kimitsuku独り言

日々の暮らしから感じたあれこれを
ひとりブツブツ独り言

旅は道連れ 世は情け

2010年07月31日 | 日記
       
 楽しかったクロアチア旅行を、一段と楽しませてくれた人々をご紹介。
筆頭は矢張りY添乗員でしょう。左隅に小さく写っているのが彼女。 
29日に書いた“教会建築様式と女優論”を始め、“Y家の嫁姑バトル”
“ワタシの彼氏”など、縦横無尽に話題を提供して笑わせてくれた
ある日のバスの中、たまたま私の座席がY添乗員の直ぐ後ろだった。
以下はその時のYとK(kimitsuku)の会話風景。
 Y 「ワタシの彼って素敵なの、フランスの有名な俳優に似ているのよぉ」
 K 「その俳優って誰?」、その方面はKimitsukuの得意分野。
 Y 「え~っと名前を忘れた。ハンサムで格好いい人よぉ、誰だっけ?」
 K 「ハンサムと言えばアラン・ドロン?」
 Y 「違う違う、もっと渋くて格好いい人」
 K 「ジャン・ギャバン?ジェラール・フィリップ?」
 Y 「もっと新しい人、何て言ったっけかなぁ。もっと言ってみて」
 K 「誰だろう格好いい人ねぇ、ジャン・ポール・ベルモンドじゃ無いでしょ?」
 Y 「キャ~それそれ、その人に似ているの
 K 「へぇそうなの。じゃあハンサムってことじゃ無いわねぇ」
 Y 「どうしてですかぁ…、ハンサムですよぉ」
 K 「Yさん、視力はいいって言ってたけれど…」
 Y 「ひど~い、それって視力はいいけれど男を見る目が無いってことぉ
 K 「まぁそうかも…でもタデ食う虫も好き好きって言うからネェ」
 Y 「タデって…ひど~い、私の彼はタデですかぁ」
因みにYさんの彼はクロアチア人ガイドで、身長2mのノッポさんだそう。
何処かの街で偶然に見かけたツアー仲間が言うには、「ウ~ンそうねぇ
その後のYさん、心なしか私を避ける気配が無きにしも非ず…でしたねぇ。
       
 川西市から参加されたO夫妻。寡黙なご主人と明るい奥様のベストカップル。
往きの飛行機でFさんの隣席だった縁で旅行中、何かとお世話になりました。 
       
 神戸のN夫妻。薩摩隼人の優しいご主人と、可愛いお洒落な奥様。
最終日のドブロヴニクでのフリータイムを、ご一緒させて頂きました。
       
 福井市から参加されたご夫妻。同行したFさんのご先祖が福井県出身、
朝倉義景や永平寺、東尋坊などの話で盛り上がりました。
               
他にも、静岡夫妻、茨木夫妻、岡山女性ふたり組、和歌山四人組などなど、
旅は道連れ世は情け、袖すり合うも多少の縁とか。皆さま有難うございました。
これからも健康で楽しい人生旅を、お互いに…。

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伊藤左千夫・幸田露伴・谷崎潤一郎の忌日

2010年07月30日 | 日記
    
 今日7月30日は、偉大な三人の文学者の忌日に当たる。
一人は、明治後期のアララギ派歌人で小説家の伊藤左千夫。
15歳の少年と年上の従妹の悲しい恋を描いた『野菊の墓』。
中学生の頃に見た映画『野菊の如き君なりき』の原作であり
今も心に残る青春文学である。
 伊藤左千夫は正岡子規に師事し、斉藤茂吉や土屋文明を
育て、1913年(大正2年)7月30日、52歳で死去した。
    
 幸田露伴は、江戸末期に生まれ明治・大正・昭和と活躍した
小説家で、『風流仏』や『五重塔』が代表作。昭和22年、第1回
文化勲章の受賞者でもある。写真の中央が露伴、左は森鴎外。
 私が記憶している露伴は、娘の幸田文が書いた文章にあった
父・露伴の教え、『あとみよそわか』という不思議な言葉。
…大丈夫と思っても、もう一度よく見直しなさい…の意味だそう。
母を早く亡くした娘に家事万端を躾けた、男親の呪文だったのか。
露伴は1947年(昭和22年)7月30日、80年の生涯を閉じた。
    
