サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 10474「SR サイタマノラッパー」★★★★★★★★★☆

2010年07月28日 | 座布団シネマ:あ行

埼玉県の田舎街を舞台に、ラッパーとしてライブをすることを夢見る青年たちの姿をヒップホップの数々にのせて描く青春音楽ストーリー。『ジャポニカ・ウイルス』で注目された入江悠が脚本と監督を手掛け、全編ほぼ1シーン1カットの撮影で若者たちの青春を切り取る。仕事もなく家族にものけ者扱いされる主人公に駒木根隆介。がむしゃらな若者たちの姿をシニカルな視点で見つめつつも、夢をあきらめない彼らの思いに胸が熱くなる。[もっと詳しく]

第二弾を観に、僕は群馬の映画館まで出かけるつもりだ!

1970年代から始まったヒップホップミュージックの四要素とされるのが、DJ、ブレイクダンス、グラフィティ、ラップである。
ラップミュージックは、日本では1980年代に入ってからであろうか。
あちこちで、最初はわけのわからないお経を読むような感じで入ってきた。
ほとんど発語の意味は聞き取れないのだが、なんとなくノリなのかなというぐらいなものだった。
ほんとうに、ここ10年ぐらいのものではないか、ラップの作詞技法が多様化して、ある程度、聴き易くなったのは。
それでも、日本語によるラップというのは、英語ほど簡単なものではない。
ラップの最大の特色は、ライムすなわち韻を踏むことだ。
韻を踏みながら、メロディーラインを単調にして、喋るように歌うという歌唱法であるといっていい。



韻を踏むということに関して、もともと西洋の詩人たちは、詩作においてその技術を競ってきた。
英語には単語ごとにアクセントということになるが、強弱格や強弱弱格のような定まったパターンがあり、その強勢のパターンや母音をうまく使う韻が、詩人の腕の見せ所であった。
中国から入ってきた言葉は別として、日本では言葉の音節単位で韻を踏むことにあまり重きは置かれなかった。
なぜなら、韻を踏むことが難しいのではなく、逆に容易すぎるからなのだ。
日本の言葉の特徴は、五つの母音のどれかひとつで終わっている。
そして日本語は、それぞれの音節が等価となっている。
だから、音節の語尾を共通の母音で終わらそうとするならば、二十%の確率で揃ってしまうことになる。
むりやり韻を踏むということは、英語詩のようなこころよさを感じるというよりは、むしろ滑稽さを与えてしまいかねない。



日本語によるラップを作り上げるのは、英語のそれよりも困難なのだ。
だから修辞法として、倒置法、半韻、多重韻などが工夫されることになる。
あえて英語風の発音にしたり、バイリンガルヒップホップともいうべき言葉の混在も多用される。
そういうこともあってヒップホップに関しては、一部を除いて、笑ってしまうような言葉の使い方が多くて、なんだかなあと思っていたのだ。
けれども、興味はあった。昔はよく、詩の朗読会などに誘われていって、なかなか得がたい体験をしたからだ。



もともと、日本語だって、「黙読」されるのはまだまだ新しい歴史である。
音読から黙読への変化は、世界的に見れば、写本文化から印刷文化に変わった15世紀ぐらいという説もあるが、いやいや日本だって明治の頃までは小説や新聞記事は声に出して読んでいたものだ、という話もある。
もっといえば、自由民権運動の頃に、オッペケペ節などに代表される、社会風刺や政治歌唱や講談調の語り唱がブームとなったりしたが、その語呂合わせの心地よさなどが、日本式のヒップホップのルーツではないかなどと、強引に言ってしまいたい気もする。
西洋でも、もともと文盲に口伝するのが目的のアフリカン・グリオなどがルーツのひとつにされているから、日本でも、大衆に伝える意味合いの語呂のいい口調というものがあったかもしれない。



『SRサイタマノラッパー』は、とんでもない魅力を持った名作である。
僕はこの「座布団シネマ」でいままで500本近い映画について、おしゃべりをしてきて、とりあえず便宜上、勝手に★10個評点をしている。
★10個は今後のために空席としているが、★9個(ほぼ満点)というのが10作程度かもしれないが、邦画で9個をつけたのは『フラガール』『かもめ食堂』『夕凪の街 桜の国』の3作しかなかったように記憶している。
ほとんど新人監督に近い79年生まれの入江悠監督だが、第19回ゆうばり国際映画祭オフシアターコンペティションでグランプリを獲ったのをはじめ、さまざまな賞に輝いている。
もっともこの作品らしいのは、渋谷ユーロスペース三日間満員立見記録を樹立したことだ。
どんなに話題になったとしても、超インディ-ズなこの作品は、ほとんど数えるほどの映画館のレイトショーで、ようやくのように上映されたのだった。



