
戦後、早くに父親を亡くした明広は、母親が働くため、佐賀のばあちゃん家で暮らす事になった。自分の家よりも、更に貧乏な「ばあちゃん」家の生活。しかしこのばあちゃん、自分なりの人生哲学をもった「がばい(すごい)」女性... 続き
ばあちゃんのシンプルで普遍的な言葉が、久々の「国民映画」を生み出した。
この島田洋七の「がばいばあちゃん」シリーズは300万部を突破したといわれている。
テレビ版は地元佐賀テレビ制作で、ばあちゃん役は泉ピン子。結構な視聴率をとっているし、嘘かホントか知らないが、洋七にいわせると、佐賀の視聴率は88%にのぼるという。地元の役所には「がばいばあちゃん課」ができたという話もある。いいことだ。舞台では、大空真弓がばあちゃんを演じる。
どうして、平成の飽食の世の中で、「おしん」を思い起こさせるような、貧乏物語が人々の支持を受けたのだろうか?
この映画を監督した倉内均が「どの世代もそれぞれの感慨にひたれる」というように解説している。たまたま映画では、昭和33年ごろ、呑み屋で働く母(工藤夕貴)が8歳ぐらいの息子昭広(島田洋七の本名)を騙して佐賀の母親=がばいばあちゃん(吉行和子)のもとに預け、中学校を卒業して広島に戻ることになるまでを描いている。

子どもたちの世代からいえば、昭和30年代前半の「なにもない」佐賀の町並みや学校生活の描き方に、単純に興味を惹かれる要素がある。しかも「ALWAYS」のようなCG、SFXによる当時の再現ではない。奇跡のように残っている町並みなどをロケハンして、舞台としている。
もう少し上の、子を持つ世代としては、親から聞かされてきた情景を追認するように、「貧しかった」だけどなんとなく「生き易かった」時代を確認することになる。
また、貧しい子もお金持ちの子も、勉強の出来る子もからっきし駄目な子も、それなりに和気藹々と共存している学校の様子などをみて、改めて、現在の学校に対する不信や無力さの根源を、思いたどるのかもしれない。
もう少し上のこの時代を同時代として体験してきた世代にとって見れば、ある種の懐かしさに胸をしめつけられたりもする。ばあちゃんや近在の人たちを記憶の隅から取り出してきて、この数十年間で、普遍なもの、あるいはとりかえしのつかなくなってしまったものなどを、数え上げるようになる。

僕自身は、昭和28年生まれであり、洋七は昭和25年生まれであるから、僕が三歳年下ということになる。貧乏ということでいえば僕自身というより教室を見渡せば、年中ランニングで登校し、いきさつは知らないが、家の事情で登校もおぼつかない子もいた。弁当を隠すように食べる子や、たまたま遊びに行って、母親から「なんにもないけど」と冷たくなった味噌汁の残りを振舞われたこともあった。ばあちゃんがやっていたように、磁石で鉄屑を拾い、売るに行くこともしていた。映画と同じようにお金持ちの子はクラスに一人二人はいて、うらやましがられたり、逆に仲間はずれにされたりしていた。幼い自分の無自覚な振る舞いに、今から遡れば、後悔し懺悔したくなる気持ちも「黄金の日々」として眩しく思えるときもある。
「がばいばあちゃん」がこれほど人々に愛されるのは、やはりばあちゃんの人生哲学のシンプルさと、明るさであろうと思う。
「ケチは最低!節約は天才!」
「人にきづかれないのが本当の優しさ。本当の親切。」
「もし泥棒に入られても、何も盗られる物はない。あんまり何もないから、置いて行ってくれるかもわからんばい」
「頭がいい人も、頭が悪い人も、金持ちも、貧乏も、50年たてば、みーんな50歳になる」

ばあちゃんは、頭の回転のいい人だ。名言が玉手箱のように出てくる。不都合なことも視点を変えて言い抜ける。腹が据わっている。他人の見た目など気にしない。毎日を忙しく生きることで、頭を使って(たとえば)節約をすれば、嬉しくなる。洋七のような素直な子どもはころっと騙される。たとえ騙されたときづいても、「そうか、ばあちゃんはうまいこというなあ」と感心させられるのである。
ばあちゃんは「生活の達人」である。いまでいうと、ロハス的な生活思想なのであるが、もちろん、そんななよなよした格好つけではない。もともとは、佐賀藩のお抱えの使用人の家系であり、由緒正しい家柄の娘であったのだろう。連れ合いを早くなくし、女手ひとつで七人の子を育て上げた。どこかでばあちゃんにはプライドがある。背筋がピンと伸びている。たとえ、がらがらと磁石に鉄クズをぶら下げて帰ってくる道筋でも。
そしてなにより「言葉」である。子どもにもちゃんと道理を聞かせるが、それは、儒教的な道徳や、啓蒙的な教育的言辞ではない。自分で体得し、生活の中で得てきた「言葉」である。だから、そこには、借り物ではない生活哲学のような「言葉」がある。こうした言葉は、必ず「普遍性」を持つことになる。だから、この佐賀のローカルながばいばあちゃんのお話が、現代に全国区で幅広い層に支持され、台湾でもブームを起こし、おそらく「おしん」ほどではないとしても、もっとアジアに広がっていくだろうと、予感させられてしまうのだ。