 もう一人は谷崎潤一郎。明治末期から昭和中期まで多彩な才能を
発揮した小説家であった。『痴人の愛』『春琴抄』『細雪』『鍵』などを著し、
常に文壇の中心に居た文豪であり、プライベートでも“時の人”だった。
 私が初めてのボーナスで購入した本は、中央公論発行の谷崎潤一郎
訳による『源氏物語-全五巻』だった。一巻ずつ古代布を模した表紙で
何となく平安絵巻を思わせる凝りよう。今も時折り開いてみるが、旧仮名
づかいの古色蒼然とした『谷崎源氏』は、現在も私の大切な宝物だ。
1965年(昭和40年)7月30日、79歳で亡くなった谷崎潤一郎の忌日である。

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マクシム・ムルヴィツァを ご存知ですか?

2010年07月29日 | 日記
          
 マクシム・ムルヴィツァ(Maksim Mrvica)は、クロアチア・シベニク出身の
クラシカル・クロスオーバー・ピアニストです。クラシック音楽には疎いkimitsuku、
マクシムの名を知ったのは、クロアチア情報を収集中のことでした。
1975年生まれの35歳、少年時代からピアノを習っていたが数年に及ぶ紛争中は、
爆撃に怯えながら地下室で練習していたそうです。
ショパンやリストの曲を得意とし、鍵盤を叩きつけるような力強いタッチで演奏します。
興味がある方は、YouTubeを検索してみてね。
クラシックはどうも退屈で…と言う方には、衝撃を与えるかも知れません。
          
 シベニクは、クロアチア・アドリア海に面する古い歴史を持つ街。
街の中央教会、聖ヤコブを祀る聖堂は15~16世紀に建てられた美しい教会です。
クロアチア紛争の際には爆撃で屋根が壊れたが、市民総出で修理に当たったそう。
どの街も誇りをかけて、我が街のシンボルを大切に守ってきた歴史を感じました。
《 教会建築を説明したY添乗員の話 》
ロマネスク様式=壁が厚く窓が小さい、丸いアーチ、質実剛健、女優で言うと 森光子
ゴシック様式=柱が多い、尖塔やステンドグラスで装飾、女優で言うと 加賀まり子
ルネッサンス様式=平面的な箱型、ロマネスク様式への回帰、女優で言うと 吉永小百合
バロック様式=装飾過剰、バロックとは“歪んだ真珠”の意、女優で言うと 叶姉妹
 大変ユニークで分かりやすい解説でした。


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新生アフリカへの期待

2010年07月28日 | 日記
             
 1ヶ月に及び熱戦を繰り広げた、FIFAワールドカップ南アフリカ大会。
世界規模のスポーツ大会を、大きなトラブルも無く成功させて、南アの
国民は自信と誇りを感じていることだろう。
長い間アパルトヘイトに苦しめられ、劣等感に苛まれていた多くの国民が
このような大成功を収めて、今後どのように変化するのか注目したい。
 昨日の『ラジオ深夜便』は、ケープタウン在住・相原純子さんのレポート。
未だ余韻覚めやらぬ南アフリカの様子を伝えていた。
今まで民族紛争に明け暮れていたアフリカが、大会中はひとつになって他の
アフリカチームを応援する光景が見られたそう。
特に決勝戦に勝ち進んだガーナチームに、新生アフリカを託する想いが溢れ
ブブゼラも一段と高らかに鳴り響いたとか。
        
 日の丸を背景にブブゼラを吹く少年の真剣な表情に、胸が熱くなった。
スポーツには人々を結び付ける、不思議なパワーがある。
我が街・札幌でも、日ハム観戦の札幌ドームでは見知らぬ隣席の方と直ぐに
親しくなって会話が弾み、いい場面ではハイタッチしたりする。
感動や共感が人々の距離感を無くし、同じ方向を目指させるのだろうか。
 様々な困難を抱えるアフリカ大陸が、今回ひとつになれた経験を生かして
是非とも新しい方向性を見出してくれるよう、願わずにいられない。
この少年の純な瞳が、悲しみや苦しみで曇ることがないように…。

