サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。
サーカスな日々
mini review 07257「善き人のためのソナタ」★★★★★★★★☆☆

「権力と倫理」。僕たちはまだ、その不幸を免れえない世界史の中にいる。
監督・脚本は、フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクという舌をかみそうな長ったらしい名前である。
資料によれば、本名はフロリアン・マリア・ゲオルク・クリスティアン・グラーフ・ヘンケル・フォン・ドナースマルクと、もっと長い。
ケルン生まれで身長が206cmの大男だが、貴族の末裔である。
経歴が興味深い。航空会社に勤める父親に連れられて、ニューヨーク、ベルリン、フランクフルト、アム・マイン、ブリュッセルで少年期を過ごし、大学にも一番で入った。
ロシアでロシア語を2年間学んだあと、ロシア語教師を経て、オックスフォード大学で哲学・政治学・国民経済学を学ぶ。
そして、リャード・アッテンボローに師事。動物学者で名高いアッテンボローの長兄である。映画「ガンジー」(82年)で、アカデミー賞監督賞も受賞している。
彼の影響だろうか、その後、有名なミュンヘン映像映画大学(HFF)に入り、初の長編であり卒業終了作品にあたるのが「善き人のためのソナタ」である。脚本のためのリサーチに数年をかけたと言う。
世界で38の映画賞に輝き、2006年のアカデミー賞最優秀外国語作品賞でオスカーを得た。

当時33歳、映画界では無名の人間の卒業作品である。
当然、予算も少なかったが、その脚本に魅かれて3人の実力のある役者が集まった。
東ドイツの秘密警察シュタージに属するヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)。残念なことに、アカデミー賞受賞直後から入院・手術をしたが、先日胃がんで帰らぬ人となった。まだ54歳の若さであった。
劇作家ドライマン(セバスチャン・コッホ)。バーホーベン監督の最新作「ブラックブック」では、ナチスの諜報部将校の役を演じている、2枚目である。
舞台女優クリスタ(マルティナ・ゲデック)。最近、ハリウッドでリメイクされたが、僕の大好きな「マーサの幸せレシピ」のマーサ役である。
もうひとり忘れてならないのが、この作品は「この曲を本気で聴いたものは、悪人にはなれない」というコピーで宣伝されたが、その音楽を提供しているガブリエル・ヤレドである。
ヤレドはレバノン出身のフランスの作曲家。映画のスコアはゴダールの「勝手に逃げろ」(79年)からである。
ジャン=ジャック・ベネックスの「溝の中の月」(83年)「ベティ・ブルー」(86年)などで注目を集め、ミンゲラ監督とアカデミー作曲賞を受賞した「イングリッシュ・ペイメント」をはじめ「リプリー」「コールドマウンテン」などでタッグを組んでいる。日本人にもなじみの深い作品でいえば、周防監督のハリウッドリメイク版「Shall We Dance?」(04年)の音楽監督も彼である。

東ドイツにシュタージ(秘密警察)が発足したのは、1947年のことであり、徹底した監視制度と密告制度で、共産党政権を維持したのである。
シュタージには4000人以上の職員がいて、各国に数千人のエージェントを擁していた。
「首から上は共産党員、首から下はゲシュタポやSD(ナチス親衛隊)」と国民からは揶揄されていたらしい。
この作品でも、1989年ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終了した後、クリスタを喪ったドライマンが、情報公開の流れの中で、自分の冷戦時代のファイルを調べに行くシーンがある。
明らかになったエージェント(つまりスパイ)の数は10万人、暗号で書かれた文書リストは実に9億件に上るといわれる。
官僚とはどこの国でもひたすら文書化するものである。
映画でも、ドライマンとクリスタを盗聴するヴィースラーが几帳面に毎日、記録を綴っている姿が、描かれている。

冷戦時代の盗聴や監視・密告による記録を、本人公開する事はもちろん大切なことである。
しかし、10万人のエージェントということは、国家が「アメと鞭によって」実はそれだけの密告網を築き上げたということである。
スターリン支配下のロシアでも、その支配構造をまねた東欧の共産圏国家でも、どこも息の詰まる監視国家であった。
特高警察の日本でも似たようなものであったし、文化大革命の中国でも、密告がおそろしくて、なるべく身を小さくして時代をやり過ごした人が多かった。
フセイン時代のイラクも一部はそうであったかもしれない。もちろん、現在の北朝鮮でも、恐怖政治の秘密は、監視と密告である。
自分の隣人や友人や家族が、出世のため、生き延びるため、進んであるいは脅されて、密告者となったのである。自分の記録を調べるということは、そうした「パンドラの箱」を開けることである。冷戦が終わり、まだ20年もたっていない。こうした傷が、1、2世代で、癒えるわけがないと思う。

