
バツイチで、実家の神社で家事手伝いをしている三十路(みそじ)半ばのヒロインが、年下の若者と出会ったことで前向きに生きるようになる姿を描く恋愛映画。『アンテナ』の熊切和嘉監督が初の女性映画に挑み、無気力な三十路(みそじ)女の生活をリアルに映しだす。主演のノン子を演じる坂井真紀が、『ビルと動物園』に続いてリアルな30代女性像を体現。のどかで心安らぐ埼玉県のロケーションも、厳しい現実をポジティブに歩いていく気にさせる爽快(そうかい)作。[もっと詳しく]
2008年『映画芸術』のベスト1位に輝いたローコスト映画の傑作である。
監督の熊切和嘉は1974年生まれだから僕より20歳ぐらい下の世代である。
大阪芸術大学映像学科。指導教授は、僕たちにとって60年代半ばから70年代、80年代のやくざ実録映画の巨匠であった中島貞夫である。
その卒業制作として、熊切和嘉が提出したのが『鬼畜大宴会』。鬱屈した青年たちが政治闘争の閉塞の中で破壊衝動にかられ惨劇を巻き起こしていく。
この作品は第20回ぴあフェスティバルで準グランプリを獲得し、海外の映画祭にも招待された。
『ノン子36歳(家事手伝い)』のスタッフリストと『鬼畜大宴会』のスタッフリストに重複する名前が何人も見かけられる。
熊切和嘉の相棒といえるのは脚本の宇治田隆史。『鬼畜大宴会』では特別協力となっている。
撮影の近藤龍人は、山下敦監督の『天然コケッコー』で見事なカメラワークを見せたが、近藤・山下とも『鬼畜大宴会』でも撮影を担当している。
音楽の赤犬も同じだ。
つまり、熊切和嘉組とは、同じ世代の大阪芸術大学の映像学科や音楽学科に在籍し、交流していた人間たちが、核となっている。
ある意味で、とても羨ましいことかもしれない。

『映画芸術』というどちらかというと問題提起型の映画季刊誌があり、僕はそこの映画ランキングを愉しみにしている。
たとえば2008年のベスト・ワースト10は以下のようになっている。
ベストテン
1位 『ノン子36歳(家事手伝い)』 熊切和嘉監督
2位 『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 若松孝二監督
3位 『接吻』 万田邦敏監督
4位 『トウキョウソナタ』 黒沢清監督
5位 『人のセックスを笑うな』 井口奈己監督
5位 『PASSION』 濱口竜介監督
7位 『闇の子供たち』 阪本順治監督
8位 『カメレオン』 阪本順治監督
9位 『石内尋常高等小学校 花は散れども』 新藤兼人監督
10位 『きみの友だち』 廣木隆一監督
ワーストテン
1位 『おくりびと』 滝田洋二郎監督
2位 『少林少女』 本広克行監督
3位 『ザ・マジックアワー』 三谷幸喜監督
3位 『私は貝になりたい』 福澤克雄監督
5位 『トウキョウソナタ』 黒沢清監督
6位 『アキレスと亀』 北野武監督
6位 『七夜待〈ななよまち〉』 河瀬直美監督
8位 『歩いても 歩いても』 是枝裕和監督
8位 『クライマーズ・ハイ』 原田眞人監督
10位 『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 若松孝二監督
自分の評価と見比べながらも、これはこれで、なるほどな、と思わせられ、ちょっとクスっともしたくなる。
発行人荒井晴彦とちょっと癖があるだろう読者たちの面目躍如というものである。

『ノン子36歳(家事手伝い)』は堂々の第1位だが、テレビ局を中心とした製作委員会方式の大騒ぎの提灯付けがない分、低予算しか与えられなかったことは、誰もが想像できる。
けれど、学生時代からの熊切組を率いる熊切和嘉は、「昔だったら2週間という限られた日程で、こんな作品は撮れなかった、それなりに技術は蓄積してるんですよ」と淡々とコメントしている。
ローコストでも高度な作品が成立していることは、何に支えられているのか?
ひとつは、『フリージア』(06年)『青春☆金属バット』(06年)とコミック原作の映画化が続いた熊切監督だが、『ノン子36歳(家事手伝い)』は、自分が温めてきたちょっとしたプロットを軸に、盟友宇治田隆史が脚本でその世界を充分に構築し、熊切組がバックを支えている。おそらく、外野の雑音が極めて少なく、その分、自分たちの製作環境を自分たちでよくコントロールできたからだと思える。

もうひとつはキャスト。坂井真紀は、この作品で熊切監督とのコンビは三作目になるのだが、ある意味で最初から坂井真紀がヒロインであるノン子を演じるということが前提で脚本化されたのではないかと思わせられるほど、はまり役であった。
坂井真紀はある程度大人の女性を演じさせたら、いまのところ永作博美、本上まなみと並んで、日本ではトップクラスの演技ができる女優だと僕は評価している。
近作では、タナダユキ監督の『赤い文化住宅の初子』のいい加減な女性教師役が出色であった。
『ノン子36歳(家事手伝い)』では、ちょっといまどきの普段は大人しくて素直なのだがいったん切れるとどうなるかわからないというマサルという役を演じた星野源や、ノン子の昔のマネージャーであり離婚した夫である駄目人間の宇田川を演じた鶴見辰吾や、津田寛治、斉木しげる、新田恵利たちが、スタッフの一体性に惹かれるような形で、真面目に楽しげに参加している。