一番、好きだったシーンは、いつも白米と梅干という昭広の弁当を、運動会の時ばかりはということで、教師が入れ替わり立ち代り、「おなかが痛くなって」とか嘘をついて、昭広に食べさせようともってくるシーンである。また、中学校最後のマラソン大会で、母親が来ることを心待ちにしている姿を知っている担任が、母親を見つけ、昭広と交互にオイオイ泣くシーンである。こういう教師が日常的に存在すれば、学級崩壊などおこりようがないんだと、誰もが思えてくる。
映画でいえば、もともと単館上映の制約の中で、丁寧で職人的な制作に好感を持ったが、ちょっと首をかしげることもある。「超貧乏」なばあちゃんの家だが、劇中では、門構えや座敷が立派過ぎるように思えたことだ。これは、名演技ではあったが吉行和子のどんなに貧しく振舞ってもついつい出てしまう「育ちのよさ」と相俟って、どこかで少年は、田舎でのんびりと盆休みを過ごしているような錯覚にとらわれてしまったことである。
原作では「川とススキに見事にマッチした、わびしさナンバーワンの、日本昔話に出てくるような茅葺のボロ屋であった」とあるのだが。
あとは、映画のところどころに大人になった昭広(三宅裕司)が登場して、当時を回想しているんだというように、設定していることである。これは、まったく不要な設定であると思われる。回想シーンもありきたりで、この映画のリズムを壊している。たしかに、シリーズはまだ延々と続くのであり、もしかしたら、映画制作もその布石として、大人の昭広を用意したのかもしれないが・・・。
ともあれ、久しぶりの「国民映画」である。ばあちゃんが、生きていたら、どう言うか・・・。
そういえば、ばあちゃんのこんな言葉もあった。
「葬式は悲しむな。丁度よかった。しおどきだった」