この映画の主題は「権力と倫理」である。
主人公のヴィースラーは、とても真面目で有能な官吏だ。職務に忠実であることが、愛国心となり、自尊心となっている。
普通は権力の中枢にいる者たちは、常に保身を考え、点数を稼ぎ、ライバルを失脚させることばかり考えているといってもいい。また、その地位に乗じて、金品を横流ししたり、不正に蓄財したり、女をものにしたりもしただろう。この映画のヘンブラ大臣のように。
しかし、多くは、真面目な官吏であり、日常は自分もいつ策略の対象になるかも知れぬことを怖れる小市民である。
このことはとても重要なことだ。
権力とはシステムであり、本当は一人ひとりの、機能ではない。
だからもし、権力に抵抗するレジスタントがいたとして、そのレジスタントが革命の中で、「敵」として眼前している相手を無差別に殺してもいいというものではない。そこには「正義」はない。
けれど、直接的な抑圧に対し、武器を取って対峙することが不可避になる局面がある。その局面では暴力も行使することがある。それは、大所であれ、局所であれ、「戦争」というものの絶対性だ。

ガンジーのような<絶対非暴力>という選択肢もありうるかもしれない。
しかし、ここで、問題になるのは、その場面に遭遇した一人ひとりの個人の思想であり、倫理である。
ヴィースラーの訊問により、結果として、殺害されたり、拘留されたりした市民もいただろう。
ベルリンの壁を突破しようとして、銃殺された市民だけで、1200人を数えている。
ヴィースラーを「戦犯」あるいは「犯罪者」とすることだって、出来なくはない。
一方で、ヴィースラーは、「善き人」でもあった。
この矛盾は、世界が国家に分かち、その内と外に対立がある限り、その調停が政治の枠組みを超えるや否や、露出してくるのだ。
僕たちは、いまだ、そんな世界史の中にいる。それはとても苦痛なことだ。

