
CIAの誕生をめぐり、1人の男が運命に翻弄(ほんろう)されていく様を描いた壮大な人間ドラマ。『ブロンクス物語/愛につつまれた街』以来13年ぶりにメガホンを取ったロバート・デ・ニーロが、監督、製作、出演の3役をこなす。主演の諜報部員役にマット・デイモン、その妻役にアンジェリーナ・ジョリーがふんする。これまであまり描かれることのなかったCIAメンバーの、1人の人間としての苦悩が胸に突き刺さる。[もっと詳しく]
孤独な職人のような、エドワードが負わされているもの。
「闇の世界権力」といった陰謀論を少しでも齧ったことのある人間には、スカル・アンド・ボーンズ(頭蓋骨と骨)は、御馴染みの記号である。
名門イエール大学の学生から、毎年15人が選抜され、5月のある木曜日に秘密めいた入会の儀式が行われる。
基準はWASPつまり白人であること、アングロ・サクソンの出であること、ピューリタンであること、が最低条件であり、そこから慎重に選抜されることになる。
入会の秘儀のひとつの特徴は、メンバーの前で自分の秘密を打ち明け、全員が共有するということだ。
「グッド・シェパード」の主人公であるエドワード・ウィルソン(マット・デイモン)は幼い時、海軍将校であった父が自殺をしたこと、その死の間近にいて父の遺書を自分が隠し持っていること、周りには事故だと言い張ったこと、を打ち明ける。
詩の好きな、沈着で、控えめで、明晰なこの青年は、これから不可避的に、運命の糸に何重にも絡め取られていくことになる。

スカル・アンド・ボーンズは、ウィリアム・ラッセル(アヘンの資金源を掌握)とアルフォンゾ・タフト(息子が大統領)という二人の人物によって、創られたとされている。
もともと、ヨーロッパ発のイルミナティに感化されたものであり、古くはフリーメーソンに由来しているともいわれる。
新世界秩序を求める動きであり、国連もそうなのだが、究極はワンワールドを目指す者たちと囁かれてもいる。
ともあれ、この結社から、5人のアメリカ大統領が誕生しており(ブッシュ親子もそうだ)、権力中枢に網の目のように入り込んでいる。
そして、本作のCIA誕生にまつわる人物群にもまた、スカル・アンド・ボーンズは重要な影を落としているのである。

エドワードは秘密工作を荷う戦略諜報局(OSS)に誘われ、第2次世界大戦後のベルリンで諜報(スパイ)の訓練を受け、その後創設される中央情報局(CIA)の主要メンバーの一人となっていく。
CIAの歴史からいえば、1947年から1974年までは、「信頼の時代」とされている。
ある意味で、CIAの黄金期であり、アジア・中近東・南米への秘密工作を進め、冷戦の演出家ともなった。ヴェトナムの秘密工作や、チリのクーデター計画も指揮した。
72年にウォーターゲート事件が発生し、74年に「ニューヨーク・タイムズ」がCIAを告発するまでの時代だ。
この4半世紀のCIAのもっとも大きなミスとされるのが、「グッド・シェパード」でとりあげられている61年のピッグス湾事件(キューバ侵攻)である。

CIAが絵を描いて亡命キューバ人をカストロ政権転覆のためピッグス湾に上陸させるのだが、上陸の日時や場所がCIAの誰かから漏洩し、作戦は失敗に終わるのだ。
その作戦を指揮していたエドワードの元に、ある男女の逢引の写真とテープが送られ、CIAが解析を進めるうちに、背景にある陰謀が、徐々に姿を現すことになるのが、この作品のミステリー的な軸となっている。
CIA内部、MI6の諜報員、ソ連の諜報員、FBI・・・などが入り組み、「誰も信じるな」というインテリジェンスの謀略が、複雑に謎を生み出していく。
もうひとつは、エドワードの家族を巡る物語の軸だ。
聾者であるローアと交際していたエドワードだが、スカル・アンド・ボーンズのメンバーの妹であるマーガレット(アンジェリーナ・ジョリー)のアタックで関係を結ぶ。
マーガレットの妊娠が発覚し、ローアはしりぞき、マーガレットとの間にエドワードJrが生まれることになる。
ヨーロッパでの諜報活動で数年間家を空けていたエドワードとマーガレットには溝が出来ており、エドワードの秘密の多い職業は、その後も母子に不安と恐れを伝播させていくことになる。
愛情に飢えているJrは、成長し、父の反対にもかかわらず、CIAを志願することになる。

2時間47分といういまどきにしては長い映画であるが、「フォレスト・ガンプ」で絶賛されたエリック・ロスの見事な脚本は、飽きさせることなく、画面に僕たちを釘付けにさせる。
もともとは、フランシス・コッポラが監督をする予定であったらしいが、監督・製作をロバート・デ・ニーロが引き受けた。
全体を貫くトーンは、ひたすらダークな色調だ。
音楽だけが、サスペンスフルに、鼓動のように、緊迫したシーンを誘導する。
2007年の「PEOPLE」誌で、「もっともセクシーな男」として挙げられたマット・デイモンだが、「オーシャンズ13」「ボーン・アイデンティティ」のそれぞれ3部作を完結し、この作品では、宿命のように国家間、組織間、イデオロギー間に存在する陰謀と利害にかかわりながら、善も悪ももう定かにはわからぬリアルな世界で、巻き込まれ巻き込み、自分を際どく律している孤独な男を、好演している。
諜報の世界と言っても、もちろん007が描く、波乱万丈な活劇の世界など何処にもない。
ル・カレの描くスカイリーのように、人ごみに紛れて、いるかいないかわからぬように風景に溶け込み、うつむき加減にゆっくり歩き、ひたすら観察し、思考し、駆け引きをし、無駄口をたたかず、誰をも信じず、実行する時は躊躇せず・・・そういう影の職人のような、人物が造形されている。