さらに、今回は埼玉県寄居と秩父がロケーション地となったのだが、地元のフィルムフェスティバルを中心とする協力体制だ。
関越道花園ICを降りてすぐが、寄居町だ。なんとなく、懐かしくなるような衒わない商店街がある。
そこからもう少し走れば、秩父市に至る。
奥秩父の自然と、今回も協力していただいたのだろうが、秩父困民党が決起した椋神社などの事跡があり、僕も何度も訪れているところだ。
こうした低予算映画の成立に、地元の温かい協力・支援は欠かせないものだ。

坂東ノブ子=通称ノン子。保守的な地方の神社の長女で生まれた。
東京に出て、テレビの賑やかしのチョイ役では出たものの鳴かず飛ばずで、結婚したマネージャーの男とも離婚し、実家に戻ってきている。
宮司でもある父はノン子を無視している。母は腫れ物に触るようにおろおろしている。子持ちの妹からは「このヒト、終わっている」といわれる始末。同じバツイチのスナックのママ相手に、時間つぶしをしている。
もうおしゃれもセックスもいつのことであったか。
つっかけをカランコロンいわせながら、気だるそうに歩行し、年代もののママチャリに乗っては、酔った勢いで商店街のゴミ箱や看板などを、蹴飛ばしながらジグサグに走っている。
ノン子はダメ人間だ。自分でもそれを自覚はしている。
「家事手伝い」などといっても何をしているわけではない。
3畳ほどの自分の部屋で、手持ちぶたさを囲いながら、周囲に毒づいてあるいは無視して生きている。
こんなノン子に似た女性に思い当たる節はある。
扱いにくいが、可愛いところもある。
なにより、自分で自分を嫌悪し、ほんとうは、ちょっと変わってみたくも思っているのだ。
だけど、その前に、どうでもいいやというけだるさがくる。
そんなノン子の日常にマサルという無垢とも一途とも馬鹿とも思える青年が現れて、ちょっとノン子の日常を揺さぶり始める・・・。

青年が一発当てようと仕込んできたヒヨコが一羽、花畑に逃げ出し、ノン子とマサルは懸命に追いかける。そこで、よそよそしかったふたりに、ちょっと笑顔が広がる。
あるいは数千羽のひよこが神社の境内に逃げ出し、黄色い絨毯のように蠢いている。マサルはチェーンソーをもってぶちきれて神社の村祭りの屋台を壊し、奇声を発している。
ノン子は素足になり、そっとマサルに近づき、手に手をとって、脱出する。
けれどもノン子は、マサルと逃避行をするわけではなく、ひとり途中で引き返す。
何ヵ月かあと、いつものように自転車にのるノン子はふとうろついているニワトリをみつける。
あのときのヒヨコが育ったのだろうか。
ノン子は自転車を降りて、ニワトリをつかまえようと追いかける。
ようやくのことで、水溜りにはまりこみ、びしゃびしゃになりながらも、ニワトリをつかまえ、ノン子は、笑いが止まらない。

ちょっとしたことなのだ。
ままならない無気力な人生も、ちょっとしたことで、転機がおとずれたり、気分が変わったり、笑顔になったりする。
誰だって、そんなやる過ごすしかない時期を、あるいはひきこもるしかない時期を、もつことはある。
そのことを、このキャストとスタッフは、温かい眼差しで、掬い上げている。
ハッピーエンドでもなんでもない。
だけど、ちょっとした希望がわいてくる。
『ノン子36歳(家事手伝い)』。
『映画芸術』でベスト1に評されたのも、納得できようというものだ。
kimion20002000の関連レヴュー
『赤い文化住宅の初子』













TB有り難うございました.
この映画のエンディングの雰囲気は好きです.
>ハッピーエンドでもなんでもない。だけど、ちょっとした希望がわいてくる。
まさにその通りですね.
ノン子が自転車でゴミバケツを次々に蹴倒していくシーンも痛快.メイキングを見ると結構練習しているみたいです.
ああ、練習してたんでしょうね。
なかなか見事な蹴っ飛ばし方で、気持ちよかったです。
僕も、若い時は、同じようなことをして、顰蹙を買っていたものです(笑)
坂井真紀、本当にハマリ役でしたよね〜。
仰る通り、彼女がノン子をやるということで書かれたような脚本でしたね。
「映画芸術」というの知らなかったんですが
ベスト10の1位2位の作品に坂井真紀が出てますよね。
あさま山荘でも、素晴らしい演技だわ〜って見てました。
この「映画芸術」のランキング、なかなか良いですねぇ〜。
至極納得&苦笑・・私もです^^
「映画芸術」の2009年のランキング特集号は、現在、本屋で立ち読みできます。
インターネットでも概要は見ることが出来ます。