冷戦終了後、ドライマンが書いた本がベストセラーとなり、書店には大きなポスターが飾られている。
郵便配達人をしながら、貧しく静かに日々をおくるヴィースラー。
ある日、書店でその本に気づき、購入する。
本を開く。扉に暗号によって、ヴィースラーへの謝辞が書かれている。
本の題名は「善き人のためのソナタ」。
生き延びたドライマンが、ヴィースラーの秘密と行動を知り、そっと彼のために綴った小説である。
ヴィースラーは小説を読む。
長い長い自分の中の冷戦。
後悔してもしきれない「権力」と「倫理」。
盗聴器から聴こえた心をしめつけるようなソナタの音色。
盗み見たブレヒトの甘美な言葉。
人目を避けるように冷戦後を生きるヴィースラーには、たぶん、家族も友人もいない。
けれど、自分のことを、理解してくれる人がいた・・・。
この時、ヴィースラー、ドライマン、クリスタの冷戦時代は、やっと、終結したのである。
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いつもTBありがとうございます。
訃報です。ヴィースラー役の
ウルリッヒ・ミューエ氏が
7月に亡くなられました。
胃がんだったそうです。
54歳という若さでした。残念です。
TBありがとうございました。
監督203cmって!(そこに食いつくか?ですが・・)
映画学校の卒業制作でアカデミー賞取ったら、あとどうするんでしょうね?すごい才能です。
主演の俳優さんも亡くなりましたが、壮絶な人生だったようですね。本当にヒドイ時代だったのですね。
確かに権力と倫理の映画ですが、私は孤独な男の純愛も感じました。
彼は、東ドイツの俳優で、まさにこの映画のように、監視されていた側だったようですね。本人は、否定していますが、当時、結婚していた女優さんが、密告したとか、騒がれていたようです。
印象深い俳優さんでしたが、惜しいことです。
HFFなんかは、普通の映画学校じゃないですからね。
世界中から、すごい才能が集る、大学院みたいな感じらしいですね。
もう一度レンタルしてみようかなと思っています。
忠誠心の塊であった彼の心の中にほころびが生まれる瞬間、キッカケは何なのか?それを確かめたいと思っています。
それにしても、国家が独占する「正義」というものはなんとも厄介なものですね。
先日、残念なことになくなられましたが、この主役の男性の演技力、表情の変化には、驚かせられました。いい俳優さんです。
これは、本当にいい映画でした。ただただ「いい映画だ」と言えるような作品は、そうそう無いと思うんですが、掛け値なしで良かった。
ラストシーン。自分でも意外なくらいに涙がぽろぽろ、ぽろぽろ流れ出して、大変困ってしまいました。
私はかなり映画には涙もろくて、かなりの確率で泣きが入るんですが、それでもこんな静かなラストシーンでイッテまう!というのは珍しい現象でした。
その余韻が尾を引いて、しばらく涙をこらえるのが大変でしたね。
涙腺が詰まり気味の人には、最高の作品だと思います。
でも、こういう映画で泣かせられるって、気持いいじゃないですか。もう、邦画の、ほらここで、泣くんだよ、みたいなベタ映画は、馬鹿野郎!って思っちゃいますけどね(笑)
今年見た映画の中でも、感動のラストベスト3に入る映画でした。もしやベスト1かも・・・。
こちらで、監督さんの経歴とか拝見させて頂いて、お勉強になりました。
>ケルン生まれで身長が206cmの大男だが、貴族の末裔で〜〜
監督さん自身も、一般人ばなれした少々特異な方の様ですね。
206cmの秀才で、貴族の末裔というのがいいじゃないですか。単純な社会派歴史物でもないですよね。
こういう映画は、まだアジアの監督たちは、弱いですね。
「暗い日曜日」と並ぶほど好きな映画になりました。
いやあ、いい役者さんでした。
頭のはげ具合も、とっても味がありました。
冷徹な官吏でありながら「善き人」でもあるヴィースラー。その内面に生まれたせめぎ合いが上手く表現されていたと思います。社会主義であれ、資本主義であれ、私たちの人間社会には組織(会社や官庁)というものがあり、その中の歯車のようになっている人間が存在しているわけですから、その意味では旧東ドイツという舞台設定を超えた普遍性を感じさせる題材でもありますね。
ああいう俗っぽい上司とか、冗談で飛ばされた若者とか、権力に擦り寄る芸術家とか、几帳面がとりえな官吏とか・・・共産主義政権だけではないですよね。
この映画を見たとき、隣の席の70歳代ぐらいの男性がすすり泣いていらっしゃいました。
(私も泣いてしまったのですが)
暗い時代にも心の底にある人間性を殺しきれない人々の姿の描写が素晴らしかったですよね。
その70代のおじさんに、何が去来したのか、わかりませんが、僕も、自分なりのあることで、すすり泣きました。
この監督さん、私とそう年齢も変わらないのに、
しかも新人監督さんだというのに、こんなに
奥行きのある素晴らしい作品を作り出したというのは
ホントにすごいことだなあと思っていました。
この物語はあのラストのために静かに綴られていて。
そこで予期もせず流れ出た涙と共にとても深い余韻
を感じましたです。
ああ、監督さんと同世代なんですか。
いつも睦月さんのblogはしっかりしていらっしゃるので、もうちょっとお年を召しておられるのかなあ、と。失礼しました(笑)
本当に秀才ってすごいですね。こんな作品が「卒業制作」だなんて、開いた口が塞がりません。
でも、そんな顔してるとますますバカに見えてしまうので、気をつけないと。
秀才ですね。
次はどんな作品になるのか、楽しみです。
この監督が33才だったなんて。。
天才っているものですね。
相当な、インテリジェンスのある人なんでしょうね。
おもしろそうな経歴なので、監督の書いたものを探せないのかなあ、と思っています。