「グッド・シェパード」は「わたしは良い牧者です。良い羊飼いは羊のために命を捨てます」というヨハネの福音書から採られている。
イエスはわたしは(迷える)羊の門である、と言っている。
盗っ人と強盗は、「柵」(羊の囲い)を超えてくる、とも。
イエスは神の信任で、良い牧者であり、当時で言えばユダヤ教のイスラエル民族だけが救済されるという思想に激しく対抗しながら、異邦人も関係なく自分がつくった神の国に招きいれた。
エドワードは誰の信任を得て、誰を護ろうとして、羊飼いの役割に就いているのだろうか?
信任はスカイ・アンド・ボーンズの出自に担保されるのか。
迷える羊はアメリカ人なのか。
羊飼いたるCIAの指揮官は、絶対的な権力を持ちながらも、裏切りと陰謀の中で、いつ首をきられるかもしれない公務員に過ぎないのではないか。

「イタリア人は家族と教会を大事にする。アイルランド人は故郷を、ユダヤ人は伝統を、黒人には音楽がある。アメリカ人にはなにがある?」
とマフィアの関係者に問われ、エドワードは「アメリカ合衆国」と小さく呟く。
けれど、ほんとうは、それも信じられていない。
あるとすれば、喪ったローラと、ついには「普通」を生きられなかった妻と息子と、そこで好きな詩を暗誦して静かに暮らす人生を、過ごせたかもしれない自分と・・・。
たぶん自殺した父と同じく、そんな安寧は自分には訪れないことを、エドワードは諦めにも似た感覚で、自覚しているのかもしれない。













167分という長さも気にならなかいほど、夢中で見ていました。
スパイとして生きるエドワードの人生が見ごたえがありました。
いつも寝っころがって、DVDを見ている僕ですが、この作品は関係線が複雑だったので、置いてけぼりにならないように、一生懸命見ました(笑)
あたしにはちょっと難しくもありましたけど、
見応えのある重厚な作りでしたね。
たなには、こんな重厚で長時間の映画もいいものですね。見ましたァ!って、感じになりました。
CIAに何の知識も興味も持って来なかった者にとって、
頑張って着いていかなければ理解しきれないような内容にも関わらず、
家族のこと、謎解きも含まれた構成のおかげもあってか、
時間の経過にも気付かないで観ることができました。
マット・デイモン、本当に巧い役者さんですねぇ。
結構、引き込まれる話でした。
マット・デイモン、ハードボイルドな男になりましたね(^^)
骨太な作品は大好きです。
CIAやスカル&ボーンズについて、もっと詳しく調べてから見たら良かったなあ、と思いました。
こちらで詳しく説明されていて、とても参考になりました♪
連続ドラマならいざ知らず、家族史とCIAの歴史を、重ねて描くと言うことは、とても困難だと思います。よく、この時間に収めたなあ、という感じですね。
>あんさん
ハードボイルドという意味では、ボーン3部作がそうなんでしょうけどね。ちょっと、老スパイになった主人公もみてみたいです。
>しゃるろっとさん
専門書はいやになるほど出ていますけどね。
娯楽として読むと、いろいろ面白いものがありますよ。
淡々とした展開ながら、ラストまで惹き込まれる作品でした。
私の場合、もうちょっと予備知識を入れておけば・・・
なんて感じましたが、kimion20002000さんの記事を拝読してから臨んだら、
更に面白みが増したかもしれません!
こういう骨太な映画、大好きです。
やっぱり、アメリカの人たちは、CIAを含めた権力の攻防劇には、よりリアルな感情を持つんでしょうね。
骨太でしたね。
邦画にも、小ネタ映画もそれはそれでいいけど、こういう骨太映画も見てみたいですね。
長い上映時間でしたが、私もこういう骨太の作品が好きです。
主人公エドワード・ウィルソンを演じた、マット・デイモン、今回は、ひとりの人物の19歳から41歳までを演じて、いつものアクション俳優としてより魅力的でしたね。
エドワードの寡黙に佇む姿にやるせない感情をまとわせながら、決して感情を露わにしない主人公の微妙な心の揺らぎを見事に表現して見ごたえありました。
当初は、ディカプリオが予定されていたらしいですね。いい役者さんですが、ちょっとこの寡黙な演技はマット・デイモンのほうが、合ってるように思いますね。
コメントありがとうございます.
マット・デイモンは今のところどちらかというとアクション俳優としての彼の方が好きです.
これは僕の単純さが反映しているだけかもしれませんが.
素敵ね役者です。
「ボーン」の三部作も、とても好きな作品群です。
元々の元々は6年前に亡くなったジョン・フランケンハイマーだったと聞きました。
コッポラならサーガ的になり、フランケンハイマーならもっと娯楽重視になったでしょうね。
若い時に「影なき狙撃者」「大列車作戦」といった緊迫感溢れる作品を撮ったフランケンハイマーで観たかったなあ。
しかし、がっちりした脚本でしたね。
この本に従って正攻法に撮っていけば、ある程度の出来栄えにはなったでしょう。
それでもデニーロはよくやったと思いますが。
スカル&ボーンズは「ザ・スカルズ/髑髏の誓い」でですから、まだ6、7年前に知ったばかり。
勉強不足を痛感しました。
フランケンハイマーが予定されていたんですか。
どんな演出になるか、想像すると、面白いですね。
デ・ニーロはある意味で、いまのハリウッドでもっとも影響力を持っている人かも、と思うことがあります。