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クロアチア:思い出の品々

2010年07月27日 | 日記
        
 クロアチア旅行からもう1ヶ月、あの楽しかった日々はあっという間の出来事でした。
再び慌しい生活に戻り右往左往しながらも、ふと思い出すクロアチアのあれこれ。
年老いてからの楽しみは、過去の美しい思い出に耽ること…、その通りかもしれない。
まぁそれは置いておいて、上はクロアタのドブロヴニク店に飾ってあったPR写真。 
クロアチアは知る人ぞ知るネクタイの発祥地、クロアタはその有名ブランドです。
創業何周年かを記念して2008年、プーラのコロッセオに赤い布を一周させたそう。
CG写真ではなく実際に巻いたそうです。“世界一長いネクタイ”でギネスブックに…。
一体まぁ、どの位の長さの赤布が必要だったのでしょう。
        
 クロアタはネクタイを始め、ワイシャツ、帽子、スカーフなどの服飾品が中心。
友人に誘われ美しい品々を眺めているうち、ふと目に入ったスカーフ一点。
シルク100%、色柄とも私好み、思わず衝動買いしてしまいました。
        
 クロアチアの駄菓子いろいろ。旅先では地元のスーパー巡りが楽しみ。
人々の日常生活が垣間見えて面白い。豊富な品揃いで大型パック商品が多い、
不揃いな野菜や果物、有料ビニール袋の薄っぺらいこと、首都ザグレブに比べ
ドブロヴニクなどアドリア海沿岸は物価が高い、大卒初任給は10万円程度。
 物価高の観光地で夏のバカンスを楽しむ他のヨーロッパ国民は…、特に
オランダ人は、食料など必要品を全てキャンピングカーに積んで来るそう。
      
 クロアチアは地中海気候を生かして果樹園が多く、オリーブオイルやワインが有名。
イストラ半島など北部は白ワイン、南部は赤ワインに適した葡萄が栽培されているそう。
クロアチアは良質のイチジクも有名なので、乾燥イチジクとジャムを買いました。
 他にもスプリットの大理石細工やハーブ類、クラバ音楽CD、ザグレブのハートグッズ、
ストンの塩など、他の街では求められない地域特産品が多くありました。
旅先で求めたいろいろを眺めながら、楽しかったあの9日間を思い出しています。   
 あら、早くも『老いの楽しみ』を実感しているのかも
  
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介護のプロを目指して…

2010年07月26日 | 日記
          
 今年度も介護福祉士を目指す人のための、技術講習会が行なわれています。
高齢者施設や病院などで介護業務に携わる傍ら、32時間の授業を受けることは
そう簡単なことではありません。多忙な勤務を終えて駆け付けた受講者の中には
思わず知らず居眠りする人もおり、時には鼾さえ聞こえてくる始末です。
 この暑い時期、働きながら学ぶ厳しさは自分にも経験がありますが、寝かせて
おく訳にもいかず、此処は筆記試験に出そうだからしっかり覚えて…など声を大きく
張り上げると、バッチリ目覚めてくれます。
 講義1時間の後は演習時間。日頃から身体を動かす仕事なので、多くの受講者は
演習時間になると甦ったように元気になります。様々な障害を持つ人への介護技術を
習得し介護される立場も経験して、より安心安全な方法を考える機会にして貰います。
 32時間の講習を終えて修了証を受け取った受講者たちは、今日からまた職場に戻り
高齢者や心身障害者の生活を介護・支援していることでしょう。
参加者のひとりに、受講動機を尋ねたところ「仕事に自信とプライドを持ちたいから」と
答えていました。介護は単なる生活上のお世話ではありません。個々人の状態や願い
想いを把握し、より良い人生を送って頂くためのサポーターなのです。
介護のプロを目指し頑張っている多くの人々へ、心から熱いエールを送ります。

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日本航空再建と機内食

2010年07月25日 | 日記
          
 1月に経営破綻した日本航空の、更正計画がまとまる見通しだそう。
現在やや景気回復し業務は持ち直しているようだが、国際的には航空
運賃の値下げ競争が激しく、経営安定には課題も多いと聞く。
日の丸を付けた『日本の翼』を、世界の空へ飛ばし続けるために…。
債権放棄と公的資金注入の再建策の他に、我々レベルで出来ることは…。
 写真は、6月20日クロアチア・ザグレブ国際空港に到着した日航機。
          