TB$コメント有り難うございました.
良い映画でした.またこのレビューも大変参考になりました.
自分とカミさんとは映画の趣味はだいぶ違いますが,この映画は珍しく,二人揃って感動いたしました.
東ドイツという国の実情は殆ど知りませんが,ホーネッカーという親玉が,壁崩壊後南アメリカに亡命したというのを聞いて,それじゃナチスと同じじゃないかと思ったことがありました.
東ドイツだけではなく、旧共産圏では、政治家や軍人の責任追求は、いまも続いていますね。
この監督は先が楽しみです。
願わくば、劇中演奏された「善き人のためのソナタ」を、もっとじっくりと聴いてみたかったですね。
新人離れした新人で、楽しみですね。
サントラ盤がでているのではないかしら?
お礼が遅くなりすみません。
コメントにあった「沈黙のなかの気配を聞いている」いい表現ですね。前半の絞りに絞った緊迫感があるからこそ、ラストの後日談が、しみいってくるのですね。
この主演の男優さんが亡くなられたのが残念でなりません。
この役者さんに死の予兆はあったんでしょうか。それとも突然でしょうか。
人々の記憶にいつまでも残る役者さんだと思います。
カゴメも観ていて感じたのはそこですね。
映画としてはこれで良いんです。
これ以上の説明責任というか、決着をつける責任は映画にないですから。
引き継いで、観ているこっちがそれぞれに、
“自分の脳中で想像し得るヴィースラー”
が起こしたであろう過誤や悲劇を、
想起・追想してみる事が大切なんでしょうなぁぁ。
もし、自分が北朝鮮の収容所の看守だったら、
何が出来て、何が出来ないんだろう?・・・とかも。
そうですね。
法的に、罪に問われるかどうかとは、また違う話ですね。
TBありがとうございます。
この映画はWOWOWの番宣ではじめて知りました。
ドイツ映画って多分「ラン、ローラ、ラン」以来のような気がしています。
今回この作品を見て「マーサの幸せレシピ」を見なくては、と思いました。
「ラン、ローラ、ラン」って、だいぶん前の映画だけど、僕もとっても気に入ってる映画です。
この作品のよさを表現することができない
自分のボキャブラリー不足を悲しいと思うほど
本当にいい作品でした
あのラストに胸が締め付けられました
ラストには、胸が締め付けられましたね。
国家に向き合ったときの、個人の孤独を感じます。
>ロシア語
2年やっただけで教師?
私なんか6年やりましたがね、先生なんてとても無理。
文法が複雑だから、一度憶えると却って解り易いところが英語と違います。
閑話休題。
最後の台詞がなかなか感慨深いですが、あれは本当は「私が読む本だ」の意味ですよね。それを「私のための本だ」と直訳調の生硬な日本語に翻訳したところが憎いです。そうすることによって「私のために書かれた本だ」と観客は読み取りますからね。
以上、ドイツ語は解りませんので、勘で言ったまで。(笑)
翻訳は、ニュアンスによって、微妙に変わりますね。
最後のシーンは、余韻があります。
若い監督とは思えない、心憎さですね。
こうやって感動を共有できるって素晴らしいです。(素人くさくてすみません)
33歳の卒業作品とは、すごいですね!「善き人のためのソナタ」という曲が元々あるのかと思っていたら、ヤレドのオリジナルだったんですね。もう一度、じっくり聴いてみたいです。
みんな素人ですよ。
気軽に、アクセスしてきてくださいね。
詳しい情報をとても興味深く読ませていただきました。
「ベティ・ブルー」や「リプリー」の音楽はとても好きでしたが
ヤレドさんだったのですね!
ヤレドのような才能が居るんですね。
「シャルウィーダンス」のアメリカ版の音楽担当だと知り、びっくりしました。
この映画は以前から観たいと思っていたのですが
やっと観ることができました!
派手さはない作品でしたが、ラストはベルリンの壁の
崩壊、解放で終わるのかな?と思っていたら、
>本を開く。扉に暗号によって、ヴィースラーへの謝辞が書かれている。本の題名は「善き人のためのソナタ」。〜と素晴らしいラストシーンがあって
あのシーンで涙がこみあげてきました(T^T)
映画を観る前に、ウルリッヒ・ミューエさんの
死を知り、残念な気持ちとともに、映画も
より感慨深いものになったのかもしれません(T^T)
ミューエは、東ドイツ時代から役者であり、しかも身内の手引きで、盗聴される身の上でした。
冷戦以降の世界を、身をもって、生きてきた役者さんでした。
お若いのに、惜しいことです。
そうですね。
いくつかのシーンが、いつまでも記憶に残っています。
こういう映画は、僕にとっても、珍しいです。
たしかに、この若い監督にはすごい才能を感じさせてくれますよね。なかなか、いい映画で、感銘を受け、また勉強にもなりました。
社会派なんだけど、芸術的でもあり、奥深い映像を作れる人だなあと感心しました。
そrてほど、制作費は、かかってないはずです。
ブログも読ませて頂きました
すごいですね、私のシネマ・ライブラリーになりそうです
「善き人のためのソナタ」は心に残る作品になりました
肌理の細かな配慮の伺える奥の深い映画と思います
これからもよろしくお願いします
とても、心に残る作品ですね。
いつでも、気軽に足跡残してください。
凄い監督ですね。
次の作品はなんになるんだろう。
とても気になります。
私の中では霧に包まれていた旧東ドイツの
鬱屈し冷寂とした人々の暮らしが新鮮で興味深かったですね。
旧東ドイツの暮らしの内実が、新しく発表されること、人々の記憶で風化していくこと、さまざまですからね。
こちらのブログを読んで初めて知ったことがたくさんありました。
卒業制作にもびっくりでしが、ヴィースラー大尉のウルリッヒ・ミューエ氏、亡くなられたとは・・・。
残念ですね。
監督の次回作にも期待したいです。
印象深い映画ですね。
とても、卒業制作作品とは、思えませんね。