
真駒内の中学校校庭ド真ん中に、デンと構えるハルニレを見るたび自然への
畏敬の念を強くすると共に、開墾に苦労したであろう先人たちに頭が下がる。
 
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ハンカチ王子 日ハムへ

2010年10月28日 | 日記
     
            
 今年のプロ野球の新人選手選択会議(ドラフト会議)が、行なわれた。
プロ志望届けを出した選手たちは、どんな思いで今日を迎えたのだろう。
注目の早稲田の斉藤、大石、福井、中大の沢村を引き当てるのは…
北海道からも、数名が球団から指名されるのを待っているとか。
悲喜こもごものドラフト会議。自分の希望など通らない選手たちは、ひたすら
意中の球団が選んでくれるのを、当たり籤を引いてくれるのを待つだけ。
 自分の意志で就職先を選べないドラフト制度って、可笑しいじゃないの
考えていたkimitsukuですが、今日は無条件にラッキー と喜んでしまった。
なんと我が日ハムが、斉藤佑樹くんを引き当てたのだ
駒苫高校の田中将大と投げ合って勝ち、大阪桐蔭の中田翔を4打席3三振させた
あの優しい笑顔のハンカチ王子が、北の大地の日ハムに…です。
      
 抽選で当たり籤を引いた藤井球団社長。がっかり肩を落とす三球団の代表者。
さぁさぁ、ヤングファイターズにもう一つ大きな希望の星が輝いた
中田との対戦が見られないのは残念だが、楽天・田中や西武・大石との投げ合い、
交流戦での広島・前田や巨人・沢村との勝負など、今から来シーズンが楽しみ。  
佑ちゃん、でっかい北海道で大きく羽ばたいて~ 待ってるわよぉ
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パウロの死

2010年10月27日 | 日記
 
          
 FIFA2010で大活躍したドイツの占い蛸、パウロが死んだ。
蛸の平均年齢は3年ほどで、パウロは2歳9ヶ月だったそう。
W杯8試合の結果を当てて、驚異の占い師振りを発揮したが
もしかして過労が原因だった…
ドイツ対スペイン戦を占った際スペインを選び、怒った熱烈ドイツ
フーリガンに「殺してしまえ」と騒がれたが、まさか蛸グリルには
されないでしょうねぇ。水族館の皆さん丁重に葬ってあげてね
         
 蛸で思い出すのは、ポルトガルで食した『ボルヴォ・アサード』。
ヨーロッパの国々では、あまり蛸を食べる習慣がないようだが、
ポルトガルでは一般的な食材。
ポートワインで有名な港湾都市ポルトで頂いた蛸は、とても柔らかく
美味しかった。ぶつ切りの蛸とポテトを、たっぷりのオリーブオイルで
グリルした『ボルヴォ・アサード』は、風味豊かで幾らでも食べられた。
海の幸に恵まれたポルトガルには、新鮮な魚介類を生かした素朴な
料理が多く、鰯の塩焼きや烏賊のフリッターなど日本でも馴染みの
メニューが並んでいたが、kimitsuku的には『ボルヴォ・アサード』が
一押しだったかも…
 パウロくん、W杯を楽しく盛り上げてくれて有難う
本当のこと言うと、一度ザックジャパンを占って欲しかったなぁ。
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雪は天からの手紙

2010年10月26日 | 日記
      
 札幌の街に例年より6日早く、天からの白い手紙が届いた。
この時期になると、物理学者であり随筆家だった北大教授、
中谷宇吉郎氏の『雪は天からの手紙』という言葉を思い出す。
地上の土壌や海水・河川の汚染にも関わらず、天上から届く
手紙は、いつも純白で清々しい。天を仰いで感謝したくなる。
降っては消えてゆく初雪を見ていると、井上靖『しろばんば』を
思い出した。しろばんばとは、雪虫のこと。 
      
 札幌でもこのところ雪虫の飛来が多かった。風のない夕方などに
払っても払っても小さな白いものが、頭に洋服にまとわり付いてきた。
矢張り雪虫は冬の使者だったらしい。雪虫はアブラムシ科の一種で
白腺物質を分泌する種。正確には、トドノネオオワタムシとか、舌を
噛みそうな立派な学名がある。
しかし北国では専ら雪虫とか、ユキンコと親しまれ、井上靖が育った
伊豆では、しろばんばと呼んでいたらしい。
 少年期の叙情豊かな自伝小説『しろばんば』そして『あすなろ物語』。
あの清冽で簡潔な文章は、この時期にこそ相応しいのかも知れない。
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中国の反日デモに思うこと