入江悠監督が18歳まで育った埼玉県深谷市というローカル都市が、福谷(ふくや)市という名前で舞台になっている。
そこでニートラッパーであるイック(駒木根隆介)、おっぱいパブで働くトム(水澤神悟)、ブロッコリーで一儲けを狙うマイティ(奥野瑛太)らが、ヒップホップグループの「SHO-GUN」で、ライブを夢見ている。
「福谷から世界へ」と意気込むが、レコードショップもないような福谷で、つっぱりながらも、冴えない日常を送っている。
そんなある日、イックは高校を中退して東京に出てAV女優となった小暮千夏(みひろ)が帰郷しているのを知ることになるが・・・。



入江監督のそれまでの短編作品などを見ていないので、1シーン1カットという手法が、どこから出てきたものなのか、わからない。
けれどこの若いラッパーたちのうだつのあがらない物語は、極上の青春映画である。
映画を見て、こんなに笑って、こんなに胸がキュンとしたのは、本当に久しぶりのことだ。
イック、トム、マイティの演技はとても自然体でとぼけていて面白い。
そして、みひろも最高だ。AV女優としては文句のつけようがないS級であり、惜しまれつつ引退した彼女だが、こんなに魅力的な演技をするとは驚きもものきだ。
どのシーンをとっても素晴らしいが、特に町起こしの審議会のような集まりで、地元の頑張る若者として呼ばれるシーンがいい。
ラップを歌ったはいいが、みんなキョトンとしている。そして質疑応答で、まじめな質問をされ、へこむ三人。



そして誰もが泣くであろうラストシーン。
「SHO-GUNG」という勇ましい名前をつけたバンドも、ろくな発表の機会もないまま解散の危機。
イックはサングラスもとり、ジャージ姿で慣れない食堂の店員バイトをやるはめになった。
そこに交通監視員の仕事をしているらしい三人連れが食事にやってくる。
そのひとりをよくよく見ると、「SHO-GUNG」なんかに見切りをつけて東京に出るさ、と言っていたトムではないか。
イックはヒップホップのリズムに乗せて、トムの背中越しに即興のラップを歌い始める。
あっけにとられる客と店の人。
それでもイックは歌い続ける。トムの肩が震えている。しばらくしてトムはイックに自分の気持ちをラップで返す・・・。



普通であれば、この「SHO-GUNG」というバンドのありがちな成り上り物語になりそうなところを、入江監督はそうしない。
映画の撮影にあたって、一切の収入もなく、家賃の支払いも出来ず、東京を離れて深谷に2年間戻っていたという入江監督は、そんな甘っちょろい成功物語にはしていない。
そこが素晴らしい。
そして、マイナーなシーンでは最上級の話題を獲得した入江監督は、すぐに第二弾の制作に着手した。
「SHO-GUNG」が埼玉を出る!しかし出た先が、隣の群馬。そこで女の子たちラッパーと邂逅する。
予告編は見たが、『サイタマノラッパー』の第二弾であれば、面白くないはずはない。
そして、悪ふざけなのか、本気なのか、このシリーズで菅原文太の『トラック野郎』ではないが、全国47都道府県制覇を目指すのだ!と。
素晴らしい。
いつもDVDの座布団シネマですます僕だが、しばらく前から上映中(ほとんどはレイトショーだが)だった東京は終了したようだ。
調べてみると、群馬や埼玉ではまず上映館があるようだ。
DVDまで待っておられない。
そんなことはまあ、絶対に今まではありえなかったことなのだが、僕はその上映館まではるばる足を運ぶことにしよう!
それが、この映画にふさわしい、観賞の仕方であるかもしれない・・・。




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4 コメント

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Unknown (アロハ坊主)
2010-07-29 01:42:18
新宿バルト9なら、やっていると思いますよ。24時スタートですが・・・。
アロハ坊主さん (kimion20002000)
2010-07-29 13:37:24
こんにちは。
バルト9は最初は本日終了らしかったのですが、今問い合わせしたらレイトショーですが、6日まではやることが決まったようですね。
ありがとう。
弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2011-02-26 17:40:59
日本語とラップの相性について滔々と書いたは良いけど、kimionさんに先を越されていました(笑)。

同じ品詞でも語形がバラバラな英語で押韻が発達した理由はよく解りますね。
日本語では、母音の数の少なさに加え、同じ語尾が来やすい述語が最後というのがネック。
欧州言語の中でも、単語に発音による性の区別があり、同じ語頭・語尾が多いロシア語の押韻は余り綺麗に聞こえないタイプです。

ラップが音楽として苦手に感じるのは、単調なリズムに押韻という言葉のリズムが乗るので、屋上屋を重ねるというか、くどくて。

しかし、本作幕切れの掛け合いにはじーんとしました。ストレートに思いを伝えるラップの良さが出ていたような気がしますね。
オカピーさん (kimion20002000)
2011-02-27 22:40:02
こんにちは。
僕は、英語でさえも、からっきし駄目だから、韻を踏んで朗詠するなんてことができないのが、情けないですけどね。

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