 その際に提供された機内食。シーフードピラフ&スモークサーモン&野菜サラダ。
飲み物はサッポロヱビスを所望しました。矢張りホンモノビールは美味しかったぁ。
            
 往きの機内で出た二度目の食事は、パスタ&いなり寿司&フルーツなど。 
ドリンクは、軽~く赤ワインを頂きました。
        
 帰国便で出された食事。白身魚クリーム煮&スモークサーモン&フレッシュサラダ
&味噌汁。久し振りの味噌汁が、心と胃袋にキューンと沁みました。 
            
 暫らく振りに頂いた日航機内食だったが、今迄に比べると質量とも控え目
でも乗客は苦情ひとつ言わない。『日本の翼』、ただいま再建中と納得しているのだ。
何処かの国のように機内食が有料化したら、私は何を持ち込むだろう。カップ麺?
おにぎり?それともサンドイッチ?…、温かい食事が頂けるだけでも感謝しなくちゃ。 



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『チンチン電車』 老人ホームを舞台に…

2010年07月24日 | 日記
          
              
 今朝の北海道新聞札幌市内版に、「明るく元気 老人ホーム ドラマに」と
題する記事が出ていた。軽費老人ホームの設立40周年を記念して、施設長が
脚本を書き、職員たちが声の出演をするラジオドラマを製作中との記事だった。
とかく暗いイメージを持たれがちな老人ホームを舞台に、入居者一人ひとりが
楽しみや生き甲斐を持って、明るく元気に暮らす日々を描くドラマだそう。
掲載記事の写真を見てびっくり …かつて私が勤務していた職場の仲間たち。
        
 『チンチン電車』に乗って老人ホームを訪ねた男性が、生き生きと暮らす老人の
姿に、亡くなった両親を重ね合わせ、人生の挫折を乗り越えて再び生きる意欲を
取り戻すストーリーらしい。
放送は、地域FM局「ラジオカロスサッポロ」で、8月11日午後0時20分から。
どんなドラマに仕上がるのだろう 、彼女たちの声優ぶりや如何
楽しみに待つことにしよう。

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ねむの木の子守唄

2010年07月23日 | 日記
       
 クロアチア・シベニクの街で、初めて『ねむの木』を見た。
イラン・インドの原産で、日本では東北地方北部が北限らしい。
シベニクでは丁度ピンクの花が盛りで、青空に美しく映えていた。
『ねむの木』のことは知らなかったが、美智子皇后が高校生の頃に
お書きになった詩が、歌になっていることは聞いていた。
 帰宅してから改めて読んでみると、皇后さまの慈愛深いお人柄が
偲ばれる、実に優しく美しい詩であった。
       

               ねむの木の子守唄
  
             ねんねの ねむの木 眠りの木
             そっとゆすった その枝に
             遠い昔の 夜の調べ
             ねんねの ねむの木 子守唄

             薄紅の 花の咲く
             ねむの木陰で ふと聞いた
             小さなささやき ねむの声
             ねんね ねんねと 歌ってた

             古里の夜の ねむの木は
             今日も歌って いるでしょうか
             あの日の夜の ささやきを
             ねむの木 ねんねの木 子守唄

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要介護認定に携わって

2010年07月22日 | 日記
            
 介護保険サービスを利用するには、国の認定基準に基づき要介護認定を
受ける必要がある。その介護認定について人々の不信・不満が大きいと聞く。
「実態に即していない」「更新の度に介護度が変わる」「本当に必要なサービスが
受けられない」などの、不満が根強いという。
 平成12年度からスタートした介護認定の開始時から携わっているが、平成17年に
認定基準が見直された頃から、確かに介護度が軽く出るようになった。
サービス利用者が増大し介護保険財政を逼迫させると、将来的に制度が維持出来なく
なるであろうことは、想像に難くない。
一方、認定に関わる費用が年間2800億円近いと聞くと、その費用分をサービスの充実に
振り分けることが出来るという意見も納得できる。
 国民の介護認定制度の見直し廃止論を踏まえて、実効ある介護保険制度への変換を
10年目を迎える今こそ議論すべき時ではないかと考える。

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