これまでにも何度かTBをいただいたように思います。
私もTBをかけましたが、なぜか反映されません。以前もそうでした。
これはブログ同士のシステム的な相性の問題なのでしょうか?
それはさておき、記事を拝読して、「そうそう」と頷くことばかりでした。
管理人さんは映画版とテレビドラマ版はどちらがお気に召したのでしょうか?
私はどちらにもつっこみたいところがあり(笑)、どちらにも好感が持てました。
それは原作が持つ力、おばあちゃんの哲学そのものが魅力的だから、なのかもしれません。
ただ、あまりマスコミで騒がれ過ぎると、大事なものが弄ばれるような気がして、これ以上は止めて欲しい。
何といいましょうか。自分の心の中で静かにばあちゃんの言葉を噛みしめたいというか…
システムの相性なんでしょうね。
TBいつもいただいている人は、問題ないし、よく送れませんでした、という案内もコメント欄にいただいたりします。
僕は、テレビ版というのは、新春スペシャルでしたっけ、そちらしか見ていません。雰囲気は、泉ピン子の方がこのばあちゃんに合っていそうだけど、役者としては、吉行さんのほうが好きです(笑)
TB,ありがとうございます。
こちらさまのような映画専門のブログと違い
メモ書きのようなものの中に、みた映画記事が
ある程度なのですが、映画も感動ですね。
専門に絞って整理されていらっしゃるのが
とても、うらやましいです。
執筆に講演に飛び回っているようですね〜。
これもすべてがばいばあちゃんのおかげ!
いくら感謝してもしたりませんね(笑)
それにしてもポジティブシンキングのおばあちゃんを見習わねばならない事ばかりです。
洋七はある意味で、天才漫才師といわれていました。あの、ネタの回転は、ばあちゃんじこみの「段取り」なんだとしゃべっていましたね。
「どんな状況に在ろうとも、考え方一つで苦楽の概念は変わる。」、「人のさり気無い優しさ」、そういった事を感じさせてくれる映画でした。目頭が熱くなってしまうシーンは幾つか在ったのですが、最後のばあちゃんとの別れのシーンと、先生が御弁当を交換してくれるシーンは特にグッと来ました。
吉行さん、仰る様に普段は家事とか全くと言って良い程されない方の様ですね。以前TVで、「包丁はまともに使えないから、ハサミで食材を切っている。」といった話をされていたのが印象的です(笑)。方言も佐賀に住んでいる知り合いから言わせると「〜しゃい。」という言い方はあれ程強く発しないとの事でしたが、でも頑張って演じておられたと思います。特に無表情で磁石を引き摺って歩いているシーンが、個人的には結構ツボでした^^。
今後とも何卒宜しく御願い致します。
洋七の家系は、お母さんも、ばあちゃんも、きれいな人だったようですね。洋七は、父方の顔立ちらしいですよ(笑)
いやいや、なにをどれぐらい、書き飛ばすのやら、具合がわからないまま、粗雑なblogになっています。
もともと、ボケ防止ではじめたものですから、まあ、これでもいいかと・・・(笑)
「人のことを思いやるこころ」というのかな。それも、一般的なヒューマニズムじゃなくて、触れ合う人々、関係の中で、咄嗟に出るものだと思うんですが、そういうところが、ずいぶん希薄になってきたように、思われます。
トラバしてあることに今気付きました。映画専門のブログなんでって?初めて知りました。
おばあちゃんが言った、たった一言を生活の中に取り入れただけだったのですが、いっぱい読ませていただきましてありがとうございました。
これも、なにかの縁ということで(笑)
しかも面白いっ。
映像化されたこの作品も悪くはなかったけど、
本人の体験話はリアルで、
ちょっと「がばい度」が下がっちゃっての鑑賞でした。
洋七の人生はおもしろいですね。
とくに、ビートたけしとのかかわりなんかは、嘘でしょというほどのエピソード満載で・・・。
吉本もスパっとやめちゃって、いいと思うな。
ところで
大人になった昭広(三宅裕司)の登場
ですが、私は スピリチュアル表現が(?)が好きなこともあり、重要にもおもえました。
昭広がばあちゃんとの生活でトラウマを背負ったとは考えにくいですが、それでも「母親から離れた異常生活」ではあり、よく頑張ったよなぁ的な癒しと今は無きばあちゃんへの感謝の思いを再確認しているシーンに思えました。
そうだけど、三宅裕司ともあろう役者が、あまりにも、型にはまった演技をしているように、見えませんでした?(笑)
主人公よりはちょいと若い世代ですが、昭和30年代の地方を知っている者としては、校舎が立派すぎるような気がしました。
kimionさんご指摘のように、家も立派すぎますね。僕の部落なら一番の金持ちでももっとボロではなかったかな。
吉行和子のばあちゃん。TVでちょっと見た泉ピン子より数段良い演技ですが、よく働くばあちゃんの顔が日焼けしていないのは興醒め。上品さが出るのは良いですが、生物学的に可笑しい。(笑)
これもkimionさんと同様に現在の主人公の存在。もしかしたら母を恋うる少年を描いた名作「青幻記」の影響かもしれませんが、ぎくしゃくした感じを与えるだけなので【これはなくもがな】でした。
ご指摘の箇所は、おっしゃるとおりでしょうね。
島田洋七も、上手にお金儲けをしていますが(笑)、同じく金を貯めこんでいるであろう島田紳介とついつい較べてしまうんですね。紳介も母親本、書いたりしてますし。
で、僕は紳介は駄目だな、と思うんです。なんか、卑しさが溢れかえっています。本当は芸風もね。
やっぱ、ばあちゃんの影響なのかなあ、と意味のないことを考えています。
紳助は、京都一のバカです。
京都の恥です。
>卑しさが溢れかえっています。
さすがですね。お見通し。
最悪のCMは、リーブ21の和田アキ子と掛け合いしてる奴でしょうね。
あと、大橋巨泉を迎えての鑑定団の回。自分たちは、お金の秘密にたどりついたもの同士なんだという感じの目配せ!
日本応援モードになってたもんで(笑)
多分、主人公は島田洋七ではないと
強調する為だと思うのですが
三宅裕司は、ほんとに余計に感じましたよね。
応援モードって、野球。
胃が痛かったけど、よかったですねぇ。
知りませんでした。
でも、まだまだ面白いエピソードありそうですものね〜。
小説はね。
映画は、果たして、続編ができるのかどうかは、僕は知りませんけど・・・。