2010年10月25日 | 日記
         
 中国各地から反日デモのニュースが聞こえる。尖閣諸島の問題に限らず
中国の反日・抗日の意識は、相当に根深いものがあると考えざるを得ない。
アニメや音楽などの文化交流を通して良好な関係はあるのだが、両国の長い
歴史を思うとき多大な被害を受けた中国が、歴史認識を簡単に変えることは
困難かも知れない。底流には、チベットやウイグルの民族同化、貧富の格差、
政治腐敗など国内問題も多く、国民の不満が渦巻いているのが現実らしい。
国内問題から目を逸らせる為に外交問題を持ち出すやり方は、かつて日本も
行使した歴史があった筈。
       
 数年前にシルクロードを旅したことがある。ローマやペルシャの文化文物が、
中国を通って日本に伝えられた。敦煌の莫高窟、西安の兵馬俑を始め膨大な
文化遺産に眼を奪われた。その反面、一般の人々の暮らしにもショックを受けた。
漢民族のウイグル民族に対する蔑視観、観光客が喜ぶ古典歌舞や雑技ショー
入場料が段通を織る職工の1ヶ月分の収入と同額であったこと、空港の売店に
日本軍の残虐な行為を示す写真集が売られていたこと…あの時、写真集に驚く
私の顔を見ていた女性販売員の表情が、未だに忘れられない。 
 それ以来、中国へは行っていないから最近の様子は分からないが、景気の良い
ニュースの影に、チベットやウイグルの人々が見え隠れしてならない。
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十勝の子供たち partⅡ

2010年10月24日 | 日記
        
            十勝の児童詩誌『サイロ』より
 
                ー体をそるー
     シロツメクサを よく見ると 小さな子どもの 集合体
     ひとりひとり 体をそって みんなで仲良く 花になる
     雨に当たりながら 風に吹かれながら 羊に踏まれながら
     体をそって がんばっている
                    
                -お月さんー
          月は 満月の時は 食べ過ぎです
          三日月の時は ダイエット中です
          ときどき雲のコートを着て きれいに見せます
          お月見の時は ススキが似合います
                   
              ー精いっぱい生きるー
    精いっぱい生きる ばく大なエネルギーをついやして 人々は生きる 
    猟師は山の中に 百姓は田や畑に 職工は工場で 
    そしてあらゆる職場で 人々はぶつかってゆく 
    黒い運命に向かって 精いっぱい生きる
    真っ赤な死をおそれず 漁民は漁へ 救助船は暗い冬の海へ
    科学者は宇宙へ そして未開な土地へ 人々はぶつかってゆく
    たえず自然に向かって 精いっぱい生きる 
    知恵をふりしぼって 人々は生きる
    学生は学問を 科学者は小さな自然を 人々は生活を 
    常に進歩させるために 人々はたえず進む 
    青い平和に向かって             
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原ジャイアンツ 下克上ならず

2010年10月23日 | 日記
    
 あ~ぁ、原ジャイアンツの2010年が終わってしまった。
落合ドラゴンズとの第4戦は、4:3のサヨナラ負け。
今シーズンを象徴する拙投貧打の試合運びに、がっくり
パ・リーグ優勝のロッテと違い、下克上は成らなかった。
30日から始まる日本シリーズ、日ハムもジャイアンツも
出ない野球には興味なし、も~ど~でもいいわぁ~
 それにしても、どうした訳か名古屋が元気ですネェ。
J1名古屋グランパスが好調です。今夜の神戸戦では、
玉田が絵に描いたようなヘディングを決めて勝利しました。
        
お城の金鯱も、自慢気に一段と尾を高く跳ね上げているでしょう。
「どえりゃことじゃ、も日本一だがやぁ…」ってね。
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十勝の子どもたち

2010年10月22日 | 日記
    
        十勝の児童詩誌『サイロ』より
           
           ー父の手ー
  父の手には歴史がある ぼくの赤ちゃんのとき 
  小さなからだを 大きな手でだいてくれた
  小さなおしりを 大きな手で 赤くなるまで ぶたれたぼく
  そんな父の手は つやのない ごつい手だ
  大きい血かんが とび出て 小さく ふるえている
  そんな手の中に ぼくや母の 生活の重みがある
  生活の記録があるのだ
  今日はとくに 血かんが 青く見える
  つかれているのだろう

                 

         ーおじいちゃんー
  おじいちゃんが てんてきを受けながら 死んだ
  きのうの朝 小さくふるえる手で りんごをくれたのに
  「おいしいかい」と いってくれたのに
  「うん」といったら 力のない しわだらけの目が
  わらっていたのに
  ぼくの目から とめてもとめても なみだが出てくる
  息がとまりそうになるほど なけちゃった
  かあさんも 声を出して ないていた
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