サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

團琢磨暗殺の日

2006年03月05日 | インドア歳時記
3月5日は「團琢磨暗殺の日」。1932年、團琢磨 (三井財閥の指導者)が血盟団により暗殺された。

血盟団は、日蓮宗の僧侶井上日召によって組織された「ひとり一殺」の(宗教的)テロ集団。結果、前蔵相の井上準之助と、團琢磨が暗殺され、逮捕された。

実刑をくらったメンバーのひとりに、戦後のフィクサーである四元義隆もいた。

先日、20年の実刑判決がでた日本赤軍の重信房子の父親が、血盟団の一員であった。井上日召か、四元義隆か、定かではないが、小さい頃、膝の上であやされたという。重信の父親も、「あの子は、右翼の革命家として、教育しました」と語っている。

重信房子ら国際赤軍は、内ゲバで内部粛清という方向には、少なくとも無縁であった。湾岸戦争の頃、日本人の人質解放で、重信房子が、アラブとの橋渡しをしたと囁かれている。そうであっても外務省からは、口が裂けてもいえまい。

たぶん、依頼ルートであったろう、四元義隆も後藤田正晴も、相次いであの世に行ってしまった。
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後藤田正晴 フィクサー 井上準之助 